第22話
翌日。俺は『纏愛との距離感』に悩み、ろくに寝れず、目の下にクマがある状態で出勤をした。結局、答えは出ないままだ。
しかし、このままではいけない。
なにか対策を、昼までには答えを出さないといけない。なのに、もう昼休みになってしまった。これが模範解答のある問題だったら、どんなによかったことか。解答があるなら、ネットで調べれば一発で解決できるのに。
そんなことを考えていると、満道先生、と呼ぶ声が聞こえる。
振り向くと、そこには校長先生が立っていた。
「少しいいですか? 満道先生」
「えぇ、はい」
にっこりと微笑む校長に対し、俺は苦笑いで答える。
俺はこの人があまり得意ではない。この人はなにを考えているのか、何を企んでいるのかわからない。『個を大切に』という校風を売りにすると聞いたときは、あまりにも残念な人だと思っていたが……その結果、本校を有名校までのし上げたのだ。
こんな馬鹿げた校風の私立高校が有名になるわけがない。きっとなにか裏で手を回したのだろうが、その手の内がわからない。
なので、俺はなるべくこの人には目をつけられないようにしてきた。話しかけられたとき、どう接すればいいかもわからなければ、何を言われるかわかったものじゃないからだ。
まあ、普通の校長から声がかかって不安に思わない教師なんて、いないとは思うが。
派手な赤いスーツを身に纏った彼は、俺を校長室へと招いた。その際、俺は纏愛にメッセージを送った。きっと今日も、理科室に来ている。しかし、準備室に入れるのは、理科の教員だけとなっているため、鍵は俺が持っている。
『校長に呼ばれた。今日は一人で食べてくれ』
素早く送信し、スマホを仕舞う。
校長室に入ると、早速校長が。
「今お茶を出すので、そこにかけて待っててください」
「これは、どうもご丁寧に……」
頭が真っ白になる。言葉を間違えていないか、仕草は、表情はどうだ。
人として苦手、というのもあるが、社会人で言えば校長は俺の雇い主。社長のような存在の前で、俺という異常はきちんと普通を演じられているだろうか。
「どうぞ、粗茶ですがね」
校長は湯呑を俺に渡しながら、対面のソファへと腰かける。
「いえ、ありがとうございます。いただきます」
出されたお茶を受け取り、そのまま一口頂こうとする。
しかし、流れ込んできたお茶は熱く、俺は思わず。
「っつ!」
と子供のような反応を見せてしまう。
「おやおや、満道先生は猫舌でしたか。大丈夫ですか?」
「いえ、すみません、お見苦しいところを……」
「そんなことは。零したりは? スーツが汚れたら大変だ」
「いえお構いなく」
そう言って俺はスーツについた水滴を手で払いながら、湯呑をテーブルの上に置いた。
「えぇと、何か御用でしょうか? 校長先生」
「あぁ、そうでしたね。用っていう用では……ないんですがね?」
校長は立ち上がり、自分の机まで歩く。そこに置いてあるスマホを取り出し、えっと、とぼやきながら、操作を始めた。
しかし、ご年齢がテクノロジーについていけていないのか、なかなか操作が終わらない。
「すみません、満道先生。とある写真をお見せしたいんですが、どうにも操作が……」
「わかりました。写真が保存されている場所を出せばいいでしょうか?」
「えぇ。お願いしても?」
そう言って、校長はスマホを俺に渡してきた。
角に丸みがあり、液晶の下には三つのボタン――所謂、ご高齢向けのスマートフォンだ。
こういったものを扱うのは初めてだが、元はスマホ。操作は感覚でできるはず。そう思っていたのだが――。
「あれ、すぅ……ちょっと待ってくださいね」
なかなか、スマホが言うことを聞いてくれない。
スワイプすることはできても、タップができないのだ。
「校長先生、これ買ったのいつですか?」
「つい最近ですね……買ってからは一年も経ってないかと」
なら、故障ではない。
なのに、動いてくれないのだ。
「えっと、すみません。多分ここを押せば出せると思うんですけど……」
そう言って、俺は校長に『写真』と書かれたフォルダを指差して見せる。
「あぁ、ここにありましたか」
校長はスマホを受け取ると、液晶をぐっと力強く押した。すると、たくさんの画像が液晶に映りだした。
「そうそう、これを出したかったんですよ」
満足した様子で、校長はスマホをスワイプしていく。
俺はなにがなんだかわからないまま、対面のソファに腰掛けた。
あのスマホ……なんで俺の時は開かず、校長には開くことができたんだ?
「あぁ、あったあった。満道先生、これを」
そう言って、校長は俺にスマホの画面を見せてきた。
「え、これ……」
「最初は誰だかわからなかったのですが……どうやら、満道先生で間違いないみたいですね」
そこに映し出されていたのは、地雷メイクの写真――纏愛が俺を知るための実験と題して仕掛けた、悪戯で撮影されたものだった。
「ど、どうしてこれを……?」
「いやぁ、最近の若い子たちは、すぐにSNSで投稿をする。そういったところも、チェックし、正しい道に導く――もしくは、間違った道から正しい道へと戻してあげる。それが教育だとは思いませんか? 満道先生」
校長は、スマホの一部を指差した。
地雷メイクをした俺の顔の後ろに、纏愛らしき人物が映っている。
「これは、うちの理科室で撮影されたものですね? そしてここに映っている生徒――小鳥遊纏愛さん、でしたか。楽しそうなお写真ですね」
「……」
言葉が出なかった。
科学部員だと言い訳するには、説得力が欠ける。
「楽しく部活動をするのは良いですが……これはどんな活動なんでしょうか? たしか、この生徒は入学初日に、問題を起こした生徒ですよね? クラスメートに椅子を投げつけたとか」
校長は俺の座るソファの後ろを右に左に、行ったり来たりしながら詰問する。
「問題児と一緒になって遊ぶなど、教師としては失格ではありませんか? ねえ、そう思うでしょう? 満道先生」
「……なにを、言いたいのでしょうか」
ペナルティを受ける。
それくらいの予想は、この画像を見ただけでわかった。
しかし、なにを言いたいんだこの人は。
「単刀直入に言いましょう、満道先生――」
俺が『問題児を矯正しているところ』と説明すれば、これはその一環でふざけてしまったことで、反省文や報告書を書かせるなどで十分ではないのか?
いや、不十分だったらしい。
「――貴方にはこの学校を辞めていただきます」
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