第34話「とりあえず明日も虫捕り」





 第三十四話『とりあえず明日も虫捕り』





 肉塊が生まれて半年、ポアティエ王国が在る半島にも秋が訪れた。


 この半年で半島周辺の勢力図は大きく変わり、ポアティエ王国が半島全域を支配、半島をふさいでいた山脈に大きな穴が開けられ、そこから大不可触帝国エヒ・ヤナトゥル・オルスの人外軍が『ウ・ンコマ・ンコクッサ』大陸に侵攻を開始した。


 半島を包む地中海に接する国々は、ポアティエ王国と大不可触帝国の連合艦隊から超長距離艦砲射撃で一方的な攻撃を受ける。


 連合軍の攻撃を受けた小国は早々に白旗を上げ、ポアティエ王国に異端審問の審議団を送った聖国アノーラは、ポアティエ王国蒸気船艦隊によって壊滅的な被害を受けた。


 複数の異世界勇者をようする聖国アノーラの敗北を知った周辺国家は、合従連衡がっしょうれんこうしてポアティエ王国に対抗。艦砲射撃によって白旗を上げていた小国を抱き込み徹底抗戦の構えを見せる。


 半島を北上して大陸の北西から陸軍主体で領土を広げる大不可触帝国エヒ・ヤナトゥル・オルスと、海軍を軸に地中海沿岸地域を侵食するように西から攻めるポアティエ王国。


 世界最大の大陸『ウ・ンコマ・ンコクッサ』西部一帯は、歴史上最も激しく無慈悲な戦乱の時代を迎えた。無論、大不可触帝国とポアティエ王国にとっては栄光の始まりとなる。


 しかし、その栄光にイズアルナーギは無関心。


 今回の戦争に於ける勲功第一位は確実にイズアルナーギだが、幼いイズアルナーギは昆虫採集と冒険に夢中で、戦争は使徒達に任せている、と言うより自国と祖父の国が始めた侵略戦争にまったく興味が無い。


 陸軍の北伐にあたって、イズアルナーギは黒騎士アルトゥイに『北の山脈が邪魔なのですが……』と言われたので、戦略的な考えや戦術としての掘削など少しも考えずに『砂遊び』の延長として『ん』と山脈に大穴を開けた。


 まさに生粋の大神がせるわざ


 下々の争いなど微生物の縄張り争いより興味を持てないっ!!


 時々抱っこしてくれる黒いお兄ちゃんの頼みなら仕方ないっ!!


 仕方ないのでちょっと穴掘ってあげるかー……


 その程度っ!! その程度の認識っ!!


 気候変動や生態系の混乱をもたらすであろう山脈の大穴も気にしないっ!!


 大穴を造った場所に居た山脈の生物は残念な事になったが気にしないっ!!


 だってどうでも良いからっ!!

 特に何も考えてないですマンを舐めないで頂きたいっ!!



 山脈の北側に在る『プーランツ王国』は、突然開いた山脈の大穴にド肝を抜かれた。


 プーランツ王国の国教たる『ヨルコソル教』が奉じる親愛の女神『ヌレティエナイノ』は、イズアルナーギの凶悪な神気波動を察知して神域を閉じ、信者への神託や非転生・非転移の所謂いわゆる『現地勇者』への助力を減らして情報収集に努めた。


 それがいけなかった。


 不可触神を探ってはいけなかった。

 その眷属を調べてはいけなかった。


 捕らえられた信徒の目を通して不可触神の第八使徒『傭兵デイラム』を見てはいけなかった。


 荒神のお気に入りを隠れてのぞき見てはいけなかったっ!!



 新妻オマーンと粘土遊びをしていたイズアルナーギに生じた強烈な不快感。


 使徒との繋がりから分かる、不快な視線に対する猛烈な苛立ち。


 可愛い夫の荒ぶる神気に心配と劣情を胸に抱く新妻。


 幼神は眠たげな眼を少し開いた。


 神と神界の存在を十分に理解し、一切の空間を自在に操る権能を持った不可触神に、その身を隠し通せる神など存在しない。


 傭兵デイラムを見つめる捕虜ゴミ、イズアルナーギはデイラムの目を借りて捕虜を一瞥いちべつ、覗き見するバカの居場所を把握した。


 イズアルナーギの小さな右手がギュッとまる。


 親愛の女神『ヌレティエナイノ』はその神域ごと潰され滅んだ。


 幼神による初の神殺し。


 イズアルナーギの体に親愛女神の神核が取り込まれ、不可触神の神格が上がった。


 存在感が跳ね上がった可愛い夫、二千年処女の新妻は素早く夫を抱き上げ寝所へ駆け込む。少しばかり早い授乳タイムだ。ついでに一口だけ血を吸わせて頂く所存だ。



 この一件により、山脈北側周辺に在るヨルコソル教を国教とする国家は、その国力を大きく落とす事となった。女神の加護を失った現地勇者の戦力減少は、国力低下の大きな要因となった模様。


 大不可触帝国エヒ・ヤナトゥル・オルス陸軍の北伐は、勇者不在と言っても過言ではない弱体化した敵国への侵略戦となり、予測していた侵攻速度を大幅に上回ってしまった。


 よって、占領政策や兵站整備が間に合わず戦略を練り直す事になったが、イズアルナーギが分解吸収したダンジョンコアを生体燃料で強化した上位互換品として複製し、各使徒に持たせる案が浮上する。


 複製案はイズアルナーギが許可し使徒に即日下賜かし


 前線で戦う使徒がマスターとなって占領地をダンジョン化したのち、住民はダンジョンの『人畜』として飼われる事となり、占領政策や兵站整備の悩みは雲散霧消した。


 オマーンの故郷である惑星では、『マスターはダンジョンから出られない』等の『ダンジョンマスターの縛り』と言う制約が存在するが、コネコネした複製品のコアゆえか惑星が違うからなのか、原因は不明だが制約は無い。


 この占領地ダンジョン化と被占領民の人畜化によって、イズアルナーギはこれまで以上に生体燃料を得る事が出来た。


 ダンジョン運営は使徒が行うが、各ダンジョンには当然のようにイザーク教大神殿が真っ先に『創造』された。強化コアが使徒マスターの指示を受け、徴収した生体燃料を使って物を創造する仕組みだ。



 この秋、信仰の力と徴収される生体燃料が急激に増加したイズアルナーギと肉塊は、三つの惑星を支配する足掛かりを得た。


 特に何も考えてないですマンのイズアルナーギは横に置いておくとして、肉塊は本能に従い更なる高みを目指して蠢動しゅんどうする。


 まずは故郷、次に地球、そして妻の故郷……



 無敵の不可触神は誰にも止められない。





  第一章・完









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