第46話「偏執マンの唄」





 第四十六話『偏執マンの唄』





 猛暑が続く八月の午後、テナーギは姉のイルーサや緑夢グリム達使徒と共にイズアルナーギ神道協会『イ神協』が経営する映画館に来ていた。




 八月の九州は暑い、しかし、神とその使徒眷属には関係ない。


 イルーサは王女としてのドレス姿、銀のティアラとピンクのマーメイドドレスが可愛らしいが、二の腕まで包む純白のオペラグローブもセットとなると、真夏で着る衣装としては厳しい。


 イルーサの使隷である兄姉も似たり寄ったり、非常に暑苦しい衣装を身に纏っている。


 緑夢や太銀河ギャラクシィに至ってはガッチガチの和装、きらびやかな振袖と留袖だ。せめて浴衣だったなら視覚的に涼めた。


 テナーギ一行をお世話する侍女や巫女達も夏のよそおいとは思えない、見た目と職責とプライド重視の重い衣装だ。


 よしんば、たとえ彼らがただの人間だったとしても、テナーギによる不思議空間で暑さ対策は完璧だっただろう。


 そんな暑苦しい一行が映画館に来たのは、単なるヒマ潰し……ではなく、緑夢と太銀河の小さな『願い』だった。


 誰にも言った事が無い願い、自覚していなかった小さな願い。


 二人は生まれてこの方『映画館』と言う建物に入った事が無かった。無論、映画館で映画を見た事も無い。


 映画館で映画を見た事が無い人間は少なくない、しかし、人間が享受出来る最低限の幸福すら味わった事が無い二人は、自覚は無いがその場所から一歩だけ前に進んでみたかった。


 イズアルナーギが贈ってくれた特別な幸福ではなく、一般的で誰でも得られる小さな幸せ、ちょっとした感動、そう言ったものを経験したかった。


 イズアルナーギはそれをみ取った。


 特に何も考えず、ただ『行けば?』、『見れば?』と、だからテナーギを通してそれを二人に伝えた。


 その日、イズアルナーギ神宮の空中御本殿は大騒ぎになった。


 巫女や神官達が慌てて正装を用意し、『イ神協』所有の映画館に終日閉館の予約を入れ、映画館周辺に魔力結界を張った。


 これは大御神様から『お出かけ』のお誘いっ!!

 身命を賭してお出かけを完遂させなければならないっ!!


 緑夢は少し大きくなった腹部を撫でながら呆然と呟く。



「初デート……」



 太銀河は頬を染め胸を押さえ、激しい動悸に困惑しつつ、神域で出会ったイズアルナーギの容姿を思い出しトイレへ駆け込んだ。ショタリストの業は深い……


 緑夢と太銀河に気合が入ったのは言うまでもない。


 イルーサと兄姉はただの社会見学で付いて行く事になったようであるが、緑夢達の豪華な装いを見て王族の正装でキメてみた。特に意味は無い。



 このような経緯で真夏の映画鑑賞は実行に移された。


 上映される作品はイズアルナーギの希望により『人気作』に決定。興味無いですマンに聞いたのが間違いだ。


 眷属が長時間協議した結果、秘密オークションの常連客も出演する大ヒット三部作鑑賞をイズアルナーギに奏上、『ん』と許可を貰う。


 一行が映画館に入ると初老の館長に座席まで誘導された。


 テナーギを右肩に乗せた最前列のイルーサを中心に、右隣に緑夢、左隣に太銀河が座り、三人の後列にイズアルナーギの兄姉が座る。他はその後ろに行儀良く並んで座る。


 館内に響く開演ブザー、オレンジ色の電灯が消え、上映開始。


 英語の知識を入手していないので吹き替え版だっ!!

 字幕版はキッズ達に不評なので協議の末こうなった!!


 イルーサ達ポアティエ王国組はスクリーンに目が釘付けだっ!!


 緑夢はイルーサの右肩からテナーギを奪ってご満悦だっ!!


 太銀河は緑夢の隣に席を移動して御満悦だがトイレの回数が増えたっ!! この女はもう手遅れかもしれないっ!!


 そして、テナーギもスクリーンに目が釘付けだっ!!

 神域のイズアルナーギも目を見開いて驚愕しているっ!!


 オマーンが心配そうに可愛い夫を抱っこしたっ!!



「どうしたイザーク、何があった?」


「……カッコイイ」


「何がだ? 私がカッコイイのは否定せんが」


「……です☆すた」


「……何だそれは?」


「……おっきいヤツ」


「そ、そうか、取り敢えず、可愛いのでチューをしてやろう」




 午後九時、三部作は無事上映を終えた。


 映画を見終わったイルーサや兄姉達は興奮して大騒ぎ。ポアティエ王国から来た侍女達も興奮したご様子。


 緑夢と太銀河は遅くなった青春の一ページに桃色の想い出をつづった。巫女や神官達もキッズの喜びように笑みを浮かべる。


 ただ、テナーギのみ眉間にシワを寄せ黙考中。


 神域のイズアルナーギもオマーンにイケナイお世話をされながら真剣に眠たそうな顔で黙考中。


 肉塊はコスモにイケナイ授乳をされながらイズアルナーギの『やりたい事』に対する必要物資を算出中。



 この時はまだ誰も気付いていなかった。


 母のサテンも、妻のオマーンも、息子のシャズナブルも、祖父も使徒も眷属も、誰一人気付いていなかった。


 イズアルナーギのアホな物欲をあなどっていたのかもしれない。


 アホの物欲を満たす肉塊の無駄に回る頭を舐めていたのかもしれない。


 肉塊は算出を終えた。

 イズアルナーギは即座に動く。


 荒ぶる幼神は所有する全てのダンジョンコアに命じる。



「せいさんかいしっ!!」



 消費する生体燃料が一番安上がりな金属の生産。


 加工のし易さなど関係無い、靭性じんせいや延性、諸々の性質も関係無い、何なら粘土でも構わないが『ダサい』ので却下だ。


 取り敢えず金属、金属なら何でも良い。

 外壁ならティッシュ程度の厚みで十分だ。

 内装などどうとでもなる、先ずは『ガワ』を仕上げるっ!!


 そう、地球の衛星『月』よりも巨大なアレが欲しいっ!!


 大宇宙に浮かぶ『超巨大航宙要塞母艦』が欲しいのぉぉっ!!



 アホの一念岩をも通す……っ!!


 世界はその事実を知るだろう。








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