第23話

 スパッと。

 単刀直入。ふさわしい言葉だと思った。

 全てを失ったような感覚。


「学校を、辞める……?」

「えぇ、こんな写真がネットで出回っているんです。あぁ、こんな、というのは失礼でしたね。この写真を機に、満道先生の趣味が変わった可能性もありますし」


 何を言っているんだ本当に。

 この場合の皮肉はとても笑えないし、手が出そうになる。


「しかし、ルールを守らねばなりません。来月末までは働いていただきます。ですので、それまでに新任の先生との引継ぎを――」

「ちょ、ちょっと待ってください!」

「あぁ、それから。この生徒との接触も、今後は控えるようお願いします。おっと、満道先生の担当されるクラスでしたか。では、なおさら接触は控えるだけでなく、謹んでもらうようお願いしますね」


 なんだ。

 違和感が、俺の頭の中を揺らす。


「……どうして纏、小鳥遊との接触を嫌がるのですか?」

「ほほう、下の名前で呼び合う仲ですか……それはいけませんねぇ」


 俺の質問には答えず、揚げ足を取る校長。

 なんなんだ。


 この人は何を考えているんだ。

 何が目的なんだ。


 俺を辞めさせるメリットなど、今のところないはずだ。確かに遊んでいたこともあったかもしれないが、それこそ謹慎で済ませられること。


 そして、纏愛に近づくなとの警告。


 仲良くしすぎているから距離を取りなさい、と言うならまだわかる。だが、校長は接触を慎むようにと言った。


 言葉が強すぎる。とても重い。

 重い言葉を使うからには、相当な理由があるはずだ。


 この二つが引っかかり、俺の思考はどんどん鈍くなっていく。


「では、この生徒にも退学していただきましょうか」

「な、なんで纏愛が退学に!?」


 それこそ停学で済む話だ。

 なんだ。なんなんだこの人は。


「ま――小鳥遊にそこまでさせる必要はないはずでしょう? 校長先生も仰っていたじゃないですか。間違った道から正しい道に戻してやるのも、教育だと」

「えぇ。ですが、戻そうとしたときにはもう遅い、なんてこともありますよね。例えば、元に戻るまでの道が、崩れているとか」

「だとしても、こんなことで退学なんて!」


 あまりにも酷い話だ。

 思わず、俺は机をバン、と叩いた。

 手のひらが、ヒリヒリとする。


 だが、そんなものはすぐに頭の外へと消えていった。


「では、こうしましょうか」


 そう言って、校長は再び地雷メイクの写真を表示し、スマホを俺の前に置いた。


「貴方と小鳥遊さんが映っているこの写真。満道先生、これを削除することができれば、このことはなかったことにしましょう」

「……ほ、本当ですか……?」

「えぇ。その代り、消せなかった場合は、私の指示に従っていただきます」

「……」


 よくラノベやアニメ、漫画で見る、悪役とのゲームみたいなものだろうか。

 これは確実に罠だ。そう相場で決まっている。


 しかし、罠がわからない。

 校長は、絶対に勝てる条件があったうえで、このゲームを提案している。そして、その必勝法で、俺をこの学校から消そうとしている。


「わかりました。約束、守ってくださいね」

「えぇそれはもちろん。満道先生次第、ではありますがね」


 そう言って校長はニヤッと嗤った。

 思いつく罠とすれば、先程俺が体験したもの――スワイプはできるのに、タップができない、だ。


 タップができなければ、削除するかどうかの操作画面も表示することができない。なにか、なにか罠があるはず。


 ご高齢専用とはいえ、これを扱えているのは一般の人も同じはず。俺だけが扱えない設定にはしていないだろう。


 となると、他にある手段は――。


「満道先生はまだ三十代でしたね。お若いから、スマホの操作など造作もないでしょう。制限時間は十秒としましょう」

「……」

「自信がおありなんですね。そんな怖い目つきをされてしまったら、さすがに私も怖くなってきてしまいますよ」


 目つきは今どうでもいいだろう。

 必死に今、お前を観察しているのだから。


 考えられる可能性、もう一つは遠隔操作。

 何か別の端末で、このスマホを動かなくさせている可能性だ。


 しかし、校長の左の手は空いていて、それらしいものは見当たらない。右手には、ストップウォッチが。十秒を測るものだから、これに仕掛けはないはず。


 だとすれば、次に考えられるのは――。


「それでは、始め」


 校長の合図で、ストップウォッチがピッと鳴った。


 俺は必死に、削除画面まで進められそうな場所をタップする。

 しかし、動かない。


 何度も何度も、タップする。

 手が滑って、別の写真が表示される。


 校長と、黒いマスクをした女性がツーショットで映っているよくわからない写真だ。こんなのは今どうだっていい。


 すぐに写真を元に戻す。

 だが、どうしてもタップだけができない。


「さん、にい」


 なんでだ、どうしてだ。

 動け、動けよ!


「いち」


 このっ!


「ぜろ」


 俺は校長のスマホを振り上げたまま、静止した。

 ワンチャンスを賭けた、スマホの破壊。


 しかし、できなかった。


 こんなことをしてしまったら、これからまともな教育をすることができなくなりそうで、怖かった。


「残念。消去はできなかったようですね」


 力強く握った手から、校長はスマホを取り上げようとした。俺は一瞬力を入れるが、すぐに緩めた。


 また抵抗しようと、握りしめてしまった。


 それほど、悔しかった。


「では、約束通り。満道先生には来月末で退職していただきます。小鳥遊さんとの接触も、慎んでください。いいですね?」

「…………はい」


 俺は静かに、そう答える。


 今すぐ叫びたい。いや、静かに消えたい。


 そんなぐちゃぐちゃな気持ちが、俺の身体から力を奪っていく。


「……そんなに思いやっていたのでしょうね。わかりました。小鳥遊さんの件については、白紙にしましょう。処分を受けるのは、満道先生だけということで」

「……そうしていただけるなら、ありがたいです」

「えぇ、貴方の心やりに免じて、彼女にはこのまま在学してもらいましょう」


 その後、引継ぎの話や退職までの流れの簡単なやりとりをして、俺は校長室を出た。


 闇のゲームに負けた主人公って、こんな気持ちなのかな。


 そんな楽観的なことを考えながら、俺は落胆した。

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