第二章

第35話「返品は御遠慮願います」





 第三十五話『返品は御遠慮願います』





 右手に杖を持ち、右足を引きずるように歩く老婆を支えながら、中年の女性は自分達を避けてくれる人々に頭を下げつつ長い参道を進む。


 正月、午後三時過ぎ、気温は低いが雪は無い。


 参拝客が多い時間を避けたと言っても初詣の初日、年老いた母と四十代の娘は昨年の初秋から噂になっている『イズアルナーギ神宮』に訪れ、その参拝客の多さに驚いていた。


 九州最大の森林、日本一広大な鎮守杜、世界最大の鳥居と拝殿、そして神と眷属以外は近寄る事すら出来ない空中御本殿。


 参道の横に置かれた巨大な手水舎、湧き出る手水は大神の神気入り。清めた手には張りと潤いが与えられ、すすいだ口内は嫌な口臭が消え虫歯菌が一掃される。


 神宮入口から続く長い参道には三つの大鳥居、拝殿前に建てられた三つ目の大鳥居をくぐる頃には、心のうちに潜む邪気ははらわれている。


 真冬の早い日暮れ、オレンジ色の夕日が空中御本殿を照らすかれ時、その母娘は拝殿に着いた。



 母娘は浅く一礼して鐘を鳴らす。

 賽銭箱に二枚の五円玉が舞う。


 二礼二拍手一礼、もう一度浅く一礼をして二人はきびすを返す。


 腰が曲がり右足を引きずっていた老婆が背筋を伸ばして歩き始めた。足取りは軽く、矍鑠かくしゃくとしたその姿はよわい七十を超えた老婆には見えない。老婆はニヤリと笑った。


 四十代ニートの弟や酒乱の父から受ける暴力と、母の介護で疲れ果てていた心身が見事にリセットされた中年女性。細くしおれていた肉体に瑞々みずみずしさが舞い戻り、重力を撃退した乳房に久しく忘れていた『女』を思い出す。


 今まで支え続けていた母から『ありがとう』とお礼を貰い、娘は『気にせんで』と微笑みで応える。


 熟年離婚を神前で決意する母、人生の再出発を神に誓う娘、二人は意気揚々と帰路に就く。帰宅後、ろくでなしの旦那と弟をシバキ上げるのが楽しみだ。




 空中御本殿の最奥、御簾みすで隠れた畳の上に正座して宝玉コアを持つ日下部緑夢くさかべグリムは、目を閉じて哀れな母娘を見守っていた。


 ほんのわずかな生体燃料を注入しただけで、母娘の回復は目を見張るものとなり、緑夢は非常に満足している。


 イザーク神道の巫女、第十一使徒・日下部緑夢、彼女による弱者救済は狂信者を大量発生させていた。


 非科学的な物事に否定的な現代の地球に於いて、イズアルナーギ神宮で起きる数多あまたの奇跡は詐欺を疑われること必至。


 その調査と解明に世界が注目している、だが、イザーク神道に対して悪意等を持つ者は、東九州北部一帯を覆った樹海に立ち入る事が出来ない。


 日本の国家権力も世界のジャーナリズムも、三惑星侵略を進める超巨大組織を屈服させる事など出来ない、すべなど在りはしない。


 もし安寧を望むなら、平身低頭して賢明なご機嫌うかがいの方法を模索するべきだろう、しかし、『触れない事』こそ安寧への最も良い方法だ。


 触らぬ神に祟り無し、このことわざに比喩は不要だったと日本人が気付くのはもうすぐ。


 今日もまた、空から樹海に入った所属不明のヘリコプターが、手乗りサイズの不可触神によってこの世から消された。



「学習しないなぁ」



 畳の上に正座して小さな欠伸あくびをしながら、目を閉じたままの眼鏡っ子は愚かな侵入者達に呆れる。


 そんな緑夢を隠す御簾みすの向こうから女性が呼び掛けた。



「大巫女様、メイクロソフトの会長がお見えになりました」


「あぁ~、『ケモ奴婢ぬひ』の件かな?」


「はい、二十体ほど買い取りたいと。出来ればメスの猫奴婢で揃えたいと仰っております」


「ふぅ~ん、あ、じゃあ私のお母さんとお姉ちゃん、それと中学と高校の女担任三名、あとは……親戚の女全部売ってあげて、二十人超えてたら超過分のお代は結構」


「畏まりました」


「お願いね、太銀河おぎんさん」


「はい、うふふ、お任せ下さい」



 御簾の向こうから女性の気配が消えた。


 女性の名は『山本 太銀河ギャラクシィ』三十三歳、その信じられないDQNネームで人生を狂わされた喪女、緑夢の第一使隷である。


 太銀河の不幸な人生は緑夢の先行事例だった。違いと言えば緑夢より不細工ではなかった点だろうか、それほど彼女達の人生は似ていた。


 緑夢が初めて共感出来た人物が山本太銀河だった。緑夢は太銀河をすぐに気に入ったしイズアルナーギも興味を持った。使隷にしない理由が無い。


 太銀河もイズアルナーギによってコネコネされた人外だが、元が高身長であった為、コネコネ後は高身長ナイスボディーの黒髪美女となっている。おっとり顔の垂れ目が特徴だ。


 緑夢は太銀河が去った御簾の向こうに顔を向け、ゆっくりと目を開く。



「死んだ猫ちゃん、集めて来て」



 緑夢の【言霊ことだま】を聞いた『か弱き八百万の神々』が、力を分けてくれる優しい少女の為にこの場を去った。


 一仕事終えた緑夢は再び目を閉じ、敬愛する主神に祈りを捧げる。




 二ヵ月ほど前、報復対象に一通りの復讐を果たした後、緑夢は更なる苦痛を報復対象に与えるべくテナーギに相談した。


 すると、テナーギと共に居た第九使徒の第七王女イルーサが軽い口調で緑夢に言った。



『日本のラノベを読みなさいな、クズが沢山出るわっ!!』



 緑夢はイルーサの意見を有り難く聞き入れ読書開始。なるほど、ラノベに登場するクズの末路や処罰法は多彩、勉強になった。


 特に、『獣人』なる存在に対する主人公クズの言動が恐ろしい。


 敵役のクズはあっさり死んでしまうが、主人公クズは死なずにイキ残る。関係者にとってはまさにイキ地獄っ!!


 すなわちっ、主人公クズそばに居る性処理要員は自分の脳を破壊してクズにはべる他ないっ!!


 クズの末路はどうでも良いが、クズに群がるアホは興味深いっ!!


 緑夢は考えた、色々考えた。

 やがて結論に達する。


 報復対象で獣人せいどれいを造ろうっ!!

 それを世界中の怒れる人々に分け与えようっ!!


 こうして、イザーク神道による『ケモ奴婢ぬひ販売』が秘かに展開された。


 奴婢は高額、購入希望者は高所得の権力者に集中する。


 人気は上々、世界中の権力者がイザーク神道を擁護するのは必然。


 その奴婢文化とイズアルナーギ信仰は、緩やかだが確実に上から下へと流れて世界を染める。













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