第18話「邪魔をするなら殺せばいいじゃない」
第十八話『邪魔をするなら殺せばいいじゃない』
物言わぬ屈強な甲虫兵十名が左右を固め、黒騎士アルトゥイが先導し、手を繋いだサテンとイズアルナーギがそれを追う。二人の後ろに女官カーリヤと白騎士ウルダイが続いた。
彼らが向かう先は次元坑の在る監獄の最奥――だった場所。
現在、監獄は消え、巨大な砦が建っている。
この砦はイズアルナーギが散歩がてら各所で資材を集め、
その砦の一室を前にアルトゥイが立ち止まり、部屋の扉を開け、振り返って主君に一礼。
「殿下、こちらが次元坑の部屋となっております」
「ん」
無論、言われずともイズアルナーギは把握している。アルトゥイもその事は承知しているが、礼儀や形式を省く必要も無い。
コクリと頷いたイズアルナーギは、しゃぶっていた左手の人差し指をチュポンと抜いた。
余談であるが、指しゃぶりは元奴隷の少女に教わった空腹を紛らわす行為だ。『塩味がするから』と教えられた時の衝撃は、イズアルナーギにとってこの夏一番の思い出となった。
右手で母の手を引き部屋に入り、左手の濡れた指先を次元坑に向ける。
イズアルナーギの小さな指先から光が放たれ、その光の中から手の平サイズのイズアルナーギが出現。
手乗りイズアルナーギ、略して『テナーギ』を見たカーリヤとウルダイは驚愕する。この世にこんな可愛いものが存在しても良いのかっ!! と。
そのテナーギはフワフワと浮遊し、イズアルナーギの頭を超えた辺りで停止すると、その場から消えた。テナーギは己の領域を次元坑に向けて展開し、転移したのだ。
イズアルナーギの視界に次元坑内の光景が映り、支配領域となった通路が脳に刻まれていく。
相当数の
テナーギが不気味な生物を次々と庭へ送るが、腹の足しにもならない。
イズアルナーギはマッピング作業が終わるまで指をしゃぶる事にした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
テナーギは『出口』を出て周囲の探索を開始。領域に入った生物を手当たり次第に分析。探索範囲を広げながら『外の世界』を調査した。
調査をテナーギに任せ、イズアルナーギは次元坑の周囲を見つめる。
勇者によって侵入阻止の結界が張られていたようだが、惰弱すぎてイズアルナーギの関心から除外された模様。次元坑の周囲に設置されていた各種迎撃装置等も既に神域で資材となっていた。
次元坑の構造を把握したイズアルナーギは、次元坑の入り口を何の気なしに神域へ入れた。
その光景に絶句する使徒一同。
次元坑の入り口は黒い楕円形の渦であり、質量や厚みは無い。そもそも動かす事など出来ない。しかし、何でも『お庭』に入れる事が出来るイズアルナーギに『世界』の法則など関係無い。
次元坑の入り口が神域へ入ったと分かるサテンや使徒達が仰天するのも当然だ。
母サテンが笑いながら愛息の頭を撫でる。
「イザークは何でもアリだねぇ。スゴイ!!」
「んゅ? うん」
「さすが殿下です」とカーリヤが褒めれば、「無論だ」とウルダイが胸を張る。
「いやぁ、これはちょっとオカシイよね?」と白目を剥いて突っ込んだのは黒騎士アルトゥイだけだった。
こうして、『魔物』が沸く恐れのある次元坑問題が一応の解決を見せた。
この『お庭に次元坑の入り口入れちゃった事件』をオズゥから聞いたセゾン三世と宰相アーライは、悟りを開いた微笑みを見せたと言う。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
イズアルナーギが次元坑問題を解決して三日、暖かい日差しに照らされた王都の青空に悲痛な叫びが響く。
「無実だっ!!」
「我々を失えばハデヒの愚王が牙を剥くぞつ!!」
王都の中央に在る王都広場、普段は人々の笑い声が飛び交うこの場所で、直立不動の罪人達が大声を上げていた。
彼らは拘束されていない、縄も鎖も何の
野次馬達はそんな罪人共を『何とも行儀のよい罪人だなぁ』と不思議そうに眺めている。
罪人の体から自由を奪ったのは、第五使徒・王太女オルダーナ。
彼女はイズアルナーギによって覚醒を促された能力の一つ【状態維持】を使い、罪人の体を直立に固定した。
今回、オルダーナは祖父セゾン三世から逆賊の処刑を任された。
王太女の初仕事として与えられた仕事、十六歳の少女にはいささか血生臭い仕事だが、殺人に対する忌避や罪悪感を特殊な環境で育ったオルダーナは持っていない。
無論、逆賊に対する慈悲の心など知りようもない。
ただ、この世で一番可愛い弟の邪魔をしている者達、
穏やかに笑顔を見せるオルダーナの後ろに控える侍女ペルゥは、長年仕えてきた敬愛する姫が初めて見せる怒りに冷や汗を掻いていた。
神の使徒は『
使隷は自分の『
「おいっ貴様っ聞いているのかっ!! オルダーナ姫を
「そうだっ!! オルダーナ姫の不具は王国貴族の常識だっ!! 貴様が偽者である事は明白っ!! 何故陛下は貴様のような怪しい輩を――」
「黙れ下郎」
王都広場に『ターーン』と耳障りな音が響き渡る。
西の鎮護司ムンザ家当主『ライダーン』は頭部を失い死亡した。
ライダーンを殺したのはペルウ。
殺害に使用した武器は鉛色の拳銃。
広場に響いた音は銃声だった。
初めて聞いた銃声と、突然頭部を破裂させた罪人の姿に、オルダーナの関係者以外が声を失う。
驚愕し青褪める罪人達を冷徹に睨み付け、右手に握るリボルバー『イザークン44マグナム』の撃鉄を起こすペルゥ。
「よく聞きなさい貴方達。こちらに
侍女風情が
そう言いたいが、罪人達は困惑とペルゥに対する恐怖で声が出ない。民衆も固唾を呑みながらその異様な状況を見つめていた。
周囲が静かになったのを確認すると、ペルゥはオルダーナに向き直り指示を待つ。
オルダーナは軽く頷いて返答とした。
ペルゥが目礼で応える。
再び罪人達に向き直ったペルゥは、東の鎮護司当主『ガビシ・ダナーイ』に銃口を向け、『反逆・背信・外患誘致』と主な罪状を告げると、有無を言わさず引き鉄を引いた。
ガビシの頭部が吹き飛ぶ。
絶句する罪人達を無視し、ペルゥは罪状を告げながら次々と射殺していく。
六発撃ち終わると銃を二度上下に振る、その行為が何なのか罪人と民衆には分からなかったが、ペルゥの持つ武器が『魔力充填』を必要としない高価な【魔導武器】であろう事は推測出来た。
頭部を失う罪人達を見つめるオルダーナは、終始その微笑みを陰らせる事はなかった。
その様子を見ていた民衆は、彼女の肝が据わっているのか、それとも狂っているのか判断が出来なかったが、頭がお花畑の軟弱なお姫様ではない事だけは理解したようだ。
その日、鎮護司のムンザ家とダナーイ家は合わせて百九十三名が処刑された。
四族(四親等)十歳以上は皆殺し。それ以下の子供達は貴族籍を剥奪、平民に落とされイザーク教以外への教会送りとなり、終身奉公を課せられた。
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