第9話「控え居ろうっ!!」







 第九話『控えろうっ!!』





 王としての義務もそこそこに、覇気を無くしたセゾン三世は、道具屋夫妻に何の期待もせず、ただ無気力に玉座に座り虚空を見つめていた。


 そんな主君を見ておられず、目を閉じ黙して報告を待つ宰相アーライ。


 玉座の間に控える近衛や侍女、部屋の左右に並ぶ武官も文官も、下を向いて緊張していた。


 緊迫した空間に駆け足の音が響く。

 皆が一斉に扉へ顔を向ける。


 扉の前で止まった足音。


 しばらくして勢いよく扉は開かれ、一人の兵士が駆け込んできた。


 玉座から少し離れた場所で跪き、上から言葉が掛かるのを待つ。


 王に代わって宰相アーライが兵士に問う。



「何事か。申せ」


「はっ。侍女オズゥが王太孫殿下をお連れしたよし


「…………は? そ、それは、肉塊の事か?」


「はっ。しかし、数名の侍女はソレを『見目麗しい赤子』と申しております」


「……幻惑か? それとも見る者によって外見が変わるのか? いや、数名の侍女は、と言ったな……であれば……」



 アーライはセゾン三世を見る。


 廃太子の子が王太孫とは笑えない冗談だが、王はわずかに眉根を寄せ、目に力を宿していた。


 これは良い傾向だと判断したアーライが兵に確認を取る。



「詳細は侍女オズゥに聞く。つまり、肉塊は後宮を出た、そう言う事か?」


「御意に」


「分かった、下がれ」



 一礼して下がる兵士を一瞥し、アーライは再び王に目をる。


 王もまたアーライを見ていた。王は正面に目を戻し、口を開く。



「悪意を捨てよ。復讐を願うな。これからここへ来る者は王孫である。出来ぬ者は去れ、去ってかわやで首刎ねよ」



 王のやや苛烈な要求に、皆が一様に息を飲んだが、全員が「ごもっとも」と承知した。普段は威勢のいい軍人も目を閉じ王命に従う。


 この場に居る者は皆、道具屋夫妻の事など忘れて「侍女がやりよった!!」と脳内で賛辞を贈った。



 その忘れられた道具屋夫妻は、自分達が王城に呼ばれた理由がまったく分からず、しかし侍女オズゥに先導された記憶はあるので、とりあえず彼女の後を追っていたのだが、途中で侍従に引き留められ、昼食をどうぞと勧められるままに王宮料理を口にして永眠した。


 道具屋に居る家族には、夫妻が食事の席で酔った挙句に王太子を害したため死罪となったと告げられ、家族への連座は免ずるとされた。家族内で悲しむ者は居なかった。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 張り詰めた空気を両開きの大扉が引き裂き、軽やかな足音が玉座の間に響く。


 武官は目線を下げ、それを視界に入れる事を避けた。しかし、向かい側に立つ文官達の一部から驚嘆の声が漏れ、気になって仕方がない。


 宰相アーライは得も言われぬ屈辱を味わっていた。


 彼の視線の先には、美しい赤子を抱き堂々と王を見据え歩く侍女。


 その姿は六百年前の英雄『覇王ノッブ』に仕えた『智将デヨシ』が、ノッブ亡き後の覇権争いを収める為に開いた『キョス会議』に於いて、ノッブの正統な嫡孫を抱えて現れたデヨシそのもの。


 デヨシは幼い嫡孫の後見人として、諸侯に物を言わさず第二の覇王となった。


 アーライは侍女オズゥに智将デヨシの雄姿を重ね、その威厳ある侍女の佇まいと王孫を胸に抱える誇らしげな表情に激しい嫉妬を覚えた。


 しかし、アーライは理解している。覇王となるのはオズゥではなく、あの赤ん坊である、と。


 そう、アーライもまた肉塊の真なる姿を見ている。これは、今回に限って肉塊が選定レベルを下げた結果である、だが、アーライにとっては余計な世話だったかもしれない。


 そしてセゾン三世であるが、彼は口を半開きにして呆然としていた。


 彼は肉塊を見た事がない。立場上、肉塊を目視できる距離まで近付くなど出来なかったからだ。


 セゾン三世が聞いた肉塊の容姿は醜いに尽きる。だがどうだ、目の前に居る侍女が胸に抱く赤ん坊の神々しさは。醜さの対極にあるような美しさだ。


 アーライとセゾン三世では赤ん坊の見え方が違う。


 両者共に肉塊への害意など微塵も無いが、最後まで策を弄したアーライと、早々に心を折られ、王太子と王妃を罵倒し、侍女サテンと肉塊に心で詫び、王国に救いの手を差し伸べない女神に唾を吐いたセゾン三世とでは、見え方が違って当然だろう。


 両者の共通点も少なくないが、選定レベルの低下は前提条件として、事前に『美しい赤ん坊』や『侍女が抱いた王太孫』と聞いていたのは、両者が肉塊を赤ん坊として認識できた一番の要因だった。


 アーライはその王家に対する忠誠心によって王孫を意識し、セゾン三世は初めて血族だと思い至り、改めて王孫として意識した。


 その結果、両者の目に映るのは尋常ならざる赤ん坊、となった。セゾン三世に至っては『光り輝く神の子』という認識だ。


 しかし、こうなってくると話がややこしくなる。


 王と宰相の頭には『転居』の文字が消え、新たに『立太子』が加わった。


 王太子の子は皆優秀だが、目の前に居る赤ん坊は別格だ。


 セゾン三世とアーライは一瞬だけ視線を交わし、意志の統一を図る。


 これから侍女オズゥによって何が語られるのか分からない、だが、二人の腹は決まっていた。



 もっとも、その思考が肉塊とイズアルナーギに筒抜けだったのは言うまでもない。



 そして、軍人の心から悪意が立ち昇っている事も把握している。






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