第42話「殿下、手術って、出来ますか?」





 第四十二話『殿下、手術って、出来ますか?』





 神域に創った巨大な水族館……と言うより、イズアルナーギが浮上させた海水立方体を興奮した様子で囲む神域住民。


 逃げ場の無い海水の中で人魚は目を覚まし、『人間』に見える住民に囲まれている状況を理解し絶望した。


 しかし、人魚は『おや?』と気付く。

 人間と獣人を見るだけで覚えるあの憎悪が湧かない。


 魔族・人間・獣人の三種族内で絶対に生じる憎悪を感じない。


 となると、自分を囲んでいるのは魔族か?


 人魚は興奮で騒ぎ回る子供達に自分の魔力をロープのように流し、子供達の魔力に触れてみる。



「ッッ!!」



 驚愕した人魚は流した魔力を急いで引っ込ませた。


 あの子供達は魔族ではない、それどころか人間でも獣人でもない。


 彼らには『魔核』が無い、体内に『魔素』を貯め込む器官が無い。


 魔力らしきモノは持っているが、そんな事より重要なのは、子供達の体からかすかに感じる……恐らく『神気』とおぼしきモノ。


 忘れもしない。かつて海神をまつる海中神殿で神託を得た時、全身に浴びたあの畏怖を覚える崇高な神気……それに似ている。


 そこで人魚は再び驚愕、いや、焦燥を見せる。


 あの脅威的な存在感を持った『大神』はどこへっ!?



「あ……」



 そして気付いた、あの子供達が持つ神気は『大神』の物だ。


 すなわち、彼らは神の眷属。

 なるほど、三種族のどれでもない、人外だ。


 ただの人外ではない、神族、神の走狗そうく、『天使』だった。


 人魚はゆっくりと周囲を見渡す。


 自分を閉じ込めている海水の向こうに広がる景色、果ての見えない真っ白な世界、白く荘厳な建造物が建ち並ぶ美しい街並み。



「私は……神界に居るの?」



 呆然と、しかし納得した様子で人魚は呟いた。


 人間と獣人による乱獲で絶滅の危機にある人魚。

 自分の氏族もあと何人生き残っているのか分からない。


 逃走の毎日、海溝にひそむ日々。



 未発見状態の『島型魔窟』近海や、まれに在るが強者が専有する『海中魔窟』でわずかな魔素を蓄える日常。


 ダンジョンと魔窟から放出される魔素は、この惑星に生きる魔核を持った『魔性生物』には必須、体内魔素の枯渇は死に至る。


 魔力が高く、魔素許容量の大きな魔核を持つ人魚にとって、海中での十分な魔素吸収は難しい。



 圧倒的不利な生活を余儀なくされた人魚達、その人魚の一人が南エイフルニア沖で高濃度の魔素を放出する島型ダンジョンを見付けた。


 不思議な事にその島の近海は強者が居ない。

 海の強者と呼ばれる海竜や上級海棲かいせい魔族が居ない。


 何より、人間と獣人が居ない、奴らの船が見当たらない。


 人魚は久しく味わえなかった濃厚で純粋な魔素を、それこそ魔核一杯になるまで吸収出来た。


 何と言う幸運か、ここならば仲間達も安心して暮らせる。


 人魚は明るい未来を想い、そう考えていた、しかし……


 何と言う悲劇か、頭がオカシイ不可触神に捕獲された。


 しかも強制的に神界へ移送されたしまった。

 下界出身の自分が何故神界で生きているのか解らない。


 神々の御座おわす神界の事など何も知らない。

 人魚に神界と固有神域の区別などつかない。


 一つの宇宙域しんかいを凌駕する神域を持つ幼神が存在するなど、神学を学ぶ大賢者でも夢想だにしない。



 そんな神域を生まれながらにして所有していた大神に、偶然か必然か捕らえられた人魚。


 彼女にとってそれは幸運だったのか、それとも不運だったのか。




「ふやす」




 海中に響いた可愛らしい声。

 人魚は深い眠りに就いた。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 イズアルナーギは眼前の小型水槽に浮かぶ人魚を観察する。

 それと同時に肉塊が人魚の精査を開始。


 人魚の裸体をマジマジと見つめる可愛い夫、オマーンは人魚に嫉妬を覚えた。何故貴様は全裸なのか、服を着て泳げ俗物がっ!!


 人魚を見つめるのはイズアルナーギだけではない、第四使徒・黒騎士アルトゥイも見つめている、いや、見惚れていたっ!!


 これは奥手な男の初恋っ、そう、一目惚れだっ!!


 水槽の中で眠る金髪の乙女、驚くほど白い肌と銀色に輝くうろこに包まれた下半身がアルトゥイを狂わせる。


 人魚の豊満な乳房を見ても勃起をきたさないのは純愛がせるわざか。


 茶髪碧眼の偉丈夫アルトゥイ、193cmの巨躯きょく、二十八歳の熱い想いは彼の口を無意識に開く。



「イザーク殿下、彼女との子作りなら俺が」


「ん」


「イザーク殿下、彼女のつがいなら俺が」


「ん」



「俗物が、まだ彼女に返事を貰っておらんではないか」



 王太孫妃による痛烈な事実言及、ある種の妄想否定、黒騎士アルトゥイは絶望した。


 神域生活二十余年にして味わった初めての絶望。


 その強烈な一撃に両膝を突く、使徒と成って初めての敗北っ!!


 続けて王太孫妃の追撃が加わった。



「貴様、先端にかゆみをともなう真性包茎であろう、モッコスに聞いたぞ? 皮かむりは致し方ないが、痒みを放置とはどう言う了見だ? 純潔の乙女をカスにまみれた貴様の『お粗末そまつ様』でけがす気か? 洗って出直せぃ、烏滸おこがましいにも程がある、使徒の名にキズを付けるな俗物が」


「ブホォ……」



 黒騎士アルトゥイ、人生初の吐血。


 美しき王太孫妃が放つ言葉の槍が、黒騎士の股間を貫いた。


 ザワッ……

 ザワザワッ……


 侍女達がうずくまるアルトゥイを見ながらヒソヒソと囁き合う。



“痒みって……”

“何でしょうか、臭そう……”

“あんなにたくましいお方ですのに……”

“黒騎士様ですから、まさに全身鎧?”

“ヤダ、今日は私が黒騎士様邸の洗濯係……”

“お可哀そうに、下着は燃やしてしまわれては?”



「グボォ……」



 黒騎士二度目の吐血っ!!

 頑張れアルトゥイっ、頑張れっ頑張れっ!!








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