第29話「なるほど、早く④を読んで下さい」





 第二十九話『なるほど、早く④を読んで下さい』





「魔族、ですか」



 教皇モッコスは神域大神殿の会議室で女吸血鬼オマーンから得た情報を精査していた。


 大きな白いテーブルを挟んで向かい合う教皇と女吸血鬼。



「魔族だけではない、人間と獣人も居る……うむ、良い香りだ」



 オマーンは夫に貰った『イザークン3%ワイン』が注がれたワイングラスを手に取り、整った美しい鼻に近付けて夫の血液入りワインの香りを楽しんだ。


 幸せそうなオマーンに祝福の微笑みを贈り、モッコスは質問を続ける。



「なるほど、では、我々が知る吸血鬼は魔族でしょうか? オマーン妃殿下が先日ご覧になられた次元坑にむアレです」


「あぁ、【ダンジョン】に似たあの渦か、あそこに居たゴミは魔族ではない、吸血鬼ですらない、あれは魔力と肉で出来た人形だ。ところで、『妃殿下』はもう少し力を込めて言うべきだ」


「そ、そうですか、以後気を付けます。では【魔核まかく】とは何でしょう? 我々も魔法を使いますが、体の中に魔核なる物は存在しません」


「あの世界、いや、あの惑星の大気中に在る【魔素】が体内で結晶化した物……とされているが、私は信じておらん」


「それは何故?」


「魔核を持たん生物が居るからだ。ただの獣は魔核を持たんが、魔獣には魔核が有る、同じ空気を吸っているのに、だ」


「妃殿下はそれをどのようにお考えで?」


「神々が天上から駒を使って楽しむ盤上遊戯の設定、どこの誰が定めたものか分からんがな」



 オマーンの意味深な言葉に眉をひそめるモッコス。

 彼女が冗談を言っているようには見えない。


 モッコスはそこでフと、オマーンから得た情報の一つが気になった。



「妃殿下が仰った『ステータス』も設定の一つでしょうか?」


「恐らく」


「数値化された身体情報……なるほど、遊戯の設定ですな。すると魔核にはどのような役割があるのでしょうか?」


「魔核によって様々な制限が課せられる。魔素の無い場所で活動は出来ん、魔素放出が盛んなダンジョンやその付近を確保する必要もある、魔素枯渇までに遊戯を終えなければ魔核を持つ生物は死滅する」


「なんと……っ」


「我が夫の権能無くば、私もシャズナブルも故郷の惑星以外で生きる事が出来ん。本来なら貴様らも神の神域に入る事など出来んのだよ、神界に下界の生物が吸う空気など無い」


「いやはや、御尤ごもっとも」



 モッコスは知性溢れるおきさき様との会話が楽しくてしょうがない。


 右手でペチンとひたいを叩き、アハハと笑った。


 肩を竦めて応えるオマーン。

 芳醇ほうじゅんなワインで喉を潤す。

 愛する夫の魅惑的な神気が五臓六腑に染み渡る。


 軽く絶頂をきたしてしまった二千年処女、早く夫と砂遊びしたい。



「ンッ……ところで、シャズナブルの教育はどうか」


「御子様は傑物ですな。ハッキリ申し上げて我々では力不足、然るべき知識を持った師による教えが必須かと存じます」


「……不可触神によって知識を詰め込まれた貴様らが力不足? 悪い冗談だ」


「知識は御座います、しかし、英傑を導く知恵が御座いません。いて申し上げれば、御子様を導く師に最も近い存在たり得るのは妃殿下です」


「フンっ、俗物めが」


「お褒め頂き恐悦至極」


「午後は私が教育する、魔族流のな」


「御意に」



 この日、英雄シャズナブルの教育方針が決まった。


 不可触神が有する時の無い神域で、英雄は秘かに、確実に、驚異的な速度で成長する。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 イズアルナーギはお庭の公園に居た。


 昆虫採集は一旦休み。

 今日は公園のベンチで絵本を読む。


 足をブラブラさせながら絵本を読むその姿に、イザーク殿下見守り隊の面々は昇天者が続出。


 昇天直前に誰かが言った、『尊み秀吉』と。

 同志による最期の言葉に『それな』と呟き道連れ昇天。


 イズアルナーギに日本の知識を叩き込まれた眷属達は当然日本語が解る。テナーギや第九使徒イルーサが神域に転送する様々な物資には『珍しい本』なども有る。眷属達はそれも読む。


 そんな知識を持った見守り隊が可愛い幼児殿下を見ると、一般的なポアティエ王国民とは違った感想が出る。違った感想は八割方エロスに関する事です。


 バタバタ倒れる見守り隊を気にするでもなく、イズアルナーギは黙々と絵本を読む。


 黒騎士アルトゥイが神域内の銃火器製造工場と造船所へ向かう途中、近道しようと公園の中を通った。


 ベンチに座って絵本を読む可愛らしい主君を見つけたアルトゥイ、イズアルナーギの前で立ち止まって一礼。頭を上げる時にイズアルナーギが持つ絵本のタイトルが見えた。



『軍艦の歴史③』



 絵本じゃなかった。

 物語ですらなかった。


 アルトゥイは足早に公園を抜けた。


 何故、侍女達は誰もツッコまないのか……


 この切なさは何なのだ、黒騎士アルトゥイには解らないっ!!

 あんなに美味しい場面でツッコまないのは間違っているっ!!


 得も言われぬ寂しさを感じつつ、アルトゥイは目的の場所に辿り着いた。



「は?」



 巨大な造船所が出来ていた。

 工具を持った甲虫兵が造船所を駆け回っていた。

 今現在も不思議パワーで巨大造船所が増え続けている。


 今まで在った造船所は消えていた。


 どうやら主君は軍艦の現行サイズがお気に召さなかったようだ。



「いや、蒸気船は要らんでしょ」



 アルトゥイは冷静にツッコんだ。


 新造される蒸気船のすぐ横で改装中の戦艦大和を見ながらツッコんだ。


 そして思った、『軍艦の歴史③』は蒸気船がメインか、と。










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