第41話「増やせば良いじゃない」





 第四十一話『増やせば良いじゃない』





「クッ、泥棒猫めぇ……」

「クッ、新参者のくせにぃ……」

「クッ、歩き授乳なんかしちゃってぇ……」



 ポアティエ王国の王城、王太孫イズアルナーギの誕生一周年を迎えた城中の廊下で、窓掃除中だった侍女達が仕事を止め頭を下げる。


 長い廊下の奥から『カツンカツン』と響くハイヒールの足音。


 美しい黒髪を後頭部に結い上げた『北別府小宇宙コスモ』改めただのコスモが、一歳を迎えた王太孫を優しく抱きしめ右の乳房で授乳させつつ、堂々たる歩き姿で多くの護衛を従え廊下を進む。


 かつてのオズゥを彷彿ほうふつさせる権力者のそれは、古参の侍女達から嫉妬と羨望の視線を集めた。


 カツン、カツン、カツ……


 こうべを垂れる侍女達の前で甲高い足音が止まった。

 彼女達の視界に在るハイヒールの先端が方向を変える。


 ザワザワッ……

 こちらに向いた、何か粗相そそうが……


 生唾を飲み込む侍女達。


 垂れた頭に使隷コスモから声が掛かった。



「おっほん、先輩方……これからイザーク大社へ殿下とお参りに向かいますの、御一緒に如何いかが?」



“行きますっ!!”



 侍女達が一斉に同行を表明した。

 クスクスと笑うコスモ。



「うふふ、決まりですわね。残りのお掃除は甲虫兵に任せましょう。あ、王都内のご家族も御一緒にお参り如何いかが? 神兵を迎えに寄越よこしますが」



“是非っ!!”



 侍女達が一斉に同行を表明した。

 クスクスと笑うコスモ。



「それは良かった、イザーク殿下も忠臣に囲まれてお散歩、楽ちみでちゅねぇ~、いやン、そんなに強く……ふぅ、パネェ。あらやだアテクシったら、御免あそばせ。ふぅ……早急に殿下の『オシャブリ係り』を決めねばなりませんねぇ(チラッ)、では参りましょう」



 ザワザワッ……



“あぁ~、私オッパイ大きくて困るわー、吸われたいわー”


“あぁ~、昔を思い出すわー、妹に乳吸わせてた昔を思い出すわー、幼児の世話が大好きすぎて困るわー”


“あぁ~、乳幼児に乳吸いされるのが生き甲斐って内緒だったのに、かぁーっ、内緒だったのに、かぁーっ、困るわー”



 長い廊下に張り詰めた空気が満ちる。

 コスモはフッと軽くわらい歩を進めた。


 一瞬で敵の心を掌握し、即座にエサをぶら下げ競争をあおり、離間計りかんのけいを以って未来の派閥を消す……恐るべし使隷コスモっ!!



「……ばぶぅ」


「あらあら殿下、おネムでちゅかぁ? ではこっちのオパーイをシャブリながらネンネちまちょうねぇ~……アッふぅ、スッゴイこれ……」



 コスモは行く、本日四度目のお参りに行くっ!!




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 イズアルナーギは今日も一人で南エイフルニアに来ていた。

 新妻オマーンは聖母サテンとお茶会だ。


 イズアルナーギは『バ・アオア・クー』の南側に在る灯台から海をながめている。


 先日、ポアティエ王国の露店で見た金魚すくいに少なからず感銘を受けたのだ。


 なので、海を眺めているっ!!


 ここには露店で見た金魚より大きくてカッコイイ金魚的なお魚さんが居るはずだっ!!


 イズアルナーギは領域を展開して海中を探る。


 違う、駄目だ、小さい、ダサい、お魚さんじゃない……

 深く広い海の中を懸命に探るイズアルナーギ。



「んゅ?」



 小首を傾げるイズアルナーギ、何かを見つけたようだ。


 不可触神にわずかでも興味を持たれた不幸なモノとはいったい何だろうか、それが知的生命体だったなら『頑張って下さい』としか言えないっ!!


 イズアルナーギがソレを詳しく調べる。


 クワッ!!


 イズアルナーギのジト目がクワッと開いたっ!!



「むむむっ!!」



 海中を優雅に動き回るソレを傷付けぬよう、イズアルナーギは慎重に捕獲を試みる。


 オマーンの乳房のように柔らかく、パイエの巨峰のように弾力性に富むフワッフワな壁で密閉された巨大空間を海中に創造、その空間をジワジワと縮めつつ海上へ持ち上げた。


 一辺100mほどの海水立方体が『バ・アオア・クー』の南側海上に出現。住民達がド肝を抜かれて大騒ぎになったが、灯台の天辺に立つ神祖様を見付けて『あぁ……解散っ』となった。


 特に何も考えて無いですマンのやる事を気にしても仕方が無い。彼らは魔皇帝シャズナブルの教えに従って気にしない事にした。賢明だっ。



 イズアルナーギは浮かんだ海水立方体を手前に引き寄せる。

 ついでに目的の『獲物』を眼前まで転移させた。


 幼神の正面まで強制転移させられた獲物が目を見開き震え上がる。


 イズアルナーギは体表に張ってある『力をナイナイする空間』を針の穴ほど小さく解放していた。


 その存在感は異常、島の住民達も一斉に灯台へ体を向けひざまずく。


 至近距離で幼神の威をてられた獲物は白目を剥いて気絶。


 イズアルナーギは納得した様子でコクンと頷いた。

 どうやら、自分が神様である事を教えたかったようだ。



「てっしゅう」



 海水立方体ごと神域へ撤収したイズアルナーギは、出迎えたオマーンの熱烈キッスを無感情に受けながら、先ほど捕獲した『ナイスな生き物』を『どうやって飼おうかなぁ』と考えていた。


 すると、頬擦ほおずりしていたオマーンが夫の視線を追って一言。



「人魚だな」



 顔をオマーンの方へ向けるイズアルナーギ、キスの体勢で待ち構えていたオマーンの唇と自分の唇が重なる。二千年処女は『勝った』と思った。


 イズアルナーギは特に何も思わない。



「にんぎょ?」


「うむ、アレも魔族だ。獣人ではないし魔獣でもないぞ。あ、蟲でもないからな? コネコネするのか?」


「かう」


「人魚は乱獲に逢ったから数がな……うむ、飼うのはどうだろうな……う~ん、アレはイザークに何かしたのか?」


「……かう」


「そ、そうか、ならばヨシっ!!」



 ちょっぴり悲しそうな夫の表情を見たオマーンは即折れした。


 飼えぬなら、飼わせてみせよう人魚姫……っ!!


 人魚繁殖計画を模索し始めたオマーンの決意は固い。







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