第12話「余は激おこプンプン王である」





 第十二話『余は激おこプンプン王である』





 話し合いに加わったオルダーナの為に席をもう一つ用意する事となった。


 小さなテーブルに紅茶が三つ、席に着くのは肉塊を抱いたオズゥ、宰相アーライ、そしてオルダーナ。セゾン三世は玉座に腰を据える。


 肘置きに右肘を置いて顎鬚アゴひげをしごきつつセゾン三世がウムムと唸る。



「なるほど、教皇殿が神域へ招かれた数日後に、オルダーナも神域へ招かれておったか……ちぃ、やはり余の許で育てておくべきであった」


「然様ですな」



 王の後悔に深く同意するアーライ。宰相としても、王族が神域へ招かれた事実を知る時期が遅れたのは痛い。


 だが、その王族神域招待第一号であるオルダーナが、王の後を継ぐと立候補してくれたのは有難い事だった。


 継承権第一位たる第二王子は兄のセバンほど愚かではないが、お世辞にも優秀だとは言い難い。大器や名君という言葉から大きく離れた人物だ。彼の子供らも暗愚ぞろい。


 子の優秀さと言う点では兄のセバンに軍配が上がる。例外はセバンの長女のみ。


 侍女時代のサテンを虐めた報いか、母である王太子妃と共に衰弱死した長女だが、実は父セバンの血を引いておらず、王宮勤めの庭師が彼女の父親である。


 この情報を入手したのはイズアルナーギ。その衝撃的な事実はつい先ほど王に伝えられた。


 イズアルナーギの調べでは、長女を除く全員が優秀。


 イズアルナーギを含め男子四名、女子八名。男子は勿論イズアルナーギが最優秀だが、女子は次女のオルダーナと七女のイルーサが伯仲し、最優秀を争う形である。


 この話し合いの場でそれを伝えたところ、セゾン三世は大層喜んだ。


 アーライなどは『セバン殿下はサンデ・サイレスですな』とたとえた。


 サンデ・サイレスは、名馬を輩出し続けた大種牡馬しゅぼばである。


 セゾン三世はハハハと笑ってオルダーナの今後を語る。



「とにかく、次の王太子、いや王太女か? 前例が無い故わからんが、早々に手続きせねばならん」


第二王子アセン殿下や王妃殿下が気になりますが……」

「フンッ、イザークの選別に漏れておる時点で――ん?」



 王と宰相のボヤキに、オズゥが右手を上げて割り込む。侍女にあるまじき行いだが、どうやらイズアルナーギから連絡ねんわが来たようだ。



「……うわぁぁ。えっと、あの、そのぉ」


「イザークか?」


「はい、陛下をお招きして、直接伝えると仰せです」


「ほほう、それは楽しみだ。イザークよ、いつでも良いぞ」



 孫の招きに笑顔を見せたセゾン三世が、一瞬にしてその笑顔を真っ赤に染める。怒髪天をくとはまさに今の彼を表す言葉だろう。


 皆はその様子を見て『あぁ、行って来たんだなぁ』と気付いた。


 しかし、何を伝えられたのか分からない。

 良くない事だとは察したが。



「あンの売女バイタがぁぁっ!!」

「へ、陛下っ!? オズゥ、陛下は何を聞いたっ!!」


「いや、私からはその~……」



 荒ぶるセゾン三世をなだめ、理由を探る宰相アーライ。


 理由を聞かれても言えないオズゥ。

 事態が把握できない官吏一同。


 結局、荒ぶる王が数名の人物を呼び出す事で落ち着いた。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 王に呼び出されたのは衰弱した王妃、第二王子、王室御用達商人。第二王子一家も呼ばれているが、廊下で待機している。


 アーライは商人を見て『王妃達が無駄遣いでもしたか?』と推測したが、それにしては王の怒りが凄まじい。


 恐ろしい形相のセゾン三世を前に若干気圧された王妃は、いつものように居丈高な姿勢を見せず、侍女に支えられて苛立たし気に立っている。


 侍女や宰相、謎の少女が自分を差し置いて椅子に座っているのは頭にくるが、その椅子に座る侍女が抱いているモノを見て絶句、その正体を理解して大人しくなった。


 周りをよく見れば自分達を囲む全身鎧の騎士達も不気味だ。


 頭をスッポリ覆う兜で顔は見えないが、目の部分に開けられた細い隙間から時折青白い眼光が見えるし、『グチュリ、シュルル』と奇妙な声を首の隙間から漏らしている。


 王妃はチラリと肉塊に視線をり、恐怖で俯いた。



 第二王子はガタガタ震えながらひざまずいている。


 とにかく父王が恐ろしい。

 肉塊の事など目に入っていない。



 御用商人は落ち着いた様子だが警戒している。しかし、自分に危害が加えられるとは思っていない。


 王妃や第二王子に多額の融資をしているし、隣国『ハデヒ』の王家ともよしみを通じている。


 小国ポアティエの王など恐るるに足らずの姿勢だ。ただ、侍女が抱く醜い物体は気になってしょうがない。


 静まり返った玉座の間に、低くうなる王の声が響いた。



「さて、『親子』がそろったところで始めるとしよう」


「へ、陛下、わたくし気分が優れませんの、部屋に――」


「次にっ、次に許し無く口を開けば首をねる」


「ッッ!!」

「!!!!!!」



 有無を言わさぬ王の言葉に驚愕する王妃と第二王子。

 御用商人も警戒レベルを数段上げた。冷や汗が背中を伝う。



「さて、“女”と商人よ、もう気付いておるな?」


「……」

「……」


「問答は無用。女よ、余から短剣をたまわるか、酒を賜るか、好きな方を選べ」


「なっ!!!!」



 王が短剣を贈る、それは自害せよと言う意味を持つ。


 男性の場合は剣を贈り、自刎じふんさせる、つまり自ら首を刎ねよと言う意味だ。


 酒の場合は毒酒、毒をあおって死ねと言う事である。女性はこれで自害するのが一般的。



「早う致せ、自害は余の慈悲ぞ。それとも何ぞ言う事でもあるのか?」


「わ、わ、わけを」


「理由か? ふむ、そこな商人なら知っておろう」


「……いやいや、愚昧ぐまいなる商人の私には何がぁぁああああああああっ!!」



 横柄な態度で何事かを言おうとしていた商人、彼の両脚はひざが逆に曲がっていた。


 激痛に叫ぶ商人だったが、今まで微動だにしなかった全身鎧の騎士達に拘束され顔面を数発殴打されると、膝と顔面の激痛を一瞬忘れてしまうほど不気味なその『甲虫兵きしたち』に恐怖し、自ら口を押えて静かになった。


 一瞬で起こった惨状に王妃は気絶したが、隣に立っていた甲虫兵に頬を張られて意識を戻す。


 第二王子は失禁して水溜まりを作っていた。



「言い忘れておった。余の孫は不思議な力が使える、この場での嘘は死に繋がると知れ」



 セゾン三世の言葉に困惑する王妃と第二王子。


 孫とはいったい誰を指すのか?


 該当しそうな年齢の者は席に着く謎の少女のみ。

 だが二人は謎の少女がオルダーナである事を知らない。



 となれば、残るは――



 二人の背中にネットリとした汗が流れた。





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