第2話
◇10年後:春
教室は騒がしかった。当然のように、だが不自然な雰囲気が漂う。それもそのはず、今日は入学初日であり、式が終わってすぐに教室へと移動してきたわけなのだから。
ガラガラ、と音をたてて、俺はいつも通り教室へと入る。すると、騒がしい理由がわかった。
「ことりあそびさん、やっぱ席間違ってるよ。先生に言おうよ」
「……」
生徒の何人かが、とある女子の席を囲んでいる。生徒の机の上にはそれぞれ名前が書いてある紙が貼ってあり、誰でも自分の席がわかるようになっている。しかし、囲まれている女子生徒の席が間違っていると話題に。黒髪にインナーをピンクで染めているその子は何も言わず、ただじっと他所を向いていた。
「あ、先生きた! 先生! ことりあそびさんの席なんですけど――」
「あぁ、小鳥遊さんね。珍しい名前だから、勘違いしてもおかしくないですね。『た』で始まっているので、その席で合っています」
「え……」
正してあげると、女子生徒は「やっちゃった」といった表情を浮かべていた。入学初日から恥ずかしいことが起きたら、そうなってしまうのも無理はない。ここは担任として、フォローしなければ。
「でも、間違っていると思ったことに対し、ちゃんと自分の意見を言えるのはとても良いことです。しかも入学初日から」
「あ、ありがとう……ございます」
そう言って、騒いでいた女子生徒は自分の席へと戻っていった。次第に、小鳥遊の席を囲んでいた生徒たちも、バラけていく。
無理もない。知り合いにいたり、昔のアニメや漫画を嗜んでいなければ、読めないのもわかる。俺も最初読めなくて、いじられたっけ。ただ今回は、本人に問題アリ。
「小鳥遊さん。誤解されやすい名前だという自覚があって、あえて黙っているのは少し意地悪がすぎるのでは?」
「……」
スルーされてしまった。
派手な見た目の相手と話すことがようやく慣れてきたと思ったのに、これは初日から減点だな。
そう自分を批評し、教壇へ。生徒全員の顔を見渡す。自分の席に座り、じっとこちらを見つめている。全員だ。しかも、皆それぞれ個性が強い。
「……初めまして。このクラスを担当する満道光秀といいます。担当する教科は化学で、同じように科学部の顧問もしています。興味がある人がいればぜひ入部を」
黒板に自分の名前を書きつつ、自己紹介。まずは落語でいう、マクラで場を掴まないといけないのが、一年生を担当する教師の辛いところだ。
「先生の名前に『み』が多いことから、二年生や三年生の先輩からは『ミッチー』と呼ばれています。皆さんもどうぞそのように呼んでください」
会釈を返す生徒もいれば、ただ見つめる生徒もいる。まあ、担任に興味を持つ生徒など少ないだろう。
興味を持つとしたら――友達作りだ。しかし、この学校の生徒は個性が強い。
「みなさんには、今から軽い自己紹介をしてもらいます。みんな個性的で見た目で判断されやすいかもしれませんが、話してみないことにはわかりません。第一印象ではわからないこともあります。中には特殊な漢字のお名前の人もいます。まずは自分を知ってもらい、相手を知りましょう」
うちの学校は私立だが、校長がある日突然、校風を変えようと提案した。多様性の時代、堅いルールにばかり縛られてはいけない、と。そこで、校則が大幅に変更された。
派手髪OK、ピアスタトゥーなんでもござれ。アクセサリーも自由に着用でき制服の改造もできる。もちろんスマホも校内での使用可、Wi-Fiの充実など、むしろ公立高校なのでは、と疑ってしまうほど自由なものになった。
『生徒の個性を大事に』
うちの校風らしい。
そのおかげか、左端から青、緑、赤、金髪。中央には耳に何個開いているのか数えたくなくなるほど痛々しく穴の開いたピアス人間。右側には、腕にタトゥーが入っている女子生徒もいる。まさしく多様性。個を大事にするうちらしい生徒たちだ。だからといってモヒカンに肩パットは時代を間違えているような気もするが、それも個性といえば個性だ。
順々に自己紹介が終わっていく。そして、問題になっていた小鳥遊が立ち上がる。友達を作る第一歩は勘違いで崩されてしまったが、この自己紹介を丸く収めれば問題ない。
「……
座った。
自己紹介が終わった。
教室の空気が、一気に凍り付いた。
まずい、ここで担任である俺がなんとか切り返し、そして次の子が自己紹介をしやすくするための和ませワードを言わないといけないのに。
なんにも思いつかん。
「えぇと……」
「ちょっと! それ、どういう意味?」
先程、ことりあそびと読み間違えた女子が、席から立ちあがった。まずい、彼女の自己紹介まだだから名前知らない!
「そのままの意味。漢字読めない上に、言葉も理解できないんだ」
「はぁ?」
いかん。いかんよ喧嘩。
止めるにも止めるの俺しかいないよなあ、これ。
「おいおい喧嘩やめろって! 入学初日だぞ!」
窓際の男子が止めに入った。
おお、ナイスアシスト。
ここで俺が間に割って入って――。
『ガンッ』
鈍い音が、教室に響いた。
小鳥遊が自分の椅子を、喧嘩相手の女子に投げつけたのだ。
「お、おい!」
言葉の直後、机をかき分けるように被害者の元へ。倒れて、軽くだが血を流してる。
「みんな、今日は一度帰りなさい! 小鳥遊! お前は帰らず職員室だ! 自分がやったこと、見ればわかるよな?」
強めに言うと、コクリ、と静かに頷いてくれた。
俺は生徒を抱え、保健室へと向かう。そして道中、余計なことを思い出した。
「あいつ……誰かに似てるんだよな……」
小鳥遊。珍しい苗字。知り合い、もしくはアニメや漫画で知らなければストレートに読むことはできないだろう。
『ミッチー! また俺の名前間違えたっしょー!』
ふと、懐かしい記憶が蘇る。思わず頬が緩んだ。いかんいかん、今はけが人を優先せねば。
夢の約束をしてくれた、あの生徒――いや、教え子というべきか。蘇った記憶と、先程の出来事が、頭の中で勝手に交差していく――。
カンタの苗字も、小鳥遊だったから。
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