第25話

「たのもー!」


 纏愛が校長室の扉を開けた。

 だからその挨拶やめなさいって。


「校長!ちょっと話あんだけど!」


 彼女のセリフの後で、俺はようやく校長室へ――纏愛に追いつく。


「おやおや、これはこれは……」

「校長! ミッチーを辞めさせないで!」

「おい待て纏愛!」


 暴れ出そうとする纏愛の口を右手で塞ぎつつ、俺は彼女の腕を左手で掴んだ。


「すみません校長先生。どうしても言うことを聞いてくれず……」

「いえいえ、いいですよ。それより、お二人はとても仲が良いんですねぇ」


 校長は不気味な笑顔を浮かべる。


「とても、ただの教師と生徒とは思えないように見えますねぇ」


 蓄えた白いひげを撫でつつ、いやらしい目つきで。

 俺はその言葉に、耐えきれなかった。


「校長。私と小鳥遊は、きちんとした距離感で接しているつもりです。私は彼女の親御さんとも接点があり、普段から話し合いもしております。たしかに、俯瞰して見れば仲が良すぎるようにも見えるかもしれません。ですが、そういったことは一切しておりません」


 長いセリフを言い切ると、ふむ、といった感じで校長は何か考え事をするような、そんな様子を見せた。いったい何を考えているんだ。本当にこの人は、苦手だ。


 すると、隣で。


「みっふぃー! ふるしい!」


 と纏愛が叫んだ。

 俺は咄嗟に手を放し、悪い、と短く謝った。


「ちょっと! 私が校長に喧嘩売ってんだから、ミッチー邪魔しないでよ!」

「なんでそうなるんだよ」


 どっちかというと、校長に喧嘩を売られたような気もするが。

 なんであれ、この暴走列車に一度、ブレーキをかけなければならない。


「校長! 私のSNSから画像見たって聞いたんだけどさ! ミッチーを辞めさせる以前に、まずアンタの方がプライバシーの侵害ってやつやってんじゃないの!」


 あれ、意外と冷静?


 たしかにそうだ。


 生徒の放課後のことを校長がひっそりと調べ上げている。これは纏愛の指摘が正しいように思える。


 しかし、校長はもう一度ひげを撫でながら。


「いえいえ、そんなことはありませんよ。揚げ足を取っても無駄です。何故なら、満道先生がやったこと、これは事実であり、このことを無かったことにはできないんですからねぇ」


 いやいやそんなことはあるだろうよ。

 そう内心で思いつつも、ひやひやする。


 校長に直談判に来たとはいえ、何も作戦が無い。

 これでは、纏愛までもが退学になってしまう可能性がある。


 それだけは避けなければならない。


 どうする、どうすればいい。

 考えろ、考えろ。


 あの時は、カンタのことを考えて答えを出しきれないまま、彼にそれを押し付けたままになってしまった。


 結果的にカンタは幸せになる道を選べた。しかしこれは奇跡みたいなもの。


 纏愛で同じことが起きると期待はしない方がいい。


 考えろ。

 考えて、考えるんだ。


「……て、……れ……?」


 焦燥していると、隣で纏愛がなにやら、ぶつぶつと独り言を零し始めた。なにか違和感があるのだろうか。


 あれ? ん? と。

 そう呟きながら、じっと、校長を見つめている。


「纏愛、どうした?」

「……て、たしか……」


 初めて見る、纏愛が思考する姿に、俺は不思議な感覚に陥った。

 なんだ、なんなんだ。

 この子はいったい、今、何を考えているんだ?


「……ミッチー」

「お、おう。どうした」


 俺の名前を呼んだ。

 纏愛は、ニッコリと。

 悪戯に嗤って。


「実験、始めよっか」


 嫌な予感しかしない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る