第27話「俗物がっ、私にっ……!!」





 第二十七話『俗物がっ、私にっ……!!』





 何だか不快な物体三つを視界から消したイズアルナーギは、非常に興味深い存在の許へ近づいていく。


 さびれた街の薄暗い路地裏、乾燥した地域でなければ疫病が蔓延はびこったであろう不潔な場所。


 最後の曲がり角を右へ、イズアルナーギは目的の存在を視界に入れた。


 小さな体、赤い瞳、乱れた銀色の長い髪、穴の開いたボロボロの貫頭衣は麻布、傷だらけの両脚と血が滲む裸足、薄汚れた肌は本来の白さを想像出来ない。


 血だらけの小さな両手には頭を失ったネズミ。

 口元を血に染めてモグモグと咀嚼する赤眼の幼児。


 その汚らしい幼児が立ったままの食事をめ幼神に視線を向ける。


 イズアルナーギはコテンと首を傾げ、咥えていた左手の指をチュポンと抜き、その手をギュッっと握り締めた。



「なっ、グハッ!!」



 汚れた幼児の足元から、いや、幼児の影から驚愕と苦痛の声が上がった。



「お、お待ち、頂き、たいっ、よ、幼神よっ、怒りを鎮め給えっ!!」



 幼児の影から両手で首を押さえながら飛び出す女吸血鬼。


 見た目は幼いがどう見ても地上に顕現した神、力を隠して神気を纏う不気味な幼神を警戒し、女吸血鬼は影に身を潜めていたが無駄だった。


 額に玉の汗を浮かべながら幼神の前にひざまずく。


 女吸血鬼オマーンの頭頂が幼神の眼前に晒された。


 イズアルナーギは左手を緩め、不可触神の握力から解放されて安堵するオマーンと赤眼の幼児を神域へ招待した。拉致とも言う。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「あら可愛い、お友達?」



 そう言ったのは聖母サテン。

 息子がお庭に招いた赤眼の幼児を見て微笑む。


 イズアルナーギは母の顔を見つめて考える。

 お友達ではない、敢えて何者かと言うならば――



「むすこ」



 イズアルナーギは言ってやった、ドヤっと言ってやった。

 僕はすでに大人なのだよ母上、子供ではないのだよ母上っ!!


 口元に右手を当てて驚くふりをするサテン。



「じゃぁ、お母さんの孫?」


「うん(キリッ」


「そうなんだぁ、お名前は?」



 イズアルナーギは母の問いに答えられない。

 少しだけ目が泳いだ。名前に興味など無いっ!!


 むしろ名前など飾りっ!!

 母上にはそれが分からんのですっ!!


 肉塊が幼児とオマーンの生体情報を抜きとる。

 ハッっとする興味無いんですマン。名前、ゲットだぜ!!


 イズアルナーギは母にキリッと答える事が可能となった!!



「しゃずなぶる(キリッ」


「シャズナブル君?」


「うん(キリッ」



 この一連の流れをシャズナブルの横で見ていたオマーンは、余りにも非現実的な状況に理解が追い付かない。


 しかし、少しずつではあるが何とか状況を整理しつつある。


 恐らく、ここは神界、幼神の神域だ。


 何故、自分や『エサ』が神域に招かれたのか、また、何故入る事が出来たのか、それについては全く解らない。


 幼神と会話している存在は母神だろうか、とんでもないバケモノである。


 周囲に目を配ればポツポツと強者が見える。


 栗の花の香りがする美丈夫は母神に次ぐ強者、コイツもヤバい。


 母神は危険だ、怒らせてはならない。恐らく幼神よりも――



「それじゃぁイザーク、シャズナブル君をキレイキレイしよっか」


「うん(キリッ」



 幼神が何かを、その神聖なる玉体を包んでいた何かを解除した。


 二千年を生きた女吸血鬼におおかぶさる圧倒的な存在感。



「ば、ばか、なっ……」



 自分を上回る存在だとは分かっていた、地上に顕現した神である事も理解していた、だがしかし、オマーンは本物の神を理解していなかった。


 もっとも、不可触神を理解出来る者は少ないが。



 驚愕と畏怖で固まるオマーン、無表情に幼神を見つめる赤眼の幼児。


 イズアルナーギはそんな二人をキレイキレイする事にした。何故か洗浄対象に入れられたオマーン、頑張れ!!



「終わった(キリッ」


「……は?」



 幼神の言葉に唖然とするオマーン。

 体の異変に気付き【鑑定】のスキルで自己診断。


 息を呑む闇の女王。


 自分の『肉体』が一新している。強化されている。

 魔力製のドレスが綺麗になるって何だ? 意味が解らない。


 オマーンは隣に立つエサを見た。



「だ、誰だ貴様……」



 超絶美幼児が立っていた。

 神気を纏った美しい子供服を着て立っていた。

 正確には『少年名探偵コーマン』の格好をしている。


 そして……



「なっ!!」



 オマーンはエサとの隷属契約が切れている事に気付く。


 即ち、その首筋に牙を立て、下級吸血鬼に種族変化させていたシャズナブルが、良質な血液供給奴隷であったはずのエサが、オマーンの絶対的な支配から有無を言わさず外されていたのだ。


 そう、三歳児シャズナブルは、ただの吸血鬼になっていた。

 下級ですらない、種族としての位階も上がっていた。


 もう女吸血鬼の物言わぬ奴隷ではない。


 誰にも縛られない、生まれて初めて自由を得た三歳の吸血鬼だ。


 不可触神イズアルナーギに興味を抱かれた三歳の幼児。


 不可触神イズアルナーギに息子として迎えられた三歳の幼児。


 幼き父神にキレイキレイされた三歳の吸血鬼。


 普通の存在であろうはずがない。

 普通に養育されるはずがない。


 そんな三歳児が、父神に劣らぬ美貌をオマーンに向けた。


 ゴクリと唾を呑み込むオマーン。




「おかあさん、ありがと」




 エサが初めて見せる笑顔。


 完全な魔族となったエサは、父神から貰った知識を一番最初に『母』への感謝に使った。



 闇の女王、オマーン・ハーン=キュベレイ、吐血。


 モッコスは『分かる、分かりますぞ』と涙を流した。









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