第16話
水ナトで使用した試験管が立てかけられたスタンドを別の場所に移動させ、同じ種類のイオンが用意された別のスタンドを手に持ち、俺は纏愛が着席している机に置いてやる。
「また同じイオン――同じ人たちを使って、実験をする」
「えっと、アルミに鉄、銅と……銀?」
「そう、正解」
簡単に答え合わせをした後、俺はとあるボトルを纏愛に渡す。
先程まで使っていた水ナトはキャップを外してボトル本体に力を入れて、中の水溶液を出すものだった。
しかし、今回使うのは「アンモニア水」だ。キャップ事態がスポイトのような役割を持っており、中のアンモニア水を吸い取ってから、試験管に加える。このやり方を、丁寧に、先程のようなトラブルが起きないように教えてやる。
「こんな感じだ。できそうだろ?」
「うん! でも、ちょっと臭いね」
そりゃアンモニアだからな。
よし、と一言置いてから、俺は纏愛に指示を出す。
「まずはアルミにそれを少量、加えてみろ」
「アルミ、アルミ……この透明のやつだよね?」
「そう、それ」
「さっきの水ナト? は……白だったね。どーなるんだろ」
纏愛は先程の実験結果を見ながら、想像している様子。
その姿が、俺にとっては意外だった。
こういった実験をする時、大抵の生徒は、次の実験に夢中になることが多い。そのため、全ての実験を終了した段階で、二つの結果を見比べてもらい、考察させる。しかし纏愛は、前の結果と比較しながら、次の実験へと進もうとしていた。後で考察するのでなく、現在進行形で、考察しながら実験をしている。
纏愛は、理系に向いているかもしれないな。
そう内心で呟いていると、纏愛が上手にアンモニア水をアルミの試験管に少量加え、沈殿反応を終えていた。
「ねー、ミッチー! さっきとあんま変わんなーい!」
「ということは、その人はどういう人か、わかりそうか?」
「うーん……」
纏愛はそう悩みつつ、試験管を慎重にスタンドへと戻した。
先程の反省がきちんとできていて、とても偉い。
あとできちんと褒めなければ。
「なんだろうなあ」
「そんなに悩むなら、もう一度訊いてみるといいさ」
「もう一回訊くの?」
「そうだ。もう一度アンモニア水を入れてみろ」
指示すると、纏愛は不思議そうな表情を浮かべながら、言われた通りにアンモニア水をスポイトで吸い取り、試験管に加え、横に振った。
しかし、アルミの沈殿反応は変わらない。ただ白いゲル状のものができるだけ。
「やっぱ変わんなーい」
「よし、じゃあ推測してみよう。水ナトを入れても、アンモニア水を入れても、その量を増やしても、アルミの反応は変わらなかった。どんな性格の人だと思う?」
「うーん……」
またも悩みだす纏愛。
俺の中で答えは出ているのだが、果たして纏愛が気付くかどうか。
すると、あっ、と声を漏らして。
「頑固な人!」
と答えた。
大正解だ。
「そうだな。どんなアプローチをしても、それを諦めずに押し続けても、自分を保つ。それがアルミという人の特徴だ」
俺の中での答えは夢葉さん――頑固な人、というのがあったのだが、纏愛はピンポイントで性格を答えてくれた。
「なんか、ミッチーみたい」
ぷぷ、と纏愛が嗤う。
俺? え、頑固なの?
「……と、とにかく! こんな感じで実験と推測をしていくぞ」
「あ、図星だったんだ」
「それはどうかな。ほら、次に――」
「だってミッチー、本当に違ったら必死に誤解を解こうとするでしょ? 媚薬の時とか、必死だったもんね」
にひひ、と。
纏愛は悪戯に嗤う。
「……まずは結果をホワイトボードに記入。次、鉄」
「はーいっ」
楽しそうに答える彼女に、俺は後ろから少しだけ睨み付けてやった。
なんだ? いきなり人間観察が上手くなるなんてこと、あるのか?
それとも、たまたま?
いや、彼女の学習能力がずば抜けて高いという可能性もある。
あるが……今はそれを考えても、仕方がないか。
頭の中での自問自答に諦めをつけ、俺は次の実験を行う纏愛を見守ることにした。
「えっと、水ナトのときの鉄はコーラ……っと」
独り言は零すものの、アンモニア水はしっかりと試験管の中へと加える。
纏愛がそれを振ってみると、沈殿反応が起こる。
褐色の沈殿物が、試験管の底に現れた。
「……」
「どうした? ちゃんとできてるぞ?」
「いや、なんかドラゴン○―ルだなって思って」
「……なんとなくわかる」
「あんまコーラと変わらないんだねー」
そう言いながら、纏愛は実験結果を記録した。
再び席に座り、もう一度、鉄の試験管にアンモニア水を入れていく。
「あ! やっぱコーラになった!」
「予想通りだったか? なら、この鉄はどういう性格の人だと思う?」
「うーん、なんだろ、同じことを繰り返しちゃう、みたいな?」
「おぉ、なかなか良い推測じゃないか」
実際、人間は無自覚に同じことを繰り返してしまうことが多い。その中には、同じ失敗をいつまでも直せずにいる人も。
「俺ならそうだな、過去にいつまでも引きずってるってイメージだな」
「ミッチー、ママはもう諦めなよ」
「…………それはとっくに諦めてる」
なぜ纏愛はいちいち俺に当てはめようとするのだろうか。いちいち比べられたりすると、少しだけ苛立ちを覚えてしまう。
いや――あっているのか。
愛されるために必要な『人を知ること』。まずは俺を知ることから始まったのだから。
だから纏愛は、いちいち俺に当てはめているのか。
「……そしたら、結果書いておけ」
「はーい」
返事をすると、纏愛はホワイトボードの表――鉄の欄に『ミッチーがママのこと引きずってる』と書いた。
さすがに怒った。
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