第32話「大きいからってぇーーっ!!」





 第三十二話『大きいからってぇーーっ!!』





 夏休み中の大事件、勇者ユウトによる東九州の破壊活動。


 自衛隊と勇者一行との激戦は世界が注目した。


 九月半ばまで延期された二学期の始業式を終え、児童生徒は昼前に下校する。


 狂った勇者によって潰された夏休み、ストレス発散は必要だった。


 午前の晩夏を歩く八人の少年少女は、その下衆な考えが普遍的で当たり前な事だと認識して実行に移す。


 止める者は居ない、疑問に思う者は居ない、八人の中にマトモな人間は居ない。


 約二ヵ月ぶりに、眼鏡を掛けた不細工な貧乏人で発散しよう。


 場所はいつもの神社、今日は念入りに甚振いたぶってやろう。


 腐った絆と疑心暗鬼の信頼感で結束した仲良しグループ、サンドバッグを囲んで神社へ向かう。


 胸の高鳴りが止まらない。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 スッキリした。


 無抵抗の貧乏人を痛めつけるのは快感だ。

 軽いエクスタシーを覚える。軽くオーガズムを感じる。


 明日は全裸にしよう、明後日はくわえさせる、明々後日しあさっては挿入しようか。


 少年達は期待に股間を膨らませ、少女達はカメラマンとしてヤル気を見せる。


 わいわいガヤガヤ、午後は何して遊ぼうか?

 夕方の塾に間に合えば何でも良いよ?

 じゃぁ俺の家でゲーム――


 下心を隠しながら少女達を実家に誘おうとした少年の言葉が切れる。


 歩き慣れたいつもと変わらぬ通学路、小さなトマト畑を過ぎれば品揃えが微妙な『マルハチストア』が在る。


 日曜日の朝はあの貧乏人がマルハチストアでバイトをしていた、何のバイトかは知らない。バイト代が時給七百円程度なのは知っている、全部奪っているので把握している。


 夏休み中はずっとマルハチストアで朝のバイトをしていたのも知っている。そのバイト代を先ほど神社で奪ったばかりだ。


 マルハチストアのレジで少年じぶんの気が強い母親が働いているのは当然知っている。


 だがしかし、その母親が眼鏡を掛けた黒髪の美少女巫女に暴行されても反撃出来ないほど弱いとは知らなかった。


 母親のお気に入りブランド『マチコロンドン』の赤いTシャツ。赤地に黒く大きな『M』を背負う姿はマゾヒストの主張か、顔面は腫れ上がっているが間違いなく自分の母だ。


 言葉を失い呆然とする少年の視線を追った仲良しグループ、血だらけでどう見ても危険な状態の女性を見て唖然とする。



「駄目だなぁ……足りない、全然足りない、オバちゃんには何もかも足りない。特にっ、別天津神ことあまつかみにして不可触神たるイズアルナーギ大御神への信仰心が一番足りない」



 四十路女性への一方的な殴打をピタリと止め、意味不明な説教を垂れていた眼鏡の美少女巫女が『ハァ』と溜息を吐いた。



「これだけ殴っても改心しない、親子揃って頭が悪いね……オバちゃんには何も無い、虚無ニヒルですらない、『空っぽ』だよ、ゼロ、死んで?」



 特殊な伊達メガネのブリッジを右手の中指でクイッと上げ、美少女に変貌した薄幸少女が、その唾棄すべき不信心者に死を願う。


 第十一使徒、イザーク神道の巫女『日下部くさかべ緑夢グリム』は、人外へ至って覚醒した【言霊ことだま】の能力で同級生の母を殺した。


 三歩後退して仰向けに倒れる四十路の女。


 息子による数々の『犯罪イジメ』を黙認してきた女。


 かつて、息子の犯罪を止めてくれと脚にすがって泣いた少女の頬を打った女は、人生の大半を無意味に送って無価値な死を迎えた。


 息を呑む『犯罪者集団』、困惑が思考を乱し恐怖は無い。

 ただ、両手を血に染める巫女服の美少女から目が離せない。


 その不気味な美少女が集団に顔を向ける。

 眼鏡の奥に光る黒く大きな瞳が獲物をとらえた。



「ひぃ~ふぅ~みぃ~……やぁ~、全員揃ってるね」



 視線も動かさず集団の人数を数え終わった緑夢グリムが集団に歩み寄る。


 奪われた金銭の総額を告げながら、殴られた回数と蹴られた回数を告げながら、昼食の菓子パンを捨てられた回数を告げながら、中学から受けて来た犯罪行為の数々を告げながら、日下部緑夢は集団に近付いた。


 緑夢の巫女服がいつもの学生服に変わる。

 引き裂かれ汚れた学生服に変わる。


 見覚えのあるブレザー、見覚えのあるスカート。

 親の声より聞いた声、貧乏人の澄んだ声。

 やった覚えのある『ちょっとしたイタズラ』の列挙。



「く、日下部くさかべの親戚……?」



 少年の誰かが呟いた。

 ギョッとする八人の犯罪集団。


 チクられた? では報復か?

 あの少女は『ケンカが強い』親戚なのか?


 眼前の少女は強い、それに関しては当たっている。

 しかしこれは第三者ではなく本人による報復だ。


 そして『強さ』の次元が間違っている。


 夏休みを台無しにした勇者ユウトとは比べ物にならない。


 日下部くさかべ緑夢グリムは『ケンカが強い』などと言う低次元な話で片付く存在ではない、断じて片付けて良い存在ではない。


 人間風情がその【言霊】の呪縛からのがれる事など出来はしない。



「は~い、全員裸になって~、女子は四つん這いになってね、男子は無理やりヤッて、濡らしちゃ駄目だよ~、どっちも痛い方が良いからね、どうせならシャツで拭きながら出し入れしよっか。前で一回、後ろで一回、始めっ」



 肉塊によって野蛮な拷問の知識を与えられた緑夢、報復対象を簡単には殺さない。屈辱と激痛を与えつつ、休むヒマも後悔するヒマも与えず半殺し。



 何で、何これ、痛い、やめて、ごめん、謝る、誰か助けて。



 少なくない通行人に見向きもされず、犯罪集団の絶叫が静かな県道に響き渡った。


 第十一使徒の緑夢が『気にしないで』と呟けば、彼女が指定した事物を気にする人間は居なくなる。



「終わったら家族を包丁で刺し殺してね~、あ、市内に居る親族は全員殺す感じで行こっか? 殺し終わったらマルハチストアの倉庫で糞尿まみれの不純異性交遊しててね、誰かが倉庫に入ってきたら交遊に入れてあげて」



 そう言い残し、不可触神の巫女は崇拝する大御神の分神が御座おわす鎮守の森へ転移した。


 緑夢の心はいでいた、興奮も愉悦も感じない。


 明日は学校で『浄化作業』だ、報復対象は多い。

 緑夢は担任女教師の見下した顔を脳裏に浮かべた。


 両親と兄姉は最後、お楽しみは残しておく。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 傷付く少女に手を差し伸べなかった神を祀る神社、神聖な場所としての意味も価値も失っている。築百年未満では歴史的価値も無い。


 そんな物は解体して資材化に限る。

 テナーギは邪魔な物を神域へ送った。


 鎮守の森は小さい、これでは昆虫の繁殖が危ぶまれるっ!!

 テナーギは豊穣神パイエを召喚した。



「お呼びでしょうか」


「ん」



 宙に浮くテナーギの前で両膝を突く全裸のパイエ。

 テナーギはパイエの胸に飛びつき共に上空へ転移。


 鎮守の森上空に転移したテナーギは、その巨大な連峰(右の巨峰)の先に口を付けた。



「アッ……っ……!!」



 あ~ダメダメ、お待ちになってっ!!


 下唇を噛み、ショタニズムがもたらす快感に耐えるパイエ。


 何と言う凄まじい舌技ぜつぎかっ!!


 左の巨峰の先端も空間歪曲的な何かで同時吸引されているっ!!


 豊穣の女神パイエは主神の大胆なセクハラに耐えられないっ!!



「ッッッ!! イッぐぅぅぅぅっ!!」



 プシャーーッ!!



 鎮守の森に降り注ぐ豊穣神の慈雨。


 残り僅かな命となったセミの成虫を打つ恵みの雨、その甘露かんろを吸ったセミが雄叫びを上げ、恋の期間を数か月伸ばした。


 大地に吸われた慈雨が新たな緑を芽吹かせる。

 鎮守の森が住宅地を呑み込んで樹海化した。



 大御神と女神の痴態を目撃してしまった帰還直後の緑夢グリム


 自分のつつましやかな胸に視線を落とし、緑夢はパイエに対する殺意が湧いた。



「巨峰なんて飾りです、大御神様には分らんのです……っ!!」



 でも一応、胸部の強化をお願いしてみよう、緑夢は誓った。







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