第17話「コマッタナー(棒)」





 第十七話『コマッタナー(棒)』





「話が長くなりましたが、ハデヒ王国の勇者は、いずれかの神から加護を得ています。その勇者をイザーク様が神域にお入れになり、能力の吸収を行うと……その時機は分かりませんが、恐らく加護を与えた神が動きを見せる」



 モッコスの話を聞いたセゾン三世は天を仰いでボソリと愚痴を零し、頭を左右に振って肩を竦めた。


 宰相アーライも王と似たような仕草を見せる。


 ハァと溜息を吐き、セゾン三世はモッコスに問う。



「それは、ほぼ確定か?」


「御意。神が加護を与えるわずかな存在――いわゆる『御使みつかい』と呼ばれる者達ですな、そして勇者も御使いですが……」


「フム……その数少ない御使いを神々は見ておられる、か」


如何いかにも。私も女神からやられていましたが……時に俯瞰ふかん的に、時に信者の目を借りて、また、御使いの目を借りる事も。即ち、いずれは確実にイザーク様の存在を知る」



 王と宰相は考える。


 イズアルナーギが神々に知られたとして、何が起こるのか?


 イズアルナーギが不可触神ヤナトゥであると仮定して、それを知った神々はどう動く?


 イズアルナーギ以外の神は基本的に地上を歩き回れない、顕現けんげんしたとしてもわずかな時間。


 となれば、イズアルナーギ関連の懲罰や討伐等に送られてくるのは『地上の生物』だ、御使いや使徒も所詮は人、イズアルナーギの為だけに在る生体燃料に過ぎない。


 仮に、人間を超越する存在が送られて来たとしても、それは神ではない。不可触神ヤナトゥに勝る存在とは思えない。そんな存在が居れば最初から神々は騒がない。


 即ち、送られて来るのは十中八九『地上の生物』だろう。


 セゾン三世と宰相アーライは同時に首をひねる。


 半島で爆発的に増えているイザーク教徒を裁きに来る?

 不可触神の加護を受けた神兵軍団の壁をくぐって?


 では元凶たるイズアルナーギを殺す?

 あの無敵を? どうやって?


 その無敵は肉塊あかちゃんと幼児で二柱居ますが何か?


 王国が神敵認定されたとして、誰が前線に立つ無敵を討つと言うのか?


 国境には神兵も揃えてある。

 イズアルナーギの使徒も各地に派遣された。


 敵兵は順次イズアルナーギによって無力化され、その後神兵として戦地に送られる。極端な話、敵が多ければ多いほど味方の戦力は増す仕組みだ。


 セゾン三世とアーライは唸る、『何か問題有るのか?』と。


 王は考えても解らず、モッコスに聞くことにした。

 宰相も唸りながら美丈夫に視線を移す。



「余には分からん。イザークを知られて問題が有るのか?」


「いいえ、特には」

「だろうな。して、何が言いたい?」


「イザーク様は……何と申し上げれば……そうですね、イザーク様は『不快を覚える』ことを嫌います、もの凄く嫌います。御自分のお庭を許可無く覗かれ、そこに御座おわす母君や使徒、保護あそばした孤児や奴隷達の存在を勝手に見られたイザーク様の御心情たるや――」


「あぁぁ……それは、死ぬのぅ」


「な、なるほど、覗くのは勇者の目を使って見た神ですか。自殺願望があるとしか……」


「然様。イザーク様もまた、勇者の背後に居る神を感知なさるでしょう。その時、その神は滅び、その知識をイザーク様は吸収なされる。そしてご自分の存在をお知りあそばす。私は、その後のイザーク様がどうされるのか、悔しいですがそれが分からない」



 モッコスの懸念は、荒神が荒神として何らかの意思を持った場合の行動に対し、まったく予想が出来ない事にある。


 ヤナトゥ現る。恐らくこれは神々の世界に於いて凶報。


 その凶報に対し神々がどう動くのか。

 いずれイズアルナーギの存在は神々の知るところとなる。


 神の吸収によってそれを理解したイズアルナーギは、果たしてどのような動きを見せるのか?


 モッコスの推測による懸念ではある。


 しかし、イズアルナーギが邪神の如く暴れまわる未来は避けたい。恐怖によって得た信仰はやがて廃れる。その結果、イズアルナーギも力を失い、神話にあるように滅ぶかもしれない。


 それはモッコスにとって認められない未来だ。


 神話上のヤナトゥは孤独であった。


 だが、イズアルナーギには母や兄姉、使徒、彼を慕う大勢の信徒が居る。その違いが破滅と言う結果を覆す、モッコスはイズアルナーギにその可能性を見ていた。いや、そうであってくれと願望に近い。


 モッコスは熱く強い意志を以って王と宰相に語った。



「――と、まぁ人の身で何が出来るか、どこまでやれるか分かりませんが」


「聖職者にしておくには惜しい忠義者よな、アーライ」


「ですな。しかし、イザーク殿下の御傍おそばに侍る者は斯様かように在るべきです」


「うむ。となれば、我らも教皇殿に足並みを揃えるか」


「それが宜しいかと。次元坑の件はイザーク殿下にお任せして、我々は国全体で殿下をお支え致しましょう。どうかな、モッコス殿?」


「そう仰って頂くと、私どもとしては大変喜ばしい事ですが……」



 モッコスが申し訳なさげに、しかし嬉しそうに頭を下げる。


 だが、やはりどこか不安が残る表情だ。


 国の援護は嬉しい、しかしポアティエ王国は貴族の纏まりが欠けて久しい。


 セゾン三世はモッコスの不安を払拭するべく、穏やかに微笑んだ。



「お主の懸念は分かる、諸侯の意見は気にするな、イザークがゴミを粗方処分した。残る障害は国境沿いの鎮護司マスパダが二家、ここで『問題無い』と言ってやりたいところだが……少しイザークの手を借りたいのが本音だ、情けないがな」


「王家の名でイザーク殿下のハデヒ侵攻に向けて国境に兵を進めておりますが……はぁ、鎮護司マスパダに軍事力を持たせ過ぎました。鎮護司両家が国軍駐屯を渋り、領内の通過も認めず、領外で足止めを食らっております」


「なんと、そのような事に」



 ポアティエ王国の鎮護司は、他の諸侯以上に兵を持った領主で、外敵に対する威圧と壁としての役割を与えられている。


 セゾン三世から四代前の王が、国境に接した土地を東西に分け、西を『ムンザ家』に、東を『ダナーイ家』に治めさせた。両家が鎮護司に叙されたのはその直後。


 以来、両家は領軍の規模を拡大していった。


 セゾン三世としては見過ごせない軍事力だったが、隣国ハデヒが毎年のように国境付近で軍事的な問題を起こすので、領軍の縮小を指示出来なかった。


 しかし、今となっては過去の話。


 王妃の間諜行為によってポアティエ王国軍の規模や動きをある程度予測できていたハデヒ王国だが、もはやその優位性を失った。


 逆に、イズアルナーギの準備が整えばハデヒ側の情報は筒抜けだ。


 さらに、そのイズアルナーギが侵攻の先陣に立つ。その時点でハデヒ王国は滅んだと言っても過言ではない。


 よって、今現在セゾン三世を悩ませるのは自国の臣下という困った状況だ。鎮護司両家は領軍縮小を拒否する理由を失いつつあった。



「余は何度も書状を送ったのだがなぁ。コマッタナー」


「鎮護司のお二人はイザーク殿下を存じませんからなぁ。コマッタナー」



 恐ろしいほどの棒読みで困ったと嘆くオッサンズ。

 悲しき中年を見たモッコスは義憤に駆られる。



「然様ですか……和を乱す者はイザーク様の覇道に必要無し。イザーク様の御手を煩わせるのもはばかられる。オズゥ、鎮護司領付近に居る使徒を二名、東西に分けて処理しなさい」


「畏まりました。え~っと、西に『トトナルカ』、東に『デイラム』を向かわせます」


「宜しい。さて、陛下、宰相閣下、私は『大神殿』の方に戻ります。何か御用の際はそこのオズゥに。では」


「うむ、世話を掛ける。また今晩、食事の時に話をしよう」


「モッコス殿、わざわざご足労、深謝致します」



 セゾン三世とアーライは、とても良い笑顔で同志を見送った。




 肉塊を撫でるオルダーナの瞳から光が消える。


 弟の邪魔をするのは、誰?


 肉塊を撫でるオルダーナは北の空を見つめた。









  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る