閑話其の一・撃ち止め 「私はポロッソ伯爵、今日も何かと戦っている」





 閑話其の一・撃ち止め

 『私はポロッソ伯爵、今日も何かと戦っている』





 深夜の監獄島、新月の森を三名の部下と共に走る『ジェロム・レ・バンヌ』は、伯爵家と『エヒヤナトゥル帝国オルス』の争いを回想しつつ、『魔導ボート』が隠された浜辺へ向かう。


 二個大隊の消滅以来、伯爵は領軍を島へ送る事はなかった。


 伯爵が有していた兵の総数は約六千五百、二個連隊規模、そのうち千五百は既に消えている。


 伯爵領を護る領軍をこれ以上失うわけにはいかない。


 まずは『監獄島』の情報収集を優先すべきと対策会議で決定し、伯爵は傭兵を雇って五十名ほどの偵察隊を島に向けた。


 しかし、偵察隊は当然のように消息不明となる。


 伯爵家や家臣団は島に対する警戒心を強め、危機意識も高まった。


 この二十日間、伯爵は毎日五十名前後の偵察隊を島へ向かわせたが、現在に至るまで帰投した偵察兵は皆無である。魔導通信機に連絡が入った事も無い。


 無論、伯爵領で消息不明となった傭兵の仲間や家族が騒ぎだすのは必然。


 伯爵は傭兵の雇用を止め、領軍から斥候任務に向いた者を選抜し、島へ潜入する特殊部隊を編成して島への投入を決める。


 その部隊を任されて一時間前に島へ潜入したのが、三名の部下と共に息を切らせながら逃走中のジェロム・レ・バンヌである。



 忙しく跳ねる心臓、荒く苦しい呼吸と不規則な足音を出来る限り殺し、目を血走らせ滝のように汗を流しながら監獄島脱出を目指す四人。


 島を覆う樹木がジェロム達の眼前から消えた。

 脱出地点である浜辺へ辿り着いたのだ。


 月の無い暗闇、森を抜けるまでジェロムら四人が攻撃された形跡は無い。


 恐らく敵は自分達を見失い追跡を断念したのだろう、ジェロムはそう考えて気を緩めた。


 今回の任務は失敗に終わったが、島に関する想像以上の脅威と『理解出来ない攻撃』の情報は持ち帰る事が出来る……


 ジェロムは自分を励まし、振り返って森を見つめ――



 ――そして、ジェロム・レ・バンヌは死んだ。



 ジェロムの眼球が死の間際にとらえたそれは、森の中に光る四つの光と、三名の部下が後頭部を破裂させながら転倒する無残な姿だった。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 眉間に開いた小さな穴から血を流し、後頭部が吹き飛び脳漿を撒き散らしながらたおれた四つの屍を、ほのかな星明かりが照らす。


 ジェロム達が斃れ、波が砂浜に四回押し寄せた後、森から無数の影が現れた。


 夜鳥の鳴き声と波の音しかない深夜の砂浜、そこに砂を踏む足音が加わる。数体の影が四つの屍に近付いていった。


 影の一つがジェロムだった物を見下ろし、美しい声音こわねで呟く。



「はて、イカダやボートが有りませんね……泳いで来たのでしょうか?」



 そう言って小首を傾げる影に、近寄って来た大きな影が暗視ゴーグルを外しながら、向かいに立つ同僚の疑問に答える。



「コイツらは全員ひざ下が濡れている、本土からこちらへ来る時はいつものようにボートで来て、浅瀬でボートから降りた時に海水で濡れたのだろう」



 漆黒のボディスーツに身を包み、たくましい両肩をすくめながら、黒騎士アルトゥイが質問者カーリヤに苦笑を向けた。続けて、殲滅した敵の未遂行動を推測する。



「ボートは上陸部隊以外の者が沖へ戻し、撤退時はボートまで泳ぐつもりだったんじゃないか? この島で通信魔導具は使えんしあかりで迎えを呼ぶとも思えん」


「なるほど、この場所は本土へ渡る最短ルートから外れますが、悪くない推測です」



 ふむふむと頷く女官カーリヤ。そんな彼女の方をなるべく見ないアルトゥイ、いささか中腰気味だ。


 カーリヤもアルトゥイと同型のボディスーツを着ている。しかし、伸縮性に優れた不思議素材を贅沢に使ったタイトなデザインが、ピュアなアルトゥイの股間をイライラさせる。


 肌に密着したスーツがカーリヤの肢体を締め上げ、そのナマイキボディは男子の好奇心に劣情の炎を燃え上がらせて勃起を誘発し、股間のナイフをロングソードに打ち直す。


 中腰不可避。


 健全な勃起をきたしてしまったアルトゥイは、やや早口で状況確認と以降の方針を話した。



「ととととにかく、周囲を調べるにしても暗過ぎる、投光機で浜辺や森を照らすわけにもいかんだろう。イザーク様に御指示を仰ぎたいところだが、現在は『御旅行中』だ。明日、念話で御報告したあと、日中にこの辺りと森を調査しよう……ふぅ」


「そうですね、二個小隊を警戒にあたらせて撤退しましょう。新装備のテストも上々です。撤退時に『死体そざい集め』もお願いします。では、私はお先に失礼」


「了解。……しっかし、この『強化ボディスーツ』を使徒の俺達が着る意味あるのかなぁ?」



 アルトゥイは暗視ゴーグルを着け直し、喉に手を当てて何事かを呟くと、数体の不気味な影が四つの屍に群がった。



 伯爵家に属する精鋭特務隊は結成当日に消滅。

 全員が監獄島の暗い森の中へ消えた。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 ジェロムが死んだ翌日、ポロッソ伯爵の許にハデヒ国王から書状が届く。


 書状の内容は、三ヵ月前に流罪となった一人の男性貴族に対する恩赦。そして王都への護送。


 白目を剥いた伯爵が心の中で王に問う『そいつたぶん死んでますが何か?』と、伯爵の顔が青く染まり脱糞放尿を開始。


 旦那の異変に気付いた伯爵夫人が書状を覗き見る。彼女はその場に居た幼い娘を抱え上げ逃亡開始、実家から連れて来たメイド達と共に馬車に駆け込み居城を出たあと気を失った。


 嫁の逃亡など気にする状況ではない伯爵は考える。


 勇者のアホ化スキルでツルツルになった脳をフル稼働させて深く考える。


 恩赦を与えられた罪人が二十日以内に伯爵領へ送られて来た者だったなら、何の問題もなかった。


 伯爵は島を占領されて以降、新たに送られて来た罪人は居城の地下牢に放り込んである。それは恩赦や証人喚問を見据えた処置だった、だが、島を占領される前に島へ送った罪人はどうしようもない。


 伯爵は一族と家臣団と共に必至で打開策を考える。


 会議室の空気は最悪だ、脱糞放尿も追加され二重の意味で最悪だ。何故、この部屋には窓が無いのか、家臣団の意識は八割がその大問題に持って行かれた。


 彼らは悪臭に意識を飛ばされつつも必死に考える。

 既に反乱鎮圧の報を王都へ上げている。後がない。



 恩赦を与えられた男性貴族を奪還する為、演習と偽って領軍を動かすのはどうか……これはイタダケない。演習で多くの兵を失えば周囲から疑惑の目を向けられる。


 では『既に男性貴族は島内で死んでいた』と報告すべきか?


 その場合は亡骸を王都へ送らねばならない、それはマズイ。ならば、偽の亡骸を乗せた馬車を盗賊に扮した兵士達に襲わせ、馬車ごと強奪させてはどうか?


 盗賊に負ける時点で王の怒りを買うだろう。


 ならば、反乱による混乱で行方不明としたいところだが、そんなものは一時しのぎにすらならない。


 死者や行方不明者の名簿を作って王に報告する義務放棄という罪を追加するだけの悪手だ。


 答えの出ない会議室に沈黙が訪れる。


 いっそのことポアティエに亡命でもするか、伯爵がそんな考えを口に出そうとした時、会議室に困惑の報が届いた。




 ――西の海に所属不明の大艦隊現る。



 プゥゥ~プピッ……



 伯爵が奏でた寂しい屁音ひおんが、伯爵家の終わりを告げた。










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