第7話
リビングに案内される。そこには四人用のダイニングテーブルにキッチン、壁掛けのテレビの正面には高級ホテルに置いてありそうなソファがあった。テーブルのほうに座るよう指示され、次第にお茶を持ってきてもらった。
「いやー、ミッチーも老けたね! 今三十二だっけ?」
「惜しい、三十三。気をつけろよ、三十過ぎたら一気に身体に来るからな」
「マジかー! いいね大人って感じで!」
なにがいいのだろうか。
大人って感じ、というならば、カンタのほうがそうだろう。背丈も見た目も、確かにカンタだが、雰囲気がガラリと変わっている。大人になったんだな――そう思わせるような感覚に、俺はカンタと話しているのか、大人と話しているのか、差異がわからなくなっていた。
俺の夢は、教え子の子供が自分の学校に入学してくれる日を迎えること。これには、大人になった教え子にも会えるという、一度で二度美味しい夢。
しかし、こんな形で……。
さらにいえば、夢葉さんと結婚しているなんて。
久しぶりに会ったカンタとの会話は弾む。だが、俺だけは顔を引きつらせずにはいられなかった。夢の一部が叶った瞬間は、満面の笑顔で過ごしたかった。
けれども、そんなことを考えていたって、仕方がない。
カンタが誰と結婚していようといまいと、こうして会えたんだ。教え子の中には、俺が死んでも会えないなんて生徒もいるかもしれない。さらに、カンタは特に思い入れのある生徒。
今を喜ぼう。
でないとカンタに失礼だ。それに、また俺の夢を選んだ道を否定することになってしまう。
「そういえばミッチー、なんで纏愛と一緒だったん?」
考え事をしながら話していると、案外相手の言葉は頭に入ってこないのか――話が切り替わったこの言葉だけは、はっきりと聞こえ、思考が止まった。そして、始まる。
「あぁ、それなんだがな……」
念のため、部屋に纏愛がいないか、周囲を見渡す。
「本人なら、今夢葉さんのありがたいお説教をいただいてるとこだよ」
「そうか、じゃあ遠慮なく……」
俺は事細やかに、今日起きたことをカンタに話した。
一つ、学校で周りを見下しているような言動をとったこと、クラスメートに怪我をさせてしまったこと。
二つ、夜中に出歩き、中年男性に無理矢理どこかへ連れていかれそうになっていたこと。あえてホテルというワードは出さず、そういった場面に偶然居合わせ、小鳥遊家まで送った。
この二つを経緯として、カンタに説明した。
「あー、なるほどねー……」
「なんだか淡白な返しだな……あまり育児方針をどうこうは言いたくないが、放任主義なのか?」
訊くと、カンタは「うーん」と言って考え事をしだした。続いて出てきたのは、「どこから話せばいいものか」という呟き。独り言だ。
「ごめんミッチー、ちょっと夢葉連れてきていい?」
「ん? あ、あぁ、構わないけど……?」
「じゃあちょっとお茶飲んで待ってて」
そう言うと席を立ちあがり、カンタはリビングから別の部屋へと向かっていった。
俺は言われた通りお茶を口に含むが、先程、カンタがなにやら含みのある言い方をしていることが気になって仕方がなかった。
含みが重なり、いろんな妄想で頭が膨らみそうだ。
すると、リビングのドアが開く音がした。
苦笑いを浮かべてなにか説得しているカンタと、不機嫌そうな夢葉さんが、それぞれ俺に対面するよう、テーブルに着く。
「まだ足りない、説教」
「一旦、一旦ね。まずはミッチーにもわかってもらってさ。それからでもいいでしょ?」
「まぁ、カンタがそう言うなら……」
夢葉さんが……デレた。
ぐさり、と胸に突き刺さるような痛み。好きだった人の知らない一面を見ると、これはこれでありがたいと思えばいいのか、カンタに嫉妬するべきなのか、複雑な感覚に葛藤を抱く。
「ミッチー。今から纏愛のことで、相談をしようと思う」
「相談?」
訊き返すと、こくりと頷いてから。
「纏愛は、小さいときはすごく良い子だったんだ。でも、俺らのこと知ってから、あんな感じになっちゃって……」
カンタと夢葉さんのこと。
なんだろう、と想像をしてみるが、歳の差があることくらいしかわからなかった。夢葉さんは俺よりも年上だし。
「まずはその俺らのことを、ミッチーに知ってもらいたいんだ。正直キツイ内容だと思うし、俺も後から知ったこともあるから、話しづらいんだけど……」
「なんだよ、俺のことは気にしなくていいから、話せって」
今さら変に気を遣われるほどの仲ではない。大丈夫、なにがあったとしても、俺の中でカンタであることは変わらない。
今の一言で、それが伝わっていればいいのだが。
ふぅ、と息を整えてから、カンタは話し始めた。
「事の発端は、夢葉がミッチーを振った日、らしいんだ」
「……ん? なんで俺が絡んでくるんだ?」
家族のお話をするのではなくって?
疑問が先んじて、内容を受け入れるようとしていた態勢が崩れた。
「……私がね、後になって、光秀くんに酷いことをしたって、すごい後悔したの」
夢葉さんが、俺とカンタの間を割って入って説明しだした。
「当時、私は会社を作ったばかりだったから、その、疲れるときとかすごくあって、甘えたいときもたくさんあって。でも、夢を持っている人がパートナーだと、邪魔しちゃうんじゃないかって思っちゃったの」
でも、でもね。
夢葉さんは一生懸命に言葉をつづけた。
「酷いことを言っちゃったってすぐに反省して、でも仕事も忙しくなって、ストレスがどんどん溜まって行っちゃって……」
「夢葉さん……」
たしかに、振られた後、夢葉さんはとても忙しそうにしていた。毎日クマを必死に隠しているんだろうなって、メイクの濃さでわかるくらい。
「それで、お酒に頼ることが多くなって……そんな時に、カンタと出会ったの」
「出会ったって……どこでカンタと出会うんですか……」
少々呆れ気味に訊いてみると、とんでもない場所と、シチュエーションを聞かされることになってしまった。
「夜の公園で、独りぼっちになってたカンタを、その、まだ中学生だったこの子を、襲っちゃったの」
「……襲った?」
「うん、お酒の勢いで」
「えっと、具体的には何を?」
「夜の公園で彼を抱いた」
「おい」
何やってんだこの人は。
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