第11話「飛び立つ籠の鳥」





 第十一話『飛び立つ籠の鳥』





 わずかな休憩を挟み、話し合いは再開された。


 議題はイズアルナーギの処遇だが、王国が彼をどうこう出来ようはずもないので、実質一方的にイズアルナーギ側の要求を王国が承諾する事になる。


 しかし、セゾン三世と宰相アーライはイズアルナーギの立太子を諦めきれない。



「どうしても駄目かのぅオズゥ?」

「いいえ、イザーク様はどうでも良いと仰せです」


「ほほぅ!! ならば――」


「お待ち下さい陛下、イザーク様から伝言です。『オルダーナは賢い』と」



 オルダーナ。


 その名を聞いた者達は表情を曇らせた。


 先日衰弱によって死んだ第二王太子妃が産んだ次女オルダーナ。


 オルダーナは生まれつき耳が聞こえない、必然的に話す事に難がある。さらに、彼女は弱視、眼鏡等で補えないほどの低視力だ。


 現在、オルダーナは太子宮の一室で軟禁状態である。


 彼女は両親の愛情を知らずに育った。


 厄介者扱いだが、容姿が優れていたので、『贈呈用』として飼育されていたと言っても過言ではない。


 セゾン三世は可愛らしい彼女を哀れんではいたが、手の施しようもなく、慣例に従って母親に任せた。


 それが軟禁となるのだが、オルダーナのような存在が王家や貴族家で生まれた場合、そうするのが普通である。


 もし、彼女が平民として生まれていたとしたら、まず間違いなく娼館へ売られている。娼館ならば食うに困らないからだ。親は未来と現実を考慮して娼館へ売る。


 オルダーナと言う名を王宮内で口にする者は居ない、そこには暗黙の了解が成立していた。彼女はそんな存在だ。


 たとえ幼神ようしんが彼女を賢いと褒めたところで、彼女の扱いが変わる事はない。お世話係の侍女が誇らしく思う程度だろう。


 実際、セゾン三世も宰相アーライも、「そう言われても」と困惑気味だ。


 これは困ったと頭を悩ませる二人の前に、突如可憐な少女が出現した。



「……は?」

「こ、これは……」


「お久しぶりで御座います陛下。オルダーナ、参上致しました」


「オ、オルダーナ……だとっ!?」



 腰まで伸びた亜麻色の髪を揺らし、薄い水色のドレスを着た碧眼の少女は、病的なまでに白い肌を薄く紅色に染め、ニッコリ笑って祖父セゾン三世に首肯で応え、チラリと肉塊に視線を向け微笑む。



「弟のお蔭をもちまして、耳も目も不自由なく」


「弟……イザークかっ!! 何とまぁ……なるほど、神域へ」


「はい。私は第五使徒だそうです」


「……はは、はははははっ!! そうか、お前がっ、そうかっ!!」



 玉座の肘置きをバンバンと叩いて笑うセゾン三世。

 宰相アーライも釣られて笑う。


 周囲の者達も王と姫のやり取りを聞いて状況を推測し、これは慶事だと拍手を送った。


 イズアルナーギがオルダーナに施したのは『改造』である。


 イズアルナーギの『庭』に入った存在はすべて『アイテム』扱いとなり、彼がそれに手を加える事など造作もない。『素材』は沢山有るので、足りないものを補う事や、さらに加えると言った増強も可能だ。


 オルダーナとイズアルナーギは随分前から交流があった。交流と言っても、直接出会ったわけではない。


 王宮を支配領域で埋め尽くした肉塊が物言わぬ少女を見つけ、興味を持ったイズアルナーギが一方的にオルダーナの脳に話し掛けていたのだ。


 当初、イズアルナーギの幼い声を聞いたオルダーナの驚きは相当なものだった。


 彼女はその時、生まれて初めて『音』を聞いたのである。


 しかし、言葉が解らない、言語を理解出来なかった。


 それを知ったイズアルナーギは言語を介さずイメージで会話を試みる。これが成功した。


 二人は毎日語り合った。


 オルダーナはイズアルナーギが母違いの弟、つまり自分に似た存在だと教えられ驚喜した。


 その弟が両親を殺した事に対しては何も思うところは無い。音も無く僅かな光のみの世界で十六年生きてきた彼女が、人の死に対して何かを思う事は難事であった。


 そもそも、会話すら交わしたことのない相手の事など言わずもがなである。


 ある日、イズアルナーギはオルダーナを『庭』に誘った。『お庭で遊ぶ』、彼が言う庭が白い世界である事はイメージで分かったオルダーナだが、それが普通の庭ではない事は知らなかった。


 オルダーナは一般的な普通の庭すら知らない、白い庭だから何だと言う話だろう。


 そんなオルダーナは招かれた庭に立った瞬間絶句、何故なら、周囲を見渡すことが出来たからだ。


 つまり、目に不自由を覚えていない。しかも、幼児を抱えた少女の挨拶と、神官服を着た美丈夫の挨拶がハッキリ聞こえる。言語を理解した上で、聞こえているのだ。


 この神聖なる庭の中では、招かれた者に不自由は訪れない。


 若干パニックに陥ったオルダーナだったが、サテンやモッコスの話を聞くうちに落ち着いていった。


 ずっと話し相手になってくれていた弟が神だったと聞いた時は再びパニックに陥ったが、状況は把握した。


 そして生まれて初めて信仰とその対象を得た。


 イズアルナーギが彼女をここへ呼んだ理由、それはただ遊びたかったからではない。


 モッコス等の使徒や信徒が増え、支配領域の拡大によって『素材』――つまり、敵対した人間や、危険な動物等の収集が一定値を超えたため、イズアルナーギはその素材を消費する事にした。


 即ち、素材を使った信徒の『改造きょうか』だ。


 その際、オルダーナの事を聞いたモッコスが救済を提案。


 イメージで会話の出来るイズアルナーギは特に不便だとは思わなかったが、母やモッコスの助言に従う事にする。


 姉の目と耳の治療、ついでに知識の埋め込みと肉体強化もやってしまおう、どうせなら強いお姉ちゃんにしてしまおう。


 イズアルナーギはそう思い少し気合を入れた。


 治療の話を聞いたオルダーナは一瞬の逡巡もみせず首肯した。


 彼女の気合も十分だ。


 イズアルナーギの庭で施術失敗など有り得ない。ただ、彼がそう在れと望むだけで形となるのだから、成功は確実。


 目と耳の治療も、厳密に言えば素材など要らない。しかし、今回は強化が目的。


 イズアルナーギはその優秀な姉をより『強く』したかった。


 オルダーナは若干の緊張を見せる。

 目を閉じて体を強張らせた。


 だが、まばたきする間もなく施術は終わる。


 気合を入れていたオルダーナは僅かに赤面した。常識等の知識を得た弊害と言える。


 こうして、新たな視覚と聴覚、そして丈夫な体と豊富な知識を得た彼女は、幼い頃から自分を世話してくれた侍女と共に神域へ移り住んだ。


 太子宮の一室に軟禁されていた彼女が消えた事を知る者は居ない。


 お世話係の侍女『ペルウ』は定期的に太子宮に姿を見せ、お披露目のその時が来るまで、敬愛する姫の失踪を誤魔化し続けた。




 時は流れ、鳥籠とりかごに入れられた賢いスズメが、大鵬タイホウとなって大空へ羽ばたいたのは、小さな神に扉を開けられ『行っておいで』と言われた日だった。








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