第20話「興味深いですねぇ」





 第二十話『興味深いですねぇ』





 その神々しさに震えて声がでない。


 心が震えて泣き出しそうな女義賊トトナルカ、自分の右隣に誰かが居ると気付いたのは二十を数えた頃か。


 彼女がゆっくり顔を右に向けると、自分を負かした傭兵デイラムが間抜けな顔でこちらを見ていた。




 その日、イズアルナーギは第七使徒トトナルカと、第八使徒デイラムを使徒眷属に加えた。


 さらに、使徒と成ったトトナルカは隠れ里の三百二十名を、デイラムは自営する孤児院の子供十四名を使隷とし、両使徒は使隷を引き連れ神域に移り住んだ。


 トトナルカとデイラムが鎮護司マスパダ征伐に向かった際、二人がようする使隷達の戦闘功績は甚大なものであった。


 鎮護司領制圧後の現在、トトナルカとデイラムの使隷達が神兵を引き連れ、ポアティエ王国正規軍と共に東西の鎮護司領を支配している。


 しばらくすれば、セゾン三世かイズアルナーギによって使隷達には何らかの地位が与えられるだろう。




 このように、使隷達は使徒と行動を共にし、様々な分野で活躍している。


 先日第九使徒と成ったイズアルナーギの姉である七女『イルーサ』は、オルダーナとイズアルナーギを除く兄弟姉妹十名を使隷とした。


 イルーサと十名の使隷達はこれと言って仕事を任されていないが、現在はテナーギ相手に毎日を楽しく過ごしている。


 即ち、異世界を満喫していた。


 イルーサは手の平サイズの弟に声を掛ける。



「ねぇイザーク、次は海に潜ってみましょう」


「ん、潜る」


「あなたの神名とよく似た名前の戦艦『ヤナト』が見つかるといいわね!!」


「……ヤナトじゃない、ヤマト」


「あらゴメンなさい。ウフフ」



 小さな弟を右肩に乗せたイルーサは、眼下に広がる『日向灘ひゅうがなだ』を見つめ、心を躍らせる。


 ウキウキ気分のイルーサは『遠足』に向けてオヤツが欲しくなった。


 よって、この地で弟が手に入れた奴隷を使う事にする。

 足元でひれ伏す奴隷達にイルーサは声を掛けた。


 無論、一瞥いちべつもしない。



「私達のお菓子を買ってきなさい」


「えっ、あ、お菓子なら、渡した亜空間袋にグェッ……」


「ハァ、何度言えば解るのかしら馬鹿勇者。勝手に口を開くなと言っているでしょう? 言葉遣いも悪い、ハデヒ王国はどんな教育をしたのかしら? ねぇ『ミスペン』王女殿下」


「もっ、申し訳御座いませんイルーサ様っ、平にご容赦をっ!!」


「次は馬鹿勇者の『子種袋』を手加減無しで『圧縮』するわ。行きなさい」


「ははははいぃぃぃっ!! さっ、立って『ユウト』っ!! みんなも早くお菓子を買いに参りましょうっ!! 早くしてっ!!」



 ハデヒ王国第三王女ミスペンは、顔を青くさせながら地面にうずくまる勇者ユウトを強引に立たせ、震える三名の女性を急かし『コンビニ』へ向かう。


 神の加護を失い、何の力も無い彼女達は全力で走る。


 イルーサのかんさわらぬように、何より、あの小さな神の逆鱗に触れぬ為に。


 海を見つめるイルーサの踏み台として置かれた、土下座する哀れな女神のようになりたくはない。


 彼女達は今日も必死に全力疾走。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 話はテナーギが異世界調査を開始した当日まで遡る。



 そこは日本国の東九州北部に在る離島。


 周囲15.5㎞、面積2.83㎢。

 リアス式海岸に囲まれた小さな島は人口約九百人。


 漁業が盛んでほのぼのとした雰囲気が特徴の離島にテナーギが侵入したのは晩夏の昼頃だった。


 次元坑の最奥には『ヌシ』が居る。それがイズアルナーギ達の持つ常識であるが、テナーギによる探索ではソレを確認出来なかった。


 まさか『主』の代わりに『出口』が存在するなどと思いもしない。


 イズアルナーギが持つ知識とかなりの違いが見られるが、彼は特に気にするでもなく、見たままの情報を使徒達に渡し、モッコス等の知識人による推測を得て調査に深みを加えていった。


 先ずは領域を全開で広げ土地の情報を得る。


 すると、ここが人の住む島であることが分かった。


 島に生える植物、生息する生物、地表を覆う気体、川や海の水、建築物等々……


 手当たり次第に神域へ送り分析し、自然物以外を元に戻す。

それを繰り返しながらテナーギは移動を続けた。



 おそらく勇者の故郷と思われる異世界の島を調査すること数十分、己を透明化して浮遊するテナーギは、いよいよ島民の調査を試みる。


 原住民を神域に招くことはせず、領域内の島民を透過観察し、身体構造を調べ、ついでに島民の脳内に蓄えられた知識も得る算段だ。


 電信柱に留まって鳴くセミを観察しつつ、テナーギはのんびりと調査を続けた。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 テナーギが全島民の調査を終えようとする頃、神域では調査結果を知った使徒達が唸り声を上げていた。


 黒騎士アルトゥイが肩をすくめ、白騎士ウルダイは眉間にシワを寄せる。



「やれやれ、異世界人は魔力を持たんと聞いてはいたが……」


「体内に【魔核】が無いとはな。今のところ、確認できた全生物に魔核が無いようだ」


「身体能力も低い、アレでどうやって戦うのだろうか?」


「知らんよ。それより勇者が魔力を持つ事の方が気になる……」



 アルトゥイは異世界人の惰弱性について驚愕し、ウルダイは勇者の特異性に疑問を抱いた。



「猊下、これは……」

「うん、教育の差、だね」



 女官カーリヤと教皇モッコスは、異世界人の知識量に興味を示した。


 特に、『小学生』と言う低年齢の少年少女が備える知識や、島民の識字率には驚嘆せざるを得ない。



「義務教育、ですか。知識の共有や普遍化は支配階級にとって利が無いと思っていたのですが……」


「驚くべき事だよ。国が民に勉学を強要するなんて。いや、奨励か? 数名ほど義務教育を放棄した若者が居た。しかし、それに対してこれと言った罰則も無いようだ」


「保護者には何らかの警告が為されるようですが……罰など無きに等しい」


「そのようだね。さて、次は宗教に関する事だが――」




 その後、使徒による異世界談義は使隷を加えた神前会議に発展するのであった。









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