第31話「しょうがないなー、教えてあげるかー」





 第三十一話『しょうがないなー、教えてあげるかー』





「え、イザーナーギ?」


「……イズアルナーギ」


「え、イズァナァギ?」


「……【イズアル】・【ナーギ】(イラッ」


「あ、えぇ~、ひょっとしてイザナギっ!?」


「……ちがう」



 テナーギは眼前の丸眼鏡女子高生に困惑した。


 彼女の発音では『イズアルナーギ』の音節区切りが多すぎる。


 テナーギと眼鏡っ子の出会いは数分前。


 虫捕り遊びをしていたテナーギが、セミの鳴き声とかすかな神気にじった深い絶望に興味を持ち、その場所へ向かったところから始まる。




 某春日神社の片隅で泣いていた眼鏡っ子、切り裂かれた紺色のスクールバッグ、ボタンが千切れた茶色いブレザーと白いブラウス、黒地に赤と白のチェックスカートには土で汚れた靴の跡。


 眼鏡のリムから右レンズが外れ、左アームは曲がり耳に掛けられない。


 ハサミで乱雑に切られた黒髪、涙でれた目元、悔しさで流れた鼻水、屈辱を耐え切れず漏れた嗚咽で垂れる唾液。


 十六歳の女子高生『日下部くさかべ 緑夢グリム』は慟哭どうこくする。


 自分がいったい何をしたと言うのか?

 ここまでやられる必要がどこにあるのか?


 貧しいのはギャンブル狂いの親が悪い。

 恥ずかしいDQNネームも親が悪い。

 不細工なのは遺伝子が悪い。


 朝夕の新聞配達を毎日続け、家事のほとんどを一人でこなし、頭のオカシイ無職の兄から同伴入浴を強要され、股の緩い高三の姉から『小遣い稼ぎ』の出張予告。


 担任教師は頼りにならず、児童相談所は話を聞くだけ。

 祖父母はらず、親戚はクズの集まり。


 境内を囲う小さな鎮守の森、緑夢グリムの耳にセミの鳴き声が虚しく響く。


 細い参道、幼い頃に一人で遊んだ小さな太鼓橋。


 涙でかすむ眼鏡越しの懐かしい景色。



 死のう。



 緑夢が無気力な決意をしたその刹那。

 霞む太鼓橋の欄干らんかんに光がともった。


 緑夢は眼鏡レンズが外れた右側の目を閉じ、左目を薄めて欄干を見る。


 何かが居る、小さい何かが居る……


 いぶかしむ緑夢。光がフワリと浮いた。



「え……」



 緑夢は驚いてポカンと口を開けた。

 光が彼女に近付いて来る。


 尻もちをついて後ずさる緑夢。益々近寄って来る光。


 そして、光はついに緑夢の眼前まで辿り着いた。

 驚愕する眼鏡っ子緑夢。



「こっ、小人っ!!」


「んゅ? こびとじゃない、イズアルナーギ」



 こうして、幸薄さちうすい少女と特に何も考えてないですマンが出会った。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




伊弉諾尊いざなぎのみことて小人じゃったと?」


「……ちがう」


「何で飛んじょると? 何で光っちょると? ウチんベビー星ラーメン食べるけ? ちょっと待っちょきないよー、今やるかいね」



 先ほどまで泣いていた少女とは思えない、緑夢グリムは何故か元気になった。情緒不安定を臭わせるムーブ。ややメンヘラの香りも漂う。


 テナーギは引き裂かれたバッグをあさるアホな少女に辟易へきえきした。不快ではないのが救いか。


 少女が発する日本語は方言がキツい、東九州の知識を持つテナーギにはどうでも良い事だが、相手のヒアリング能力等に難が有ると会話が面倒だ。


 と言う事で、テナーギは眼前の少女をコネコネする事にして神域に転送。


 神域に送られて来た日本人の少女を肉塊が一瞬で精査。


 肉塊と砂場で遊ぶイズアルナーギは少女に興味を抱く。




 緑夢グリムは生まれてこの方『盆暮れ正月』など意識した事が無い。


 幼少期から日本で生活していれば、多くの者が常識や慣習として身に付ける自覚無き宗教観すら持っていない。


 この少女は壊れている。面白い。

 イズアルナーギは『むむむっ』とうなった。


 肉塊とイズアルナーギは多くの東九州人からデータを取っている。東九州人とそれ以外の日本国民が持つ宗教観に大きな違いは無い。


 基本的な姿勢として、宗教と言うより教義に関心が無い。『あなたがそう思うならそれでいいじゃない』と考え、強く否定はしない。


 しかし、神仏を嫌う者は少ない。


 だがそれはキャラクターとしての好意、尊崇とは違う。


 神仏の存在を問われれば苦笑してほぼ否定、しかし、創作物に登場する神仏は絶大な人気を誇り、その活躍に胸を躍らせる不思議な民族。


 冠婚葬祭で宗教を取り入れるが教義は守らない。

 自然を畏怖し先祖をまつるが宗教とは分けて考える。


 無神論者・無宗教と称するが、他者から見たら宗教的なのが理解出来ない。


 日本人から見た伝統文化や行事の多くは海外の人々から見れば宗教的であるが納得出来ない。


 逆に言えば、日本文化が宗教と溶け合い密接不可分の慣習や常識となり、それを当然だと不思議に思わない考えが海外の人々には理解し難い。


 日本人の多くは無自覚で曖昧あいまいだが確実に宗教的な文化を享受しながら生活している。肉塊とイズアルナーギの理解ではそうなっている。


 しかし、壊れた少女にはそれが無い。空っぽだ。


 享受されるはずだったモノを周囲の人間から破壊されている。


 漫画やアニメに登場する神仏を神仏として認識出来ない。


 盆踊りも初詣も神前結婚式も葬式も全てただの『人の集まり』に過ぎない。


 緑夢は信心を捨てたわけではない、自然を畏怖する心を忘れたわけでもない、彼女はそれらを最初から持っていない。


 神道も伊弉諾尊いざなぎのみことも知っている、知っているだけ。


 ここまで空っぽの存在は貴重だ。

 肉塊とイズアルナーギはヤル気を出した。



 まずは神を知る事から始めよう。


 バッグを漁る体勢で呆然と眼前の幼児を見上げる少女に、胸を張るイズアルナーギが告げる。




「ボクが、かみさま(キリッ」










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