第15話「先っぽだけ、先っぽだけ穴に……」





 第十五話『先っぽだけ、先っぽだけ穴に……』





 ポアティエ王国歴645年、朝の冷え込みが夏の終わりを告げる時期、サテンは息子の手を引き、朝日の眩しい浜辺を散歩していた。


 本来、神々や『神籍しんせき』を与えられた眷属は下界ちじょうに長時間居られない。これは神界の常識、そもそも神々は体の構造からして下界での活動に不向きである。


 しかし、イズアルナーギが先天的にそなえていた権能は少しばかり、いや、かなり異常だった。


 神である自分は当然だが、イズアルナーギの恐るべきその権能は、母を筆頭とする神籍を与えられた眷属達も不自由無く下界を歩かせる事が可能。何なら下界に住んでも問題無い。


 その権能を知った神学者モッコスは驚愕する。勃起不可避。


 新たな真実を得たモッコスは『やはりイザーク様は……』と、自分の推測が補強され賢者タイム突入準備完了。


 モッコスの雄しべが白い花粉を撒き散らす。

 幼神への信仰と言う名の雌しべに受粉させた。ふぅ……。


 自室を濃厚な栗の花の香りで満たし、モッコスはここ数年至った覚えの無い大賢者になった。本当に有り難う御座いますと幼神に深謝する大賢者。


 大賢者モッコスは、イズアルナーギが権能を十全に活用出来るように全身全霊をって補佐すると誓った。


 取り敢えず、モッコスの話は結構どうでも良いので話を戻そう。




 現在、母と散歩中のイズアルナーギは既に三歳児ほどの体格になっている。


 成長の速さに寂しさを覚えるサテン。


 しかし、神であるイズアルナーギの体格など在って無きようなモノ、自分の意志や信者の願いで体の造りを変えられる為、サテンの寂しさは一時的なものだ。


 本能を優先する肉塊的には、周囲の保護欲を掻き立てる現在の幼いイズアルナーギ状態こそが、現時点での最適体形だと認識している。


 イズアルナーギ本人は珍しい昆虫の事以外あまり興味が無い。既に成人の知識を多く吸収したイズアルナーギだが、自分の体格など気にした事も無い。


 幼い息子の手を引いてゆっくり歩く母サテンは、ずっと幼いままの可愛い息子でも全然構わないと思っている。むしろ眷属が皆そう願っていた。



「イザーク、寒くない?」

「うん」


「お腹すいてない?」

「うん」


「お散歩楽しい?」

「うん」


「そう。うふふ」



 口数の極端に少ないイズアルナーギだが、表情は比較的豊かである。今も母との散歩を微笑みながら楽しんでいる。


 散歩のついでに、さり気なく周囲の微生物を生体燃料搾取で虐殺しているのはナイショだ。離れた場所に居る盗賊も数人殺したが問題無い、笑顔だ。


 そんな表情豊かなイズアルナーギだが、母と使徒以外にはほぼ無表情しか見せず会話もしない、そのうえ顔を向ける事すらしない。


 彼にとって、母や使徒(眷属)以外は路傍の石と変わらない。


 例外はセゾン三世と幼い兄姉達だろうか、表情は崩さないが頻繁に言葉を交わす。宰相アーライはギリギリ例外ラインの内側。




 さて、二人が親子水入らずで散歩する場所は、王国の北西に在る漁村。隣国ハデヒ王国と国境を接する廃村である。


 かつては三百人ほどの漁民が暮らしていた村だが、ハーゼイ島をハデヒ王国に奪われて以降、頻発する兵士同士の戦闘や、ハデヒ王国海軍による漁船の不当な拿捕等が続いた結果、五十年ほど前に村から人影が消えた。


 現在、この廃村は盗賊等が利用する仮拠点的存在となっており、周辺の治安は極めて悪い。


 今日はイズアルナーギが領主として赴任する日。


 既に『支配領域』を展開し約90㎞先の島内状況を把握し終わっていた。


 ついでに、廃村に潜みサテンを狙っていた匪賊ひぞくは排除済みである。今後、彼らの肉体や能力等は素材として役立つ、かもしれない。



「そろそろ戻ろっかイザーク」

「……うん」


「うふふ、また今度来ようね」

「うん」



 ほんの少し名残惜しさを見せたイズアルナーギだったが、次回があるならばと素直に従った。


 散歩同伴者がモッコスやアーライであったなら、イズアルナーギが逡巡しゅんじゅんした時点で前言を撤回し散歩を続けたはずである。イズアルナーギが寂しげな表情を浮かべた瞬間自害するかもしれない。



 母と子は砂浜に足跡を残しながら廃屋となった民家を目指す。


 その廃屋の入り口に立つ女性達に向かってサテンは手を振った。


 主とサテンを待つのは二人の女性。


 第二使徒の女官カーリヤと、第三使徒の後宮騎士『ウルダイ』である。


 この二人は侍女時代のサテンを王太子妃らの虐めから何度も守り、諫言かんげんして鞭打たれた経験を持ち、二人そろって蟄居ちっきょ室に閉じ込められていた。


 モッコス加入後すぐに神域へ招かれ使徒となり、以後も変わらずサテンを守り続け、必ずどちらかがサテンの傍に居る。


 これはイズアルナーギの指示でもある。さらに、彼女達二人はサテンと対等に会話する事が許されている。サテン的には姉に等しい立場だ。



「たっだいまー!!」

「……帰った」


「お帰りなさいませイザーク様。お帰りサテン」と微笑むカーリヤ。


「お帰りなさいませ殿下。早かったなサテン」と周囲を警戒するウルダイ。


 サテンが笑って短い散歩の不満を述べる。



「ちょっと風がねぇ」

「なるほど。殿下、冷えますのでこちらへ」


「ん」

「おうふ。では失礼して」


「チッ」



 イズアルナーギの抱っこ万歳ポーズに悶える後宮騎士ウルダイ。先を越されたと舌打ちを鳴らす女官カーリヤ。二人はとても仲が良い。


 長い銀髪を揺らし、白金色の全身鎧を身に纏った高身長のウルダイは、主君を抱き抱えながら軽やかな足取りで廃屋に入って行った。


 浮かれる相棒の姿に軽く頭を振り、苦笑を浮かべる金髪碧眼の美女カーリヤは、頭一つ低いサテンの横に並び、散歩の様子を聞きながら廃屋へ入る。





 彼女達が廃屋内で談笑を始め、ウルダイの胸の中でイズアルナーギが舟をぎだした時には、イズアルナーギによるハーゼイ島制圧は完了していた。


 制圧完了後の島内には神域から続々と神兵が送り込まれ、第四使徒たる騎士『アルトゥイ』の指揮のもと、着々と整備が進められる。


 短い茶髪と精悍な顔つき、イズアルナーギが作った長剣を腰にき、後宮騎士ウルダイとは対照的な漆黒の全身鎧を纏う若き偉丈夫アルトゥイは、乱暴に頭を掻きながらボヤく。



「これは参ったなぁ……取り敢えず突入は見送り、だな……」



 彼の碧い瞳に映るのは、解体された監獄の最奥に在ったと思しき大きな『黒い渦』、不気味な穴。



 人はそれを『次元坑じげんこう』と呼ぶ。






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