閑話其の一・二発目「私はポロッソ伯爵、今日も何かと戦っている」





 閑話其の一・二発目

 『私はポロッソ伯爵、今日も何かと戦っている』





 ポロッソ伯爵は今回の事件を『罪人の反乱・鎮圧済み』として王都へ報告する為の使者を送った。


 迅速に領軍を動かし、総兵一千三百十二名による二個大隊を島へ送り、現状ではまだ翼竜隊を動かすことはなかった。


 伯爵領から約90km離れた罪人の島、反乱鎮圧の報は数日で届く。伯爵はそう思っていた。


 武器を持たず、粗末な食料で過ごし体力も無い罪人達の制圧など、千を超す正規兵を以ってすれば容易い。


 特に気負う事無く、下級貴族のメイドに過激な強姦凌辱スキンシップを気軽にこなす数日を送ったポロッソ伯爵。


 彼は余裕を持って勃起をきたし、朗報を待った。



 しかし、鎮圧軍派遣から三日が過ぎ、五日が過ぎても伯爵の許に鎮圧の報は届かなかった。


 焦りを覚え始めた伯爵に港から通信報告が上がったのは七日目の朝。


 島に派遣した大隊長二名の首と共に、『イズアルナーギ』と名乗る者の署名による『独立宣言文』が、漁師によってハデヒ王国国王宛てに伯爵へ送り届けられた。


 生唾を飲み込み、額に青筋と汗を浮かべつつ、右手で『宣言文』を握り締める伯爵。


 伯爵は考える。


 宣言文は綺麗なハデヒ語で書かれている、それは『敵』の中にこちらの言葉と文字を理解している人間が居る事を意味する。


 その人物が流刑に処された罪人なのか捕縛された官吏なのか、それとも勇者の裏切りか……


 翻訳や言語理解等の魔道具があるこの世界で、国家間のやり取りに於いて親善を除けば自国語以外を文章に使う意味はほとんどない。


 となれば、首謀者はハデヒ王国人、あるいはこの慣習を知らない者――異世界人の関与を伯爵は疑った。


 伯爵は舌打ちして勢いよくソファーに腰を下ろし、目を閉じて黙考する。メイドを見るたびイライラしていた股間は鎮まっていた。




 まず、最悪なのは勇者や第三王女達が捕虜となって協力を強いられている場合だ。


 そうなると尋問によってこちらの計画が漏れた恐れもある。その上、勇者と第三王女を取引材料として扱われるかもしれない。


 しかし、勇者のような化物をスキルも所持しない異世界人が捕縛出来るとは思えない。


 第三王女を含む四人の女性達も人外と呼ばれる強者、『中級竜種』を難無く仕留める彼女達が捕縛されたとは考えにくい。


 仮に勇者一行が捕縛されていたとしたら、四人の女性全員、もしくは四人の中の誰かを取引材料にして勇者ユウトを操る事も出来るだろう。


 だがしかし、そうなると勇者の圧倒的な武力を行使しないのはオカシイ。


 勇者一人の力で王都を壊滅させる事が出来るのだ、王をしいしたのち王国を滅ぼせば独立宣言など無意味。


 王を弑さずとも、『イズアルナーギ』なる者が勇者ユウトを使って国王に譲位を迫れば済む話だ。


 王は首を縦に振るしかない。

 禅譲ぜんじょうの形にすれば王も格好が付くだろう。


 つまり、イズアルナーギが勇者を使って王国を欲すれば、数日のうちにそれは叶う。

 

 しかし、イズアルナーギはそれをしない。

 勇者を使っていない。


 勇者が負傷して身動きが取れない状態であったとしても、『いずれ勇者を遣わすぞ』と脅迫すればよいのだが、そのような脅迫文は受け取っていない。


 よって、勇者一行が捕縛されたとは考え難い。


 単にイズアルナーギや臣下の思慮が浅いという線もあるが、それは楽観視しすぎだろう。


 イズアルナーギが勇者の存在をゴミ程度にしか認識していない強者――である可能性を伯爵は初めから除外している。勇者ユウトを超える存在など絶対に有り得ないからだ。


 絶対強者の勇者による裏切りも無いと言える。


 勇者が王に譲位を迫るだけで国が手に入るのだ、小さな離島で独立宣言などしてこちらを警戒させず、裏切りの疑いが掛かる前に勇者が王都を叩けばよい。



 一応、わずかな可能性としては勇者の裏切りも考えられる。


 勇者ユウトに侍る女性達は全員勇者の妻であり、第三王女の親族を除く彼女達の親兄弟は多くが王都の勇者宅『ヤマモト御殿』で生活している。それは、言わば王国が勇者の親族を人質にとっている形だ。


 第三王女の親族たる王族に至っては王城で生活しているので、完全にこちらの手中にある。


 王族やヤマモト御殿に住む者達は勇者との仲も良好。


 特に、勇者ヤマモトは義妹達に対して尋常ならざる執着を見せている。狂愛と言っても過言ではない。イエス・ロリータ・ゴー・タッチ、アメリカなら射殺されている。


 さらに、義姉の数名が勇者の子を身籠っている。幼児絶対主義者の勇者ユウトが、まだ見ぬ我が子を見捨てるとは思えない。


 故に、勇者の裏切りも考えにくい。


 今回のイズアルナーギによる独立宣言と離島での暴挙に勇者一行は関わっていない。伯爵はそう推測した。


 よって、独立宣言文は流刑者か捕虜軍人に書かせた物と断定する。





 では、離島を占拠し領軍を撃ち破ったイズアルナーギとは何者か?


 ポアティエ王国側から離島に近付いた船舶は無い。

 飛竜や翼竜を使って島へ渡った形跡も無い。


 島に居る罪人の中に著名な武人や魔法使いは居ない。

 表向きはすべて凶悪犯だが、実際は政争に敗れた貴族である。


 即ち、伯爵が知る監獄島の人物に、鎮圧軍を制圧出来る猛者は一人も居ない。


 これらを踏まえて考えると、やはり次元坑を通って異世界人が侵入して来たとするのが妥当。


 ならば、その異世界人はどのような手段を用いて勇者が防衛する次元坑に侵入出来たのか?


 勇者ユウトは魔道具や魔導人形ゴーレムで自宅や次元坑入り口を厳重に護っているはずだ、結界魔法も施してあるだろう。


 どう考えても異世界人による侵入は不可能だ。


 だとすれば、勇者一行に何らかの問題が発生し、さらに、次元坑の存在を異世界人に知られ、そして次元坑の入り口を護り切れずに異世界人の侵入を許したのではないか?


 だが、あの勇者一行が異世界人を相手に不覚をとるとは思えない。


 問題があったとしたら、地震などの『結界魔法や魔法陣が意味を為さない自然災害』による家屋の崩壊などだ。


 土魔法などを使って家屋や地面を強固にしていれば問題は無いが、勇者はそれを怠ったのだろうと伯爵は考える。


 戦争による家屋の倒壊は恐らく無い。


 勇者ユウトの居た国は戦争をしないと聞いた、勇者が施す結界魔法はドラゴンのブレスを防ぐ事が出来る。何者かの攻撃によって家屋が潰れることはない。



 ポロッソ伯爵は大きく溜息を吐いた。

 酷い口臭が自らの鼻孔を貫く。なかなか強烈だ。


 とにかく、勇者一行の状況や次元坑侵入手段の詳細は判らないが、どうやら次元坑を通って異世界人に離島へ侵入されたと伯爵は断定した。


 結界や迎撃魔道具等は作動しなかったのだと割り切る他ない。


 伯爵は再び重い溜息を吐き、口臭の自爆にイラ立ちをつのらせつつ、この件を隠蔽することにした。


 王族以外には苛烈な姿勢をとるハデヒ王に、『罪人による反乱、鎮圧済み』だと偽った報告をしてしまった。


 その報告を挙げてから数日経っている。挙句あげくに島への対処は後手、次元坑の確保も出来ておらず、対策を講じてすらいない。


 この状況で『異世界人による島の占領だった』と知られてしまえば、お家取り潰し、改易は必至。


 伯爵家末代までの恥。


 ポロッソ伯爵家に未来は無い。

 二つの世界を統べる大帝国の上級貴族など夢のまた夢。


 伯爵は一族と伯爵家に仕える家臣の主要人物を召集し、悲惨な未来を打開する為に対策を練る。



 その日から、ポロッソ伯爵家と『大不可触帝国エヒ・ヤナトゥル・オルス』との静かで壮絶な戦争が始まった。









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