閑話其の一・一発目「私はポロッソ伯爵、今日も何かと戦っている」




 閑話其の一・一発目

『私はポロッソ伯爵、今日も何かと戦っている』





「……撤退だ」



 ポロッソ伯爵が放った偵察隊の長『ジェロム・レ・バンヌ』は、四人の部下にそう告げた。


 一時間前に調査対象国へ潜入した斥候七十九名、特殊任務三個小隊は部隊長のジェロムと各小隊長三名を除き、消息不明となった。


 数分、たった数分で七十五名の隊員を失ったのだ。


 ジェロムに撤退以外の選択肢は無かった。


 次々に途絶える短距離通信魔道具からの報告、輝きを失っていく隊員達の生存確認水晶、一度も受信する事がなかった各隊員の危険信号……


 軍に籍を置いて二十余年、ジェロムはいまだかつて無い恐怖と興奮を同時に感じていた。



 世界最大の大陸『ウ・ンコマ・ンコクッサ』の西に在る地中海。ジェロム率いる特務三個小隊が潜入した『エヒ・ヤナトゥル・オルス』なるその国は、広大な地中海に囲まれた半島の西に浮かぶ小さな『島国』である。


 叛逆の国『エヒ・ヤナトゥル・オルス』、その島国は二十日前までハデヒ王国が実効支配する流刑の地であった。島は通称『監獄島』と呼ばれていた。


 その小さな監獄島が、何故こうなったのか……


 ジェロムは生き残った三人の小隊長と共に浜辺へ走りながら下唇を噛んだ。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 ハデヒ王国第三王女が異世界から召喚した勇者『ユウト・ヤマモト』、彼が王国北部に現れた『魔王?』討伐を一年足らずで終え、王都に凱旋したのは討伐から一月後。


 そして、ジェロム・レ・バンヌ率いる特務三個小隊が『エヒ・ヤナトゥル・オルス』潜入を試みる二カ月前、勇者ユウトは異世界へ帰還するための『次元坑じげんこう』を王国南西に在る離島に開き、第三王女を含める四人の女性と共に次元坑を通って異世界へ帰還した。


 勇者に加護を与えた女神パイエの助力を得て開いた次元坑、それは本物とは違い不安定で危険な物であったが、そんな物を創造する為に要した魔力は膨大、勇者一人の魔力では到底補えない。


 勇者ユウトは監獄島に本土の犯罪者を呼び寄せ、約四千名の罪人から魔力を抜き取り次元坑創造にてた。


 絶命した四千人のむくろは、次元坑に湧く魔物のエサにしたようだ。




 勇者一行が通った次元坑は、彼らが異世界への帰還を完了しても消滅せずに存在している。これは、再設置に多大な労力と時間が掛かる次元坑を、勇者ユウトが意図的に消滅させなかったから――とされていた。


 当然、勇者ユウトの行為に対して王国貴族から批判が上がる。


 次元坑を使った異世界からの侵略や異世界人の流入等を危惧したものだ。しかし、勇者ユウトの意志と計画を王国会議にてハデヒ王が貴族達に伝えると、批判の声はほぼ無くなった。


 元々、次元坑が開かれた離島は流刑の地である。住民は下級官吏と退役間近の兵、そして罪人のみ。


 たとえ異世界人の侵攻があったとしても、離島の各所に勇者ヤマモトが創造した迎撃用魔道具や対人捕縛用魔道具が設置されている。


 ハデヒ王からすれば被害は最小限で済むとの目算があった。


 どこかの幼神がその防衛システムに興味を示さず資材に変換してしまったが、ハデヒ王の目算と幼神の無関心に何の関係も無い。


 監獄島を管理・所有しているポロッソ伯爵も、自慢の翼竜隊を離島の対岸に配置し、海岸沿いの防備を固めた。


 国防に抜かり無し。

 貴族達はほくそ笑む、何も問題は無い。


 光の勇者、最上級冒険者、戦略級魔道戦士……数多くの異名を持つ勇者ユウトが、一年も待たず彼の祖国『ニッポン』を制圧し、そのすべてを手土産に王国へ凱旋する。


 勇者ユウトがハデヒ王国に更なる繁栄をもたらしてくれる。


 勇者によるニッポン制圧が完了すれば、一億二千万人の奴隷が手に入る。にわかには信じられない人口だが、異世界『チキュウ』の全人口からすれば、ほんの一握りだという。


 絶頂不可避、貴族達の股間を欲望と言う名の電撃が撫でこする。

 

 さらに、チキュウには強力な戦略級スキルや各種耐性スキル所持者がらず、勇者ユウトを殺害出来るであろう『カクヘイキ』なる魔道具は、甚大な被害を考慮して使用される事はまず無いようだ。即ち、一方的な侵略が可能なのである。


 勇者ユウトいわく、一般市民を盾に上手く立ち回れば『世界征服』も不可能ではないらしい。


 おぅふ……貴族達の絶頂が社交の場を白く染め上げ、出されていないイカ料理の香りが淑女貴族を上気させる。


 恍惚こうこつ貴族達は夢想した。


 我々は数年後、数十年後に空前絶後の『二世界を統べる大帝国』に於ける支配階級として広大な領地を得、その土地で大貴族として君臨するのだと……



 ……もっとも、全てが上手くいけば、の話ではあるが――



 絶大な力を持つ勇者に不可能は無い、そう信じて疑わない貴族達には栄光以外の未来など見えてはいない。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 ハデヒ王国が最後に監獄島へ罪人を送ったのは特務隊潜入の一カ月前。


 だが、数十名の罪人を送り届けた官吏達が本土へ戻って来ることはなかった。


 島を管理するポロッソ伯爵はこの件を軽視せず、罪人達による反乱や異世界人の侵入に対する一応の備えとして討伐隊を編成。


 消えた官吏達の消息を調査する為の捜索隊と共に島へ派遣した。


 ――しかし、討伐隊百三十一名と、捜索隊二十一名が消息不明という結果に終わった。


 その結果を受け、ポロッソ伯爵は『罪人達の反乱』を確信。


 次元坑は勇者の実家裏に在る小山へと繋がっていると聞く。その小山に人は住んでおらず、私有地なので家族以外の立ち入りも無いようだ。


 となれば、あの絶大な力を持つ勇者や、彼のそばに侍る四人の戦乙女、そして強力な迎撃用魔道具、これらを退けて異世界からの侵入など不可能。


 ポロッソ伯爵はそう断定し、『次元坑有事』の可能性を頭から消した。


 大丈夫だ、問題無い、自分の推測は正しい。


 根拠も有る、『勇者』が根拠だ、勇者が次元坑を防衛しているのだ。


 何の問題も無い、大丈夫だ。


 伯爵は目を閉じ股間を熱くし、脳裏に夢をえがく。


 遠くない未来に誕生するであろう二世界を統べる大帝国……


 その大帝国で侯爵位に就く自分……


 ポロッソ伯爵の執務室に白い稲妻を放つ射撃音が響き渡る。



 立ち昇る硝煙の香りがポロッソ伯爵の鼻孔に刺さった。


 少し、イカ臭い。


 伯爵は眉をひそめた。











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