第11話

 次の日。理科室にて、俺は椅子に座らされていた。立ち上がることは勿論、動くことすら許されない状況だ。


 さて、どうしたものか。

 といっても、対処法が思いつかない。こんなことは、生まれて初めての経験であり、周りからも同様な場面に立った知り合いもいないため、ゼロから一を作る必要がある。


「はいミッチー、目ぇ閉じて」


 纏愛が、俺に指示を出す。

 言われた通りに目を閉じると、何やら瞼に違和感が。


「ちょ、動かないでってば」

「悪い、くすぐったくて」


 今俺は、纏愛に化粧をされている。それも、女性用の。

 どうしてこういうことになったのか。

 それは、放課後になってすぐのことだ。



 愛されるために、人を知ることから始めよう。


 昨日、そう提案し、纏愛はなにかを閃いた様子で理科室から飛び出した。それから何をするのだろうか、と不安に思いつつも、一歩前進したのであればそれはそれで良いではないか、という安心感に、俺は昨日を終えた。


 そして今日、理科室に来ると。


「まずは、ミッチーについて知ろうと思う!」


 ガラリ、と扉を開けると、仁王立ちした纏愛がいた。

 加えて、机には様々な化粧道具たちが並んでいた。


「……それはいいが、何をする気だ?」

「ミッチー、ここ座って」


 にっこりと、満面の笑みで。

 纏愛は化粧道具たちを目の前にしてある座椅子を指差した。

 嫌な予感がした。


「ミッチーちゃんとお肌の手入れしてる? すっごい荒れてるよ?」

「別に、男なんだからいいだろうそんなの」

「今はそーいうの古いよー。男の人もちゃんと化粧水使ったりしなきゃ。パパ活やってた時に会ったおじさんたちは、みんなしてたよ?」


 え、そうなの。

 なんかそれを知ってしまうと、やらなきゃいけないなって思えてきてしまう。


「というか、なんで化粧なんだ?」

「え、いいじゃん。楽しいし」


 楽しいのは、俺を女装させてイタズラしているお前だけだ。


 そう言って断ることもできた。

 だが、俺の話を聞いて最初に思いついたことがこれなのであれば、一度受け入れる必要があると判断した。


 一生懸命に考えたものを最初に否定されてしまったら、前に進めなくなってしまう。


「まあなんでもいいが……これで俺のこと、わかりそうか?」

「うーん、とりあえず自分磨きしなきゃだね。お嫁さんもらえなくなっちゃうよ?」


 婚期の話はやめてくれ。

 ちょっとだけ焦ってるんだから。

 夢葉さんとの再会もあって、余計に。


「よし、できた!」


 完成したメイクに、満足、といった声色が、彼女が嬉しがっていることを示唆させる。

 纏愛は二歩下がってから遠目で俺を見つめた。


「うん、おっけ! じゃあ鏡持ってくるから、ミッチー目ぇ閉じて!」

「あいよー」


 ここまできたら、何でも来いだ。

 俺は言われたまま、目を閉じて纏愛を待つ。

 そして、メイクした後の自分を想像してみる。


 どんな感じなのだろう。


 よくアニメや漫画で出てくるような、オカマって感じのメイクなのだろうか。唇にハートマークみたいな。

 それともナチュラルな感じのメイクだろうか。それはそれで、なんか嫌かもしれない。なんだか、どう転んでも嫌な方向にしか行かない気がしてきた。


 それにしても、纏愛が遅いな。


 内心で呟いた途端。


 パシャ。

 パシャパシャパシャ。

 パシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャ。


「おい! 絶対撮ってるだろそれ!」

「あ、バレた!」


 にひひ、と悪戯に嗤う纏愛。


「だって、見てよ! 可笑しいんだもん!」


 スマホの画面を見せ、もう片方の手で口元を抑えて笑っている。


「んな! お前それ地雷系ってやつか!」

「うん! 可愛いでしょ?」


 なんとまさかの地雷系メイクだった。ピンクや黒を基調とした、最近の流行り。

 すごいなんかキラキラとか顔にいっぱいついてる。


「これ、カンちゃんに送っとこ」

「やめろって!」


 止めようとするが、既に送信済みだった。

 なんだって最近の子はこんなにスマホの操作が早いんだ!


「そうだ、ミッチーにも送ってあげるよ! 連絡先教えて」

「こら、教師が生徒に連絡先を教えていいわけあるか」

「え、でも部員と交換するのは普通じゃない? それにほら、私が怪しいコトしてるって思ったら、すぐ連絡できるほうがミッチーも安心じゃない?」


 親公認だしさー、付け加えて。

 纏愛は俺のスマホをスッと取り上げ、操作する。


「おま、俺のスマホ!」

「まずは相手を知ること、でしょ? ミッチーのスマホは胸ポケットにある――でしょ?」


 そう言って、纏愛は俺のスマホを差し出した。

 もう連絡先は交換済みだった。


「……にしても、面白いね!」


 そして画面には、俺の地雷系メイクの写真が。


「待ち受けにしておいたから、落ち込んだときはこれ見て元気出してね……ぷぷっ」

「待ち受けにしてたら、スマホ開く度に落ち込むわ! なにしてくれてんだ! 早く戻せ!」

「えーいいじゃん可愛いよー」

「お前さっき可笑しいとか面白いとか言ってただろ!」


 そんなやりとりで、今日の纏愛との活動は終了した。


 メイクはちゃんとしたもので落としてもらい、今までの満道光秀として帰路に着くことができた。


 ネクタイを外し、スーツから普段着に着替える。

 ふと、スマホが鳴った。


 纏愛からのメッセージだ。

 人を知ること、とアドバイスしたはいいが、これではただの悪戯だ。明日以降、なにか手を打たなければ。


『ミッチー! カンちゃん超ツボってるよ!』


 表示されたメッセージは、いかにも想像できそうな、シンプルなものだった。


「……家でも笑うなよ……てか、夢葉さんにも見られるんだろうなあ」


 勘弁してくれ。

 そう返信して、メッセージアプリを閉じる。

 すると、纏愛が設定した待ち受け画面が表示された。

 俺の地雷系メイク写真。

 ちょっとだけ、笑ってしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る