第10話「なぁに、死にはせんよ」





 第十話『なぁに、死にはせんよ』





「――と、現状は斯様かようになっております」



 静まり返った玉座の間で、これまでの経緯と諸事情を包み隠さず朗々と語り終える侍女オズゥ。胸に抱く赤ん坊は相変わらずスヤスヤと寝ている。


 話を聞き終えた皆の様子は大差ない。


 信じられない。

 それが、玉座の間に集まる者達の思い。


 ただし、王と宰相の二名だけはその限りではない。


 セゾン三世と宰相アーライは頭を抱えた。


 思っていたより王孫が大物だった。いや、大物と表現するのも畏れ多い存在だった。


 二人と他の者達の違い、それは『庭』に招かれた者とそれ以外との違いだ。


 二人はつい先ほどまで白い世界でモッコスやサテン等と会談し、イズアルナーギに「じぃじ」「あーらぃ」と呼ばれ萌え苦しんでいた。生体燃料搾取によって衰弱した体も元に戻っている。


 さらに、モッコスから城内の者を救う為に必要な条件も教えられた。


 推測ではあるがと付け加えられたうえで『恐らく信仰対象の有無、信仰心の強弱、深層心理に潜む悪意の有無』が、肉塊による選別に関わっていると言うものであった。


 モッコスはこれで王国に対する己に課された使命をまっとう出来たと安堵した。



 さて如何にすべきか、と頭を働かせる王と宰相を余所よそに、若い将軍が声を荒げた。


 一番威勢のいいオーコン将軍の再登場だ。



「妄言も大概にしろ女っ!! ソレが神だと!? 神域を持つ? 挙句に自分は使徒? すべて何の証拠も無いではないかっ!! ソレを王孫と称し簒奪さんだつを企む大逆者めっ!!」



 その大声を聞き、ついに肉塊が目を覚ます。


 肉塊あかんぼうの覚醒を一番近くで見ている王と宰相は気が遠くなった。


 肉塊は本能を優先すると聞いている。この場合どう言った本能が発揮されるのか見当もつかない。


 確かに、将軍の言い分も解る。しかし、簒奪は無い。


 そもそも、簒奪とは帝位や王位を非継承者が不当に奪うといった意味だが、太子を廃されたとは言え嫡子の子である肉塊は、ポアティエ王国の王位継承権を所持している。


 セゾン三世もついさっき『ここに来る肉塊は王孫だ』と言ったばかりだ。


 しかも、現在継承権第一位である第二王子は立太子を終えておらず、王太子ではない。次代の王であると確約さていない。


 つまり、王太子を決めていない現状では、男性王族の継承権は順位の高低こそ有るものの実質横並び。


 簡単に玉座を狙える立場にあり、しかしその玉座に興味を持たず放置している肉塊が皮肉にも一番玉座に近いと言える。


 王に嫡孫と認められ、継承権を放棄していない肉塊だが、権威や権力に何の魅力も感じていない。簒奪など面倒臭いのでやる気も無い。


 だが、そんな事はどうでもよいとばかりに多くの将軍から批判の声が上がりだした。


 声を荒げる将軍達の目に映るモノが王や宰相と同じだったならば、このような面倒極まりない状況に陥る事もなかったかもしれない。


 肉塊が怒って行動を起こす前に、将軍達を黙らせるべく王と宰相が同時に一喝しようとしたところ、一瞬で将軍達が口を閉ざし直立不動状態になった。


 王と宰相は「あぁ、終わったかー」と、目頭を摘まんでほぐし溜息を吐く。


 両名は視線で侍女オズゥに説明を求めた。



「……はい、えぇ、はい。イザーク殿下が仰るには『じぃじにあげる』だそうです」


「そ、それは、どういう……」


「……はい、はい。『強い兵隊にした』と仰せです。どうやら殿下は『お庭』で昆虫と将軍達をコネコネしたようですね」


「そ、そうか。フフッ。では有り難く頂こう。すまんなイザーク」



 祖父に感謝を述べられた肉塊は、笑顔の祖父を一瞥して眠りに就いた。


 その軽いやり取りにホッとするアーライはくだんの将軍達を見渡し、家名だけで地位を手に入れた凡将ばかりだった事に軽く驚いた。代表格のオーコンもその中に入っている。


 ゴミ処理と補充を一瞬で済ませた王孫に感服するアーライ。

 同時に、玉座の間も静かになって良い事尽くめである。


 アーライは一同を見渡し、何か意見のあるものはと問う。


 すると、数名の文官が「我々もオズゥのように神域に行けるのか」と聞いた。彼らは王と宰相が既に神域へ行った事実など知らない。


 侍女オズゥに視線を向けるアーライ。


 オズゥは目を閉じ数度頷いて「可能です」と答えた。


 そう答えた瞬間、侍女と女官は全員、文官は二名を除いて他すべて、武官は六名、彼らは愕然として両膝を突き、肉塊に頭を下げた。


 意味が分からないのは二名の文官と多数の武官。害意は無いが、悪意を持ち性根が腐っている下衆どもである。


 そんな下衆どもでも、状況を見れば嫌でも理解する。自分達は時間の進みが違うという神域に呼ばれず、他の者は行って来たのだ、と。


 するとどうだ、今度は差別だ依怙贔屓えこひいきだとわめき散らし、簒奪者と罵った肉塊に対して神域へ連れて行けとせがむ始末。


 喚く彼らに、先ほど神域に招かれた者達が憐憫れんびんと侮蔑の眼差しを向ける。


 当然だ。


 何故なら、この場に居る者達は全員一度神域へ招かれているからだ。


 そして、イズアルナーギに拝謁し、モッコスに話を聞き、最後に女官カーリヤから忠告を与えられ下界へ戻って来た。


 その忠告を守ったものが大多数を占めたが、守らなかった者達が現在騒いでいる愚か者達である。


 彼らを鎮めるため、宰相アーライが一喝し、場が静かになったところで説明を始めた。



「――つまり、貴殿らは一度神域へ招かれている。王太孫殿下によって平等にな。そして、使徒カーリヤの忠告を破った。即ち、『イズアルナーギ様を利用しない』と言う彼女の忠告を破り、貴殿らは、いや貴様らは殿下を利用すべく思考を働かせた」



 鋭い眼光で睨み付ける宰相に顔面蒼白となる若い将軍達。


 それを鼻で嗤い話を続けるアーライ。


 立太子を願う彼の気持ちは悪意にあらず、イズアルナーギを利用する気も更々無い。有ればコネコネされていただろう。


 知らず知らずのうちに処分を免れていたアーライは、眼光鋭く愚か者達に告げる。



「故に、モッコス殿と交わした制約通り、貴様らは神域での記憶を失い、そして行動の自由を失った。信じられぬなら隣の者を殴ってみよ、出来ぬはずだ。ちなみに、攻撃の命令も下せん。口頭での指示、書類での指示、すべてだ。文官の二名は筆を持てず、弁を振るえず、策を練る事も出来ん」



 驚愕する愚者一行。

 互いを見つめ合い慌てふためく。



「う、嘘だ……」

「そんなコケ脅しに……馬鹿な!!」

「なっ、なにぃ!!」

「ッ!!――ッ!!――ッ!!」



 腕を振り上げ、拳を握り締め、いざ殴ろうと必死に力を籠めるが、腕は上がったまま動かない。


 肉塊を仕留めろ、捕縛せよ、そんな声すら上げられない。


 その事実に愕然とする将軍達。

 文官二名は恐怖で気を失った。


 兵として、武官として、戦場に立つ者として、あらゆる攻撃手段を失った将軍達に存在価値は無い。


 戦場に居るだけで士気が上がる、そんなカリスマを持つ人物が居れば別であるが、残念ながら彼らはそれに当て嵌まらない。


 絶望し、力なく両膝を突く将軍達に、微笑みを浮かべ優しく声を掛けるのはセゾン三世。


 だがしかし、目は笑っていない。



「将軍達よ心配するな、イザークは貴様らの命を奪わなかった、実に慈悲深い。さらに、今後の職まで用意しておる、喜ぶがよい」



 若手の中で階級が一番高い将軍がホッとして王に問う。



「王太孫殿下に深謝を。して、如何様いかような職を?」


「ふむ、神域には王都中の少数民族奴隷が居ってな、彼らはもう王都に戻らん」


「さ、然様で……」


「衛兵も不足しておる、余が欲する衛兵は、ほれ、そこにるような強兵が良いな。さぁ、どちらか選ぶがよい」



 絶望に染まった将軍達は言葉を失う。


 奴隷か、それともイズアルナーギによって昆虫と混ぜられた物言わぬ人形のような兵か、どちらかを選べと王は言っているのだ。


 暴れて抵抗しようにも攻撃手段が無い、大扉の前に立つ近衛を押し退け逃げ出せるとも思えない。


 そもそも、自分達はずっと肉塊のテリトリーに入っていたと言う事を改めて思い出した。


 彼らは最初から詰んでいたのである。死なないだけマシと思うほかない。


 結局、全員が奴隷化を選び、近衛兵に締め上げられながら玉座の間を後にした。生体燃料の搾取量も増えると思われる。


 思いがけず不良在庫が処分出来たと、王や宰相そして経理を担う文官達は喜んだ。真面目な武官達も、これでようやく軍がまともになると笑みを浮かべる。


 セゾン三世は深く溜息を吐き、右手を上げて皆の視線を纏める。



「これで、落ち着いた話し合いが出来るな。誰ぞ、テーブルとオズゥの席を、あぁ、飲み物もな。紅茶でよいかオズゥ?」


「はい、お気遣い痛み入ります」


「ふむ。では席を設けるまで休憩としよう。皆の者、下がれ」




 セゾン三世は眼前の孫を可愛がる為に休憩を入れる。


 息子が犯した侍女を憐み、生まれた孫に深く慙愧ざんきの念を抱いていた王は、特に何の問題も無く肉塊とイズアルナーギに赦された。


 肉塊はセゾン三世の比較的まともな資質を認め、イズアルナーギは『僕と繋がってる?』と思ったのでコネコネしなかった。王太孫ラヴになったアーライは王のオマケとして助かったようである。









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