第25話「おやおや、アレは何だろう?」





 第二十五話『おやおや、アレは何だろう?』





 城壁に駆け上がり、見張りの兵から望遠魔道具を奪って西の海を睨み付けるボロッソ伯爵。


 その両脚は驚愕で震えていた。



「……何だ、アレは…………」



 海面に浮かぶ数十の黒い線。

 その線は軍艦を縦に繋げて出来たもの。


 生唾を飲み込む伯爵。

 望遠魔道具を持つ両手が震える。

 並んだ艦影が多すぎて正確な数が判らない。


 ただ、伯爵領に有る船という船をかき集めても、目に映る大艦隊には遠く及ばない。その事だけは伯爵も瞬時に理解出来た。


 特に、大艦隊中央に鎮座するバケモノ、アレは危険だと伯爵の脳が警鐘を鳴らす。



「あの大きさは何だ……あの砲塔は何だ……どこのふねだ……」



 ポロッソ伯爵は気が触れたようにブツブツと見たままの単純な疑問を並べる。


 伯爵の背後で唖然として控えていた老将軍が、家臣団を長年纏め上げてきた責任感をかろうじて発揮。マニュアル通りの言葉を吐き出す。



「か、閣下、翼竜隊への御指示は?」


「……指示、指示だと? そんなもの、降伏の使者に使う以外――」


「ご報告致しますっ!! 王太子殿下が商人の自爆によってお亡くなり遊ばしたよしっ!!」


「……は?」


「ゼェゼェ、ご、ご報告致しますっ!! 王宮が女吸血鬼の襲撃を受け、数名の王族方がお亡くなりにっ!! 吸血鬼は近衛が討伐っ、国王陛下は御無事っ!!」


「ま、ま、待て――」


「閣下っ!! 西海岸の港が一斉に攻撃を受けていると通信がっ!!」


「な、な、何が、起こっている…………」



 次々に届けられる不穏な報告、伯爵の理解は追い付かない。


 とにかく、今は大艦隊に降伏の使者を送るべしと思考を纏める伯爵。正直言えば、自分以外の誰が殺されようがどうでも良い。


 王太子爆死の報に対して『で?って言う……』と不快と困惑を覚えるほどの脅威が水平線に浮かんでいる。


 女吸血鬼に虐殺された王族の訃報など、こちらに向けられた巨砲の危険性を考えれば『それって今言う事かな?』と遺憾の意を示すレベル。


 伯爵は報告を上げてきた兵士達から視線を外し、再び望遠魔道具を目に当て大艦隊を見る。


 艦隊の緩やかな前進を確認した伯爵が、一番近くに居た兵士に降伏の指示を出す。


 その時、バケモノの巨砲が火を噴いた。


 遅れて届く砲声がズシンと伯爵の腹に響く。

 しかし、港や船から被害を示す煙が見えない。


 アレはいったいドコを狙って撃ったのか?


 伯爵がそう思考を巡らせた刹那、凄まじい衝撃と爆音が彼を襲い、そのまま意識を闇に沈めた。


 ポロッソ伯爵の意識が闇から浮き上がる事は二度と無い。


 夫を捨てて逃げ出した伯爵夫人も、艦砲射撃のまととして狙われた馬車の中で眠ったまま爆散した。



 銀髪の戦乙女、白騎士ウルダイ率いる大艦隊がハデヒ王国西海岸を制圧するのは、ポロッソ伯爵死亡の約二時間後。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「ん」



 イズアルナーギが昆虫採集の為に転移した見知らぬ惑星の見知らぬ土地は、緑が少ない殺風景な孤島だった。


 そんな場所にポツンと造られた海岸沿いのさびれた街を、暖気のんきにトコトコ歩く一人の幼児。


 すぐに自分を抱っこしたがる白騎士のお姉ちゃんから、もの凄くどうでも良い『西海岸制圧』の報告を念話で受け取り、テキトーに「ん」と応答したイズアルナーギ。


 お帰りはいつ頃でしょうか、ご昼食は済ませましたか、私のオッパイ飲みませんか等々、マシンガントークを続ける白騎士のお姉ちゃんを無視しつつ、イズアルナーギは周囲の観察を続けた。


 豊穣神パイエから得た知識により、神の顕現けんげんもたらす地上への影響などを考慮した結果、現在のイズアルナーギは自分の表面に『神格と存在を下げまくる空間』を張り巡らせ、見た目は普通の幼児として行動している。


 見た目は幼児だが思考も幼児(サイコパス)な不可触神の出来上がり。


 これは事件の香りしかしないっ!!

 しかもクソ可愛い顔立ちの美幼児っ!!


 服装はお高そうな不思議素材の青い半ズボンと白いヒラヒラ付きブラウスっ、どう見ても貴族服っ!!


 その幼児がピッカピカに磨き上げたお気に入りの逸品が、彼の足元をファンタジックに染め上げるっ!!


 刮目せよ、これこそ幼い不可触神が日本で手に入れた『アニキャラシューズ』っ!! イズアルナーギが大好きな【甲虫ライダーV3】が描かれているっ!!


 御自慢の素敵シューズにドヤ顔のイズアルナーギ。

 ドヤった顔の微妙な変化は母サテンしか気付かないっ!!


 あ~だめだめ、駄目だイズアルナーギっ!!

 大事な靴を履いて寂れた街を歩いちゃ駄目っ!!


 そんな幼児が路地裏に向かって歩を進めるっ!!


 逃げてーっ、悪人の皆さん逃げてーっ!!



「ヒュ~、こいつぁゴキゲンだぜぇ~」

「へっへっへ、今日はツイてるなぁ」

「ハァハァ、売り飛ばす前に少しだけ……」



 口臭がヤバそうな身なりの汚い三人の男達が、左手の人差し指を咥えながら歩く宇宙一危険な幼児を囲む。


 男達の腰には長剣が下げられていた。

 これは危ない、危険だ、幼児に向けてはイケナイ物だっ!!


 幸い、三人はまだ余裕の表情、幼児相手に剣を抜く事は無さそうだ。



「ヒュ~、お高そうな『べべ』着てるじゃねぇの?」


「へっへっへ、見ろよ、あの靴、綺麗な絵が描いてるぜぇ」


「ハァハァ、服は売っても体は売らぬと心に決めた……ふぅ」



 気色悪い三人に興味を示さず、イズアルナーギは歩みを止めない。


 そのお気に入りのアニキャラシューズに、歩くと『プピッ』っと音が出る別バージョンが有ると知って絶望したのは昨日っ!!


 だがしかしっ、磨き上げたアニキャラシューズに誇りと熱いこだわりを抱くイズアルナーギは、断腸の思いで『奏でるシューズ』を宝物庫に仕舞しまうっ!!


 男として一皮剝けたイズアルナーギ、彼の力強い歩みは誰にも止められないっ!!


 進行方向をふさいだ何かこう凄く邪魔な物体はコネコネするに限るっ!!


 よく考えてみれば、前を塞ぐ何かこう微妙に目障りな物体が至高のシューズを汚すかもしれないのでコネコネするに限るっ!!


 昆虫とコネコネするのが面倒なので、テキトーに三つの物体をコネコネするに限るっ!!


 出来上がった変な生物は白騎士お姉さんの所へ送るに限るっ!!



 時を消費せず障害物を排除したイズアルナーギは、目標に向かって黙々と歩を進めた。



 幼い不可触神の興味をいた存在が、そこに在る。






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