第6話
はぁ、はぁ、と二人で息を整える
中年から逃げ出し、夜の公園で。
職員室のときと同様に、二人でベンチに腰掛けた。
「はー、走ったー」
「あぁ……うまく振り切れてよかったよ、本当に」
お互いに一言ずつ。
しかし、核心に触れられなかった。
俺のほうは、なぜ、パパ活のようなことをしていたのか。
小鳥遊のほうは、なぜ、こんな問題児を助けてくれたのか。
そんな、疑問を抱いているような目線で見つめられているのを、必死に逸らし、話題を見つけられずにいた。
「うわ、もうこんな時間……!」
公園の時計を見たのか、スマホの画面を見たのか。
現時刻は二十三時を過ぎていた。
「これはさすがに言い逃れできなさそうだな。どうでる? 小鳥遊」
「どうでるって?」
「お母さんの説教を逃げ出せたんだろう? 逃げ出した後、あの男といたということは……帰った後の言い訳、考えてあるんだろ?」
この問題児っぷりからするに、地頭は良いほうなのだろう。だからちゃんと言い訳なりやり過ごすなり、後々の作戦を考えているはず。
しかし、この時間になってしまえば、想定していたものから大きくずれが生じているに違いない。
「……ない」
「ないのかよ」
なかったらしい。
それはそれですごいな、あの夢葉さんを相手に。
「そうだ、先生なんだから協力してよ。困った生徒を助けるのも、教師の務めでしょ?」
「困った生徒を助けたのはもうやった。あとは自分で解決しろ」
「えー、先生酷い」
ぶー、と小鳥遊は頬を膨らませて拗ね始めた。
結構頑張って助けたんだから、拗ねてもらっては困る。
「そういえば……先生さ、ママと知り合いなんでしょ?」
「……それを聞いてどうするつもりだ?」
聞くと、手のひらと手のひらを合わせて。
「お願い! なんとかママを説得して!」
「知り合いじゃないと言ったらどうするんだ」
「それは間違いない。だってママ、嘘つくの下手なんだもん」
え、そうなの?
あの人、そんなにわかりやすい人だっけ……。
記憶を探ってみる。
しかし、一度封をしてしまったもの。思い出そうにも、メンタルに負担がかかる一方な気がして、すぐにやめた。
ということは、あれも……。
いや、やめよう。
「あ、じゃあこうしようか? 先生が説得してくれたら、ママと知り合いだってことは誰にも言い降らさない。これでどう?」
「それ、あんまり意味ないんじゃないか? バラされても別に……」
ん、と言葉が詰まる。
別に、夢葉さんとのことをどう言われようが、問題は何もない。
ただ、交換条件を出せるのは、小鳥遊だけではない。
むしろ、こっちが提案するべきものだ。
「わかった。それならこちらも条件を出そう」
◇
条件、といってもそんなに不純なことではない。
ただ、パパ活をしていたことを認めてほしい。それだけだ。
本人が認めているのであれば、指導することもできるし、なにより矯正もできる。それに夢葉さんがこのことを知れば、きっと矯正が入るに決まっている。あの人は、そういう不純なものを嫌う。
条件をのんでもらった結果、やはりパパ活をしているらしい。
最初は年上の人との出会いを目的にしていたそうだが、今日のようなことが起きるとは想定していなかったらしい。
「これを機に、パパ活はしないことだな」
「うん……正直怖かった」
「年上を相手にしたいのであれば、学校の先輩とか、もっと関係性をゆっくりと作ってから――」
「マッチングアプリに変えるよ」
「人の話を聞け」
そんなやりとりをしている中、俺たちは小鳥遊の家へと向かっていた。
条件をのんでもらったうえ、一人で帰すわけにもいかない。夜中に女子高生が歩いていたら補導される可能性もある。教員である俺が一緒にいればまあ、大丈夫だとは思うが。
「あ、そこが家だよ」
「……でかいな」
豪邸、とまではいかないものの、一軒家にしては家も土地も、何もかもが桁違い。さすがエリート社長の家、といったところだろうか。
それにしても、旦那さんはどんな人なのだろうか。
夢葉さんよりも、すごい腕を持った経営者?
男性秘書、という可能性も捨てがたい。
まさかとは思うが、外国人とか……? 小鳥遊の名前も外国人っぽい読みではあるから、可能性は無きにしも非ずと言ったところか。
「あ、出てきた」
瞬時に小鳥遊が俺の背中に隠れた。
玄関のドアが開いた。
そこには、この家の住民が立っていた。
小鳥遊という苗字をもった、人間。
「あれもしかして、ミッチー?」
懐かしい声がした。
「……カンタ……?」
「あ、なんだカンちゃんか!」
小鳥遊は安心したのか、玄関のほうへと駆けよっていった。
それとは別に、俺は少し安心していた。
なるほど、と。
夢葉さんの旦那さんはきっと、カンタの父親だ。そして、小鳥遊はカンタの妹。この二人と夢葉さんは、義母という関係なのだろう。
あの時、カンタが悩んでいたこと。
それはきっと、父親が一人で自分と妹を育てる環境をどうにかしたい、という強い思いだったのだろう。
そして、カンタの父親と夢葉さんが結婚。
なんだよ、カンタまで。
結婚式、呼んでくれたってよかったじゃないか。
「久しぶりだな、カンタ」
「ミッチーお久ぁ! もう十年くらい? 俺ももう二十八かぁ!」
相変わらず、元気の良い声だ。
十年前と変わらない。
懐かしい、あの頃、二人で話し合った教室が目に浮かぶ。
「……それにしても、お前に妹がいたなんてな」
「妹?」
「夢葉さんは良いお母さんだろ? お父さんは幸せ者だよ」
「えっと、確かに夢葉は良いお母さんだけど……」
ん?
夢葉はって言った?
「おいおい、お義母さんを名前呼びするのはどうなんだ」
笑いながら、言った。
いや、言ってしまったというべきか。
真実が、現実が、事実が。
繋がった線を、すっぱりと断ち切った。
「夢葉は俺の嫁さんだし、纏愛は俺の娘だよ?」
「……は?」
ん?
いや、え?
夢葉さんが嫁……はなんとなくわかっても良い気はするんだけど……。
「え、夢葉さんが、嫁さんで?」
「纏愛が娘」
「……カンタ、お前今二十八だよな? 小鳥遊は今、十五で……」
「うん、なんかすげーよね。こいつ、俺が子供のころに妊娠したんだよ」
「は……?」
そんなこと、あり得るの?
え、中三で生まれてるってこと?
いや、高校生で産む子もいるけど、それは女の子が子供を身ごもるとかそういう話で――。
「とりあえず上がってく? 夢葉もいるよ?」
「あ、あぁ、うん、そうだな……」
脳の回転が足りていない。さっき走ったからか? 酸素が足りていないような感覚。思考が追い付かないせいで、余計なことを考えてしまう。
なんで結婚式呼んでくれなかったの。
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