第12話

 その後、数日間、纏愛による俺を知るための実験が行われていた。しかしどれも悪戯の域を出ないもので、本当に俺を知ろうとしているのか、ちゃんと実験の成果が出ているのか、不安になっていく日々が続いた。


 痺れを切らし、俺は纏愛に「今日はとあることを教えるから、ジャージに着替えてから理科室に来なさい」とメッセージを送っておいた。

 纏愛を待つ間、俺はとある液体を用意するため、準備を進めていた。これで伝わってくれるといいのだが。


 そんな願望を胸に、俺はなんとも怪しい液体を作るのだった。



 放課後。メッセージで指示した通り、ジャージに着替えた纏愛が、理科室の扉を開けた。


「たのもー!」

「道場破りしても、何も得ないぞ」

「こーいうのはノリじゃん! ノリ!」


 なんだよー、と文句を言いつつ、纏愛の視線はとある液体の入った試験管へと移る。


 八本の試験管。それぞれに、色がついた液体が入っている。


「ミッチー! 媚薬は禁止って言ったでしょ!」

「え、いや違う! これはそういうのじゃない!」


 予想外のツッコミに焦燥する。

 そうか、俺が用意する液体となると、纏愛にとっては媚薬一択になってしまうのか。纏愛の思考をトレースしておくことを失念していた。


「エッチなのはダメって言ったじゃん! まさか、ジャージ姿にしたのは、ミッチーの趣味……?」

「何言ってんだ! 一応憧れはあるけどな! 憧れはあるけどどうせなら制服でシチュエーションを用意する!」

「何言ってんの変態!」


 纏愛は自分のスクールバッグを俺に投げつけた。両手でキャッチすることに成功したが、中に水筒でも入っているのだろうか、硬いものがあばらに当たって痛みが奔る。


「とりあえず話を聞いてくれ纏愛! 俺はただちゃんとした化学の実験を――」

「ウソつけ! 媚薬の効果を私で試す気なんでしょ!」

「違うんだって!」


 変な誤解を生んでしまった。

 どう弁解するべきか。


「化学の実験だ―って、媚薬飲ませて、そういうことさせながら問題とか解かせるんでしょ! 次はこれ、次はこれって! 我慢ができなかったらお仕置きで、その、ゴムを――」

「お前は何てコアなものを見たんだ!」


 どこにそんなアダルトビデオの需要があるのか。

 そう疑問に思った瞬間、ふと。

 なるほど、と。


「そう、そうだ! これは問題だ! 纏愛、今から実験をするんだ! これは決してものじゃない!」


 俺はスマホを使い、高校化学の難問が集められたサイトを瞬時に検索し、纏愛に見せつける。


「いいか、これは『無機化学』だ。本当は三年生で習うもので、入試では難問として扱われるものだ。今日はそれを、実際にやってもらう!」


 纏愛はじーっとスマホを見つめて、首を傾げる。

 三年生で習うことなのだから、そりゃ見ても理解できないか。

 彼女の様子を見て、少し冷静さを取り戻した俺は、一度深いため息を吐いて。


「今日はちょっと危ない薬品使うからな。目とかに入らないように、ゴーグルと手袋つけるぞ。制服も汚れたら大変だから、ジャージに着替えてもらった」


 そう言って、試験管とは別に用意したボトルを見せる。


「水酸化ナトリウム水溶液。略して水ナトな。これがやばいやつ。強アルカリ性って言って肌とかにかかったら――」

「媚薬……?」

「そのくだりもういいだろ……とにかく、この八本の試験管、その他を使って今日は実験をしていくぞ」

「えっと、今更なんだけど……なんで?」


 さすがに自分でも飽きたのか、媚薬を言わなくなった。

 たしかに、こんな液体だらけの実験をする意味は、纏愛には理解できないだろう。俺が伝えたいのは、二つ。


「一つ。纏愛、お前の『相手を知ること』には足りないものがある。それを知ってもらうための実験だ」


 そして、と続けて。


「二つ。実験は楽しい!」


 楽しく学べる。

 最高じゃないか。

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