第15話

 俺と纏愛は、無機化学の実験として、八本用意されたうちの四本に水酸化ナトリウム水溶液を少量、多量加えた時の色の変化を観察した。

 残りの四本は先の実験で使ったものと全く同じもの。


 透明色のアルミ。

 黄色の鉄。

 水色の銅。

 透明色の銀。


 水ナトを使った実験では、こういった結果になった。


 透明のアルミは白色に。

 黄色の鉄はコーラ色に。

 水色の銅はスライム色に。多量に加えた時にはブルーハワイ色へと変化した。

 透明の銀は泥。多量に加えた時、沼になった。


 俺は纏愛がホワイトボードにまとめた実験結果を見て、個性的なレポートができたな、とポジティブな意味で関心をした。


 ここまでまとめられたのであれば、一通りのことを教えてもいいだろう。


「いいか纏愛。これは『相手に対し、同じことやったらどう反応するか』ということを意味している」

「……どゆこと?」


 まあ、その反応は想定していた。

 なるべくややこしくならないよう、気を付けながら、俺は説明する。


「例えば、銅に少しだけ水ナトを加えた時、どんな色に変わった?」

「えっと、銅だから……スライム!」

「じゃあ、銀は?」

「沼!」

「それは多量に加えた時だろ。少量の時は?」

「あ、一回目の方? じゃあ、泥」


 纏愛はホワイトボードを指差しながら答えた。

 ここまで理解はできているようだ。

 よし、と内心で呟き、俺は説明を続ける。


「同じ水ナトを加えたのに、違う色になっただろ? これは人も同じだ」

「……どこが?」

「例えばそうだな……纏愛はしいたけ好きか?」

「好きってわけじゃないけど、食べられないわけじゃ……あっ」


 言葉の途中で、纏愛が何かに気付いた。


「ママ、しいたけ嫌いだよ?」

「そういうこと。例えば俺がお土産に、纏愛と夢葉さんにしいたけを買うとしよう。纏愛はカンタに美味しい料理を作ってもらえるかもしれないが、夢葉さんはきっと、俺に説教をすることだろう」


 ――なんで私がしいたけ嫌いなの知ってて、買ってきたの?

 って、怒られそうだ。


「同じものをあげても、人によって喜ばれたり、そうじゃなかったりする。だから、相手を知る必要がある。好きな人の誕生日とか来たら、プレゼントで喜んでほしいだろ?」

「たしかに、そうかも……」

「それに、同じアプローチをしてもダメなんだ」


 俺はホワイトボードの、ブルーハワイと沼を、赤いマーカーで囲った。


「例えば、俺が夢葉さんに、どうしてもしいたけ嫌いを直してほしいと、無理矢理しいたけを渡したとしよう。するとどうなると思う?」

「めっちゃ怒ると思う」

「じゃあ纏愛に、追加でもっと多い、倍くらいのしいたけを贈ったら?」

「えー、ちょっと嫌だなー……同じ味に飽きて、ママみたいにしいたけのこと嫌いになるかも」

「そう、それだ!」


 今まで、纏愛は俺を知るため、様々な悪戯をしかけてきた。しかし、これといって良い結果は得られていないように見えた。それは、悪戯をして面白がっている方が、気持ち的に勝ってしまっているからだ。


「一度その人に成功したからといって、また喜んでもらえるとは限らない。この実験は、相手の反応を知るための練習だ」


 そう言って、俺は机に並べられた、実験待ちの四本の試験管を指差した。


「あの試験管は人だ。先程は水ナトをあげてどう反応するかを調べた。今度は、違うものをあげて、どう変化するかを実験するぞ」

「なんとなく話はわかったけど……そんなに変わるの? あげるものを変えるだけで」

「それはあげてみないとわからない。失敗してもいいさ。なにせ、これは実験なんだからな。さあ、続きを始めよう」


 俺はとあるボトルを手にし、漫画に出てきそうな台詞を吐く。

 こっちで行う実験の結果を纏愛がどう表現、言語化するか。非常に楽しみだ。

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