第3話

 職員室では、机が並んでおり、そこで先生方が休憩したり、授業の準備をしたりしている。ずらっと並べられたその奥にある応接室――小鳥遊がちょこんと座っていた。初日からあんなことになるとは思っていなかった、とでも言いたげな、猫背の姿勢。少しは反省しているようでよかった。すごいやつはもっとこう、なんで俺がこんなとこで待たされなきゃいけねえんだ、みたいなことを言いだし兼ねないし、暴力沙汰になったりする可能性だってある。


 あらかじめ控えてあった小鳥遊の連絡先に電話を入れ、学校に来てもらうよう説明を済ませた。そして小鳥遊の隣に座り、ふぅ、とため息を一つ。俯く小鳥遊を見て、心の中でもう一つ。


「……ちゃんと反省してるみたいだな」

「……思わずカッとなって」

「それがわかるなら明日、自分で謝れるな?」

「……うん」


 俯いたまま、小鳥遊は答えた。

 ――やはり、似ている。


 教えを説いている最中、俺は小鳥遊のことを観察していた。なんだかどこか懐かしい雰囲気を纏った彼女は、いったい誰と似ているのだろうか。

 それが思い出せず、じっと見てしまう。


「あの、なに」

「あぁ、いや。そのインナー、綺麗に染まっているなって思ってさ」


 肩がかかるくらいまである黒髪に潜んでいるピンクの髪を指差し、誤魔化しながら褒める。しかし、逆効果だった。


「セクハラ」

「……マジ? ごめん」


 今の時代は、髪の色を褒めてもセクハラ扱いになるのか。これは気を付けるべき点が増えた。


「冗談。ここ、髪染めても平気っていうから」

「冗談かよ……。まあ昔はうるさかったんだけどな。時代が時代だから、若い子の主張を尊重しようってことらしい」


 それこそ昔は、ワックスやネイルをしているだけで反省文を書かされるような、普通の私立高校だったのだ。しかし校風を変えるという校長先生の施策を否定するわけにもいかない。


「いいでしょ、これ。普通こんなに綺麗に染まらないから」

「あぁ。色んな人の髪色を見てきたが、その黒髪とすごく合ってて良いと思う」

「……なんか、さっきと違う」

「さっき?」


 なんだろうか。

 観察しているのがバレてしまったのだろうか。


「さっきは敬語で丁寧って感じだった」

「あぁ、それは入学初日だからな。慣れてきたら、みんなにもこんな感じで話すつもりだ」

「じゃあなんで私には今なの?」

「問題児を丁寧に扱えると思うか?」

「それはそっか。なるほどね」


 こればかりは仕方のないことだ。入学初日にあんなことをしてしまった子に対し、下から出るような態度を取ってしまうと、今後に響く可能性だってある。


 手綱を握るようなイメージ。

 今キミは、いけないことをしたんだよ。

 それを言わずともわからせるためだ。


「あの、すみません」


 ガラガラ、と職員室のドアが開く音がした。

「小鳥遊纏愛の母です。この度は娘が――」


 女性の声が聞こえた。

 思ったより早く、迎えに来てくれたようだ。


「……私、停学?」

「反省して、本人にちゃんと謝れたら、そのあとで考える。家帰ったらご両親からも叱られると思うから、今日はこの辺でお終いにするよ」


 そう言って、立ち上がる。

 ほら、と立つように手で指示を出し、小鳥遊の母親と対面する。


 しかし、俺は立ち止まってしまう。


 そして、思考が一気に加速していく。


 なるほど。


 道理で似ているわけだ。


 反省しているときの猫背、不機嫌な時の目つき、顔立ち、雰囲気。


 全て――いや半分が、この人なのだから。


「あれ、光秀くん……?」

「……お久しぶりです。夢葉さん」


 彼女は大企業の代表取締役を務める、エリート社長。この人が動けば、必ず数千万単位の金が動く。そのレベルの大金持ち。そして、そんな次元にいる人。


 俺とは、不釣り合いになってしまった人。


 小鳥遊夢葉。


 彼女は俺と婚約をしていた。


 そして、教師を夢見る俺を振った、張本人だ。

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