第16話「あ、それ無理」





 第十六話『あ、それ無理』





「次元坑だとっ!!」

「馬鹿なっ!!」



 セゾン三世と宰相アーライは王宮の中庭で驚きの声を上げた。


 報告を上げたオズゥは肉塊を抱いたまま首肯する。


 オズゥと共に王宮へおもむいたモッコスは目を閉じ何事かを考えている。


 王は気を取り直しテーブルの紅茶を口にすると、オズゥに問いかけた。



「……それで、イザークは何と?」


「問題無いと仰せです。現場に向かい処理する、と」


「問題無い、か。しかし何故あの島に……」


「イザーク様は監獄島で任に就いていた獄長の記憶も見ておいでです。それによりますと、ハデヒの勇者が意図的に次元坑を創り上げたようです」


「……勇者? 聖国の勇者か? いや、そんな事より、人間が次元坑を作ったと? 有り得ん……」



 セゾン三世は額に右手を当てテーブルの紅茶を見つめる。オズゥの報告は信用出来るが、理解が追い着かない。


 頭を整理する王に代わってアーライがオズゥに質問する。



「何故、聖国アノーラの勇者があの島で?」


「閣下、勇者は聖国が派遣した者ではなく、ハデヒ王国が召喚した異世界人です」


「な、に…………」


「……イザークの調べだ、真実なのだな」


「御意」



 ドンッとテーブルに右手を振り下ろしたセゾン三世。

 アーライも眉間にシワを寄せ怒りを露わにする。



「ハデヒが何故、勇者召喚の儀を知っているっ!? 聖国に教えを乞うたかっ!!」


「やってくれる……イザーク殿下の存在が無ければ、我々はこうして怒りを表す事も出来ませんでしたな」


「チィ、異世界の勇者は危険だ……」


「それでオズゥよ、ハデヒと勇者の目的もイザーク殿下は知っておられるのだろうか?」


「……次元坑を通って帰郷した勇者による異世界の制圧、制圧後に異世界の軍勢を率いてこの世界を征服。それがハデヒ王と勇者ユウトの狙いです」


「ッッ!!」

「……愚かな」



 絶句するアーライ。呆れて溜息を吐くセゾン三世。


 オズゥも馬鹿らしく思い肩をすくめた。

 オルダーナは肉塊を撫でている。


 ただ一人、黙考を続けていたモッコスが、ゆっくりと目を開き、視線で王に発言の許可を求めた。




 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 セゾン三世の許可を得たモッコスは、目礼して懸念を語る。



「今回の件はイザーク様お一人でカタが付きます。それより問題となるのは、イザーク様がハデヒの勇者を『吸収』された場合です」


「ふむ、時間の問題だな」


「御意。いずれ必ずそうなさるでしょう。その時、イザーク様は御自分の存在と、真なる敵を御理解あそばすやもしれません」


「イザークが何者かはアレだが、真なる敵……他の神か?」



 鋭い視線をモッコスに向けるセゾン三世。

 モッコスは深く頷いた。



如何いかにも。私はこの歳になるまで中央大陸を旅して回りました。神学の徒を自負する私は、その土地や民族ごとの宗教も多く学びました。そこで、多くの神話にまつわる一つの共通点を知ったのです」


「それが、イザークに関わる事なのだな?」


「老いぼれの推測に過ぎませんが、恐らく間違いはないかと」



 セゾン三世は目を閉じて天を仰ぎ、軽く深呼吸する。

 アーライはゴクリと生唾を呑み込み、心配げに王を見た。


 驚きへの心構えを整えたセゾン三世が紅茶を一口飲み、モッコスに続きを促す。



「スマン、続けてくれ」


「はっ。神話の共通点は、山岳の少数民族や辺境の遊牧民に伝わる神話に、『不可触神ヤナトゥ』と呼ばれる存在が登場する事です。文化も民族も住む土地も違うのに、ヤナトゥという神の名は同じ。そして、ヤナトゥに関する禁忌も同じでした」



 王と宰相はモッコスの話に聞き入っていた。

 そして、予感もしている。


 オズゥも初めて聞く話に興味津々だ。

 オルダーナは肉塊を撫でている。


 一礼して紅茶を飲むモッコス。


 申し訳ないと思いつつも、セゾン三世は続きをかす。



「して、その禁忌とは?」


「神の名に則す、そのままです、その神『触れるから』と。決して触れるな、この『触れる』の解釈はこちらで考えねばなりません」


「……この話の流れからすると、イザークは、ソレか?」


「恐らく。そして神話にはこうあります、『ヤナトゥの生ずるに種の優劣貴賤無し。ただ天の思うところなり』。要するに、天と言う存在の意志によって、この世の生物はすべてヤナトゥに成り得ると言う事です」



 王と宰相の予感は当たった。

 オルダーナは肉塊を撫でている。

 オズゥはウンウンと頷いているが、深く考えていない。



「不可触神か……当て嵌まりすぎて否定出来んわ」


「今回はイザーク殿下がその『天』とやらに選ばれたのか……」



 苦笑を浮かべつつも悲観的な感情は無いセゾン三世。


 腕を組み、何やらブツブツと呟くアーライも、特に不安を感じていない。


 両者のイズアルナーギに対する感情も変わらなかった。


 ただ、無敵伝説が補強されたとは思った。


 オズゥはオルダーナと共に肉塊を撫でる事にした。難しい話は偉い人がすればいいのです、と、先ほどまでの『出来る女に見せる努力』はめたようだ。


 セゾン三世は苦笑を浮かべたままハッとする。


 モッコスの言わんとすることを理解し、そして疑問が浮かんだ。



「何故、山岳や辺境に住む者達だけ、ヤナトゥの神話が残っている?」


「逆ですな。我々が、いや、多くの信徒を持つ神々がヤナトゥの名を残す神話を消し、我々がヤナトゥを忘れた」


「何故そんな事を?」


「陛下、イザーク様の御力は生体燃料の摂取から得られたものだけでは御座いません」


「イザークの力? 元から……いや違う、信仰か」



 王の答えに微笑んで頷くモッコス。

 アーライも納得し、次いで膝を打った。



「そうかっ、ヤナトゥを信奉せぬようにっ!!」


「無論、信仰心はイザーク様の御力の源となる一つの要素です。しかし、イザーク様のこれまでを考慮しますと、信仰による能力の増強はかなりのもの、捨て置いてよいものではない」


「なるほどな、小賢しい」



 王と宰相の納得を確認し、モッコスは話を戻す。



「話が長くなりましたが、ハデヒ王国の勇者は、いずれかの神から加護を得ています。その勇者をイザーク様が神域にお入れになり、能力の吸収を行うと……その時機は分かりませんが、恐らく加護を与えた神が動きを見せる」



 セゾン三世は再び天を仰いで愚痴をこぼした。


 それ対応出来るのイザークだけだな、と。






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