第11話
次の日。理科室にて、俺は椅子に座らされていた。立ち上がることは勿論、動くことすら許されない状況だ。
さて、どうしたものか。
といっても、対処法が思いつかない。こんなことは、生まれて初めての経験であり、周りからも同様な場面に立った知り合いもいないため、ゼロから一を作る必要がある。
「はいミッチー、目ぇ閉じて」
纏愛が、俺に指示を出す。
言われた通りに目を閉じると、何やら瞼に違和感が。
「ちょ、動かないでってば」
「悪い、くすぐったくて」
今俺は、纏愛に化粧をされている。それも、女性用の。
どうしてこういうことになったのか。
それは、放課後になってすぐのことだ。
◇
愛されるために、人を知ることから始めよう。
昨日、そう提案し、纏愛はなにかを閃いた様子で理科室から飛び出した。それから何をするのだろうか、と不安に思いつつも、一歩前進したのであればそれはそれで良いではないか、という安心感に、俺は昨日を終えた。
そして今日、理科室に来ると。
「まずは、ミッチーについて知ろうと思う!」
ガラリ、と扉を開けると、仁王立ちした纏愛がいた。
加えて、机には様々な化粧道具たちが並んでいた。
「……それはいいが、何をする気だ?」
「ミッチー、ここ座って」
にっこりと、満面の笑みで。
纏愛は化粧道具たちを目の前にしてある座椅子を指差した。
嫌な予感がした。
「ミッチーちゃんとお肌の手入れしてる? すっごい荒れてるよ?」
「別に、男なんだからいいだろうそんなの」
「今はそーいうの古いよー。男の人もちゃんと化粧水使ったりしなきゃ。パパ活やってた時に会ったおじさんたちは、みんなしてたよ?」
え、そうなの。
なんかそれを知ってしまうと、やらなきゃいけないなって思えてきてしまう。
「というか、なんで化粧なんだ?」
「え、いいじゃん。楽しいし」
楽しいのは、俺を女装させてイタズラしているお前だけだ。
そう言って断ることもできた。
だが、俺の話を聞いて最初に思いついたことがこれなのであれば、一度受け入れる必要があると判断した。
一生懸命に考えたものを最初に否定されてしまったら、前に進めなくなってしまう。
「まあなんでもいいが……これで俺のこと、わかりそうか?」
「うーん、とりあえず自分磨きしなきゃだね。お嫁さんもらえなくなっちゃうよ?」
婚期の話はやめてくれ。
ちょっとだけ焦ってるんだから。
夢葉さんとの再会もあって、余計に。
「よし、できた!」
完成したメイクに、満足、といった声色が、彼女が嬉しがっていることを示唆させる。
纏愛は二歩下がってから遠目で俺を見つめた。
「うん、おっけ! じゃあ鏡持ってくるから、ミッチー目ぇ閉じて!」
「あいよー」
ここまできたら、何でも来いだ。
俺は言われたまま、目を閉じて纏愛を待つ。
そして、メイクした後の自分を想像してみる。
どんな感じなのだろう。
よくアニメや漫画で出てくるような、オカマって感じのメイクなのだろうか。唇にハートマークみたいな。
それともナチュラルな感じのメイクだろうか。それはそれで、なんか嫌かもしれない。なんだか、どう転んでも嫌な方向にしか行かない気がしてきた。
それにしても、纏愛が遅いな。
内心で呟いた途端。
パシャ。
パシャパシャパシャ。
パシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャ。
「おい! 絶対撮ってるだろそれ!」
「あ、バレた!」
にひひ、と悪戯に嗤う纏愛。
「だって、見てよ! 可笑しいんだもん!」
スマホの画面を見せ、もう片方の手で口元を抑えて笑っている。
「んな! お前それ地雷系ってやつか!」
「うん! 可愛いでしょ?」
なんとまさかの地雷系メイクだった。ピンクや黒を基調とした、最近の流行り。
すごいなんかキラキラとか顔にいっぱいついてる。
「これ、カンちゃんに送っとこ」
「やめろって!」
止めようとするが、既に送信済みだった。
なんだって最近の子はこんなにスマホの操作が早いんだ!
「そうだ、ミッチーにも送ってあげるよ! 連絡先教えて」
「こら、教師が生徒に連絡先を教えていいわけあるか」
「え、でも部員と交換するのは普通じゃない? それにほら、私が怪しいコトしてるって思ったら、すぐ連絡できるほうがミッチーも安心じゃない?」
親公認だしさー、付け加えて。
纏愛は俺のスマホをスッと取り上げ、操作する。
「おま、俺のスマホ!」
「まずは相手を知ること、でしょ? ミッチーのスマホは胸ポケットにある――でしょ?」
そう言って、纏愛は俺のスマホを差し出した。
もう連絡先は交換済みだった。
「……にしても、面白いね!」
そして画面には、俺の地雷系メイクの写真が。
「待ち受けにしておいたから、落ち込んだときはこれ見て元気出してね……ぷぷっ」
「待ち受けにしてたら、スマホ開く度に落ち込むわ! なにしてくれてんだ! 早く戻せ!」
「えーいいじゃん可愛いよー」
「お前さっき可笑しいとか面白いとか言ってただろ!」
そんなやりとりで、今日の纏愛との活動は終了した。
メイクはちゃんとしたもので落としてもらい、今までの満道光秀として帰路に着くことができた。
ネクタイを外し、スーツから普段着に着替える。
ふと、スマホが鳴った。
纏愛からのメッセージだ。
人を知ること、とアドバイスしたはいいが、これではただの悪戯だ。明日以降、なにか手を打たなければ。
『ミッチー! カンちゃん超ツボってるよ!』
表示されたメッセージは、いかにも想像できそうな、シンプルなものだった。
「……家でも笑うなよ……てか、夢葉さんにも見られるんだろうなあ」
勘弁してくれ。
そう返信して、メッセージアプリを閉じる。
すると、纏愛が設定した待ち受け画面が表示された。
俺の地雷系メイク写真。
ちょっとだけ、笑ってしまった。
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