第21話

 その日の晩。俺はカンタに電話をかけた。

 カレイのから揚げを手伝ってくれたということのお礼と、感想を言いたかったからだ。


『もしもしミッチー? どしたー?』

「どうしたもこうしたも、から揚げ、作ってくれたんだろ?」

『あー、あれは難しいからねー。纏愛にはちょっと手伝ってもらったよー』

「そうか。久しぶりにちゃんとした料理を食べたが、お前の作ったから揚げが、一番だったよ」

『お、ミッチーに褒められたー。やりー!』


 嬉しそうな声で喜ぶカンタ。


 やはり、俺が私立高校に就職したのは、正解だったかもしれない。こうして、教え子の料理も食べることができ、その子も喜んでくれる。


 俺にはやりがいのある仕事だ。


「そういえば、最近の纏愛はどうだ?」

『どーって、こっちのセリフじゃない?』

「こっちは順調だ。だが、纏愛が放課後に何をしているかまでは、把握できないからな」


 そして、きちんとした仕事ではないかもしれないが、俺が今一番成し遂げないといけないもの。それが、纏愛の夜遊び、および性格の矯正だ。


 相変わらず興味が無いのか、クラスメートとは話していない様子。しかし、その前に夜遊びを治さないといけない。


 ステップアップした先で、クラスに馴染んでくれるといいんだが。


『そういうのはもうしてないってさー! やっぱミッチーに頼んで正解だったよ!』

「そうか。それなら良かった」


 まずは第一段階クリア、といったところだろうか。

 ふう、と思わず安堵する。


『最近すっげーたのしそーだよ、纏愛』

「そうなのか?」

『そーだよ! あいつ料理したことないからいっぱい失敗したんだけど、すっげー笑うの。失敗してんのに』

「失敗してるのに笑ってる……?」

『そーなんだよー。ミッチーなんか仕込んだ?』

「人聞きの悪い質問をするな」


 と言っても、心当たりがない。


 纏愛の気持ちを汲み取って考えるなら……例えば、無機化学の実験。失敗することも実験の楽しさではある。


 なにより、料理と化学は似ている。

 色んな試みをして、失敗して、やっと成功して。

 どんなものができるのか、わくわくする。


 そういった気持ちが、もし纏愛にあるとすれば、合点はいく。


「まあ、多少なりとも矯正できたならよかったさ」

『いやーさすがミッチー! ありがとー! あ、今度飲み行こうよ!』

「俺はまたカンタの料理が食べたいな」

『宅飲みは夢葉がどー言うかなー……訊いてみるけど、飲みは絶対行こ!』

「あぁ」


 きたきたきた。

 教え子との飲み。

 これは公立私立関係なく、教師にとっては嬉しい大イベントだ。


『あー、あとそれからさ、ミッチー』

「ん? なんだ?」


 なにかを思い出したかのように、カンタは切り出してきた。


『纏愛のことだけどさ、こー、なんていうか、あんまり突き放さないでやってほしーんだよね』

「突き放す?」


 どういうことだろうか。

 まさに次は、クラスと馴染むところへと移行するところなのだが。


『いや、ミッチー真面目だからさー。纏愛って結構距離詰めてくタイプだから、ミッチーが距離感を保とうとするんじゃないかって思ってさー』


 ぎくり、と。

 昼休みのことを思い出す。


 無意識に、纏愛の頭を撫でてしまったこと。

 そして、それに対し猛省し、まさしくカンタの言う通り、距離感を保とうとしたこと。


『俺の勘違いならそれでいーんだけどさー。ほら、仲良かった人と急に距離が詰められなくなると、嫌われたかもなーって思うじゃん? 今、纏愛と仲良いのってミッチーだけだから、ミッチーが距離取ろうとすると、そー思っちゃって、結局夜遊び再開しましたーなんてことになったら――』


 カンタの言葉は続いている。


 しかし、俺はそれが途中から頭に入ってこなくなった。

 そうか。確かにそうだ。


 俺が距離感を気にしたら、纏愛の夜遊びを再開するリスクがあること。これは完全に盲点だった。


 失念。懸念するべき点を見間違えた。


 なら、どうすればいい。


 纏愛との距離がこれ以上近くなってしまうと、考えられるリスクとしてあるのは『依存』だ。


 学校にある居場所があの準備室になってしまうと、纏愛がどんな行動を起こすかわからない。幾つか例を挙げるなら、授業をさぼる、友達が作れなくなる、コミュニケーション能力の低下など。


 俺はそれを避けるべく、次のステップは友達作りだと思っていた。


 しかし、距離が離れてしまえば、別のリスク――夜遊び再開の可能性が出てきてしまう。


 教師として、俺はどちらの行動を取るべきなのか。


 考えていると、カンタが俺の名を呼んだ。


『ミッチー? 聞いてんのー?』

「あぁ、悪い。少し気を付けて行動する」

『そーだねー。でも前に進んでる気はするからさ。少しずつでもいーから、もう少しあいつの面倒見てやってよ』

「わかってる」


 じゃ、また連絡するねーと。

 カンタの声で、通話が終了した。

 ツー、ツーという音が、いつまでも耳から離れない。

 纏愛と、これからどう接していけばいいのか。


 離れすぎず、近すぎず。そして距離感を取っていることを彼女に悟られないようにする方法。

 どこの難問だ、これは。

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