第29話

「それで、どーやって告ったの?」

「えぇと、だな……」


 俺は纏愛から視線を逸らした。

 こういう様な話をするのはもともと苦手だ。さらに今回、この話をする相手は、元婚約者である夢葉さんの娘、纏愛だ。


 むず痒い感情と共に、罰ゲームを受けている気分が交差し、酔いしれる。

 ええい、ままよ。


「……タ―」

「え、カレンダー?」

「違う、ラブレターだ」


 どういう発想でカレンダーを使った告白をするんだ。

 ツッコミはさておき、俺は正直に夢葉さんに告白した時のことを話す。


「俺は何かと、喋りだしたら上から目線と言われることが多い」

「うん。すごい上から目線だよ」

「うるさいな。だから、口で言うより、言葉で伝えようと思ったんだよ」


 投げやりに、表情を見られないように。

 俺はそっぽを向きながら言った。

 やっぱり、この手の話は苦手だ。


「へー……ラブレターねー」

「なんだ、おかしいか?」

「いや? むしろ、ママってモテると思うから、よくミッチーのことオッケーしたなーって」

「そりゃ百通も送ったからな」

「百!?」


 バカなの、と纏愛は付け足す。


「さっきも言っただろ。一回じゃ伝えられないこともあるんだよ。だから、夢葉さんに好きだと伝えるのに、百回もかかったんだ」


 先程の国語の理屈を混ぜつつ、俺は答える。


 実際、ラブレターで告白すると決めてからは、何を書いていいか迷ったものだ。だから、一度で伝えきるのは難しいと考えた。そこで、いろんな角度から、夢葉さんへの想いを綴った。重複していたこともあるかもしれない。それでも伝わったから、婚約まで関係を進めることができた。


 ――そう、思いたい。


「ほら、満足したろ? 次は纏愛が約束を守る番だぞ」

「へー……ラブレターかー……」

「おい、なに上の空になってんだ」


 そう訊いた瞬間。

 ふと。

 閃くものがあった。


「纏愛、お前まさか……」

「え……なに」


 眉をひそめて答える彼女に、俺は訊く。


「まさか、友達ができたのか……?」


 纏愛はラブレターのことを聞いてから、天井を見上げていた。これは自分の中で考えをまとめる際に出る、彼女の癖だ。


 ということはつまり、ラブレターに関する何かを、纏愛が考えている、という予想ができる。しかし、こんなにも早く彼女に好きな人ができるとは到底考えられない。


「え……何言ってんのミッチー」

「なかなか言い出せないよな、そういうの」


 俺は考察を続ける。


 つまりは、友達を作ろうとしている、もしくは友達ができた。


 この二つとラブレター――いや、手紙だと仮定し、予測できるものがある。


 前者は、友達になってください、といった旨を、口では言えないものを手紙という手段で伝えることができるのか、と纏愛が考えている説。


 後者は、友達になってくれてありがとう、と言いたいものの恥ずかしくて言えない。そんな時に俺の話を聞き、手紙で伝える手段があるとわかって、それを彼女の中で消化していた説。


 完璧な考察。

 これで間違いない。


「そんなんじゃないけど……友達とか、作る気無いし」

「ん……?」


 あれ、不正解?


「じゃあなんで今考えてたんだ?」

「んー、内緒!」

「おま、自分だけ内緒はズルだろ!」

「そーいう野暮なこと、乙女に訊くのー?」


 言われて、言葉が詰まった。

 たしかに、野暮なことを訊いたかもしれない。

 けど、俺には夢葉さんとのこと話させて、自分は言わないはズルくない?


「ミッチーってもしかして、女の子に体重の話とかする人?」

「いや、普通にするけど」

「うわっ! デリカシーないなー」

「向こうから話してくるんだよ。細いですねって。それで俺の体重言ったら、決まってみんな怒りだす」


 そういえば、夢葉さんにも同じことで怒られた気がする。

 あの時から、あの人を怒らせないようにと、頑張っていたんだっけ。


「あー、ミッチー骨だもんねー」

「理不尽だと思わないか、自分から訊いておいて、怒るだなんて」

「そーいうときは、最近食費削っててとか、誤魔化さなきゃ」

「え、そうなの」

「そーだよ。そーしたら、じゃー一緒にご飯行きます? みたいな話になるでしょ? 体重の話はそれでお終い。ご飯はワンチャン奢ってもらえるって考えたら、最高じゃない?」

「それ俺が実行したらただのヒモだろ」

「はははっ! 確かにそーだね!」


 そんなやりとりが続いた。

 俺のデリカシーの無さ、そして纏愛のアドバイス。

 全ての会話が終わったとき、俺はどんな顔をしていただろう。


 振り返ってみると、ふと気づいたことがあった。


 ラブレターの話から、いつの間にかデリカシーの話にすり替わっていたことに。

 纏愛からしてみれば、誤魔化すことに成功したのだろう。


 何故なら、振り返るまで俺は話題がすり替わっていることに気付いていなかったのだから。

 帰り道、俺はひっそりと呟く。


「さすが、パパ活してただけあって、会話は得意ってことか」


 なら、国語もすぐに解けそうなもんじゃない?

 そう思ったが、野暮なことだなと、内心で撤回した。


 今頃、纏愛は夢葉さんかカンタに国語の猛勉強をつけてもらっているはずだ。

 彼女は苦手な国語を得意にすると約束した。

 それが果たされるのを、楽しみに待っていよう。

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