第8話「残念だが視界に入ってすらいない」





 第八話『残念だが視界に入ってすらいない』





 眠るイズアルナーギを抱き、恍惚とするモッコス。


 そんな彼に、本日の御供おともたる女官『カーリヤ』が問う。



猊下げいか、本日はどちらへ?」

「ハァハァ……ん? あぁ、今日は西へ」


「西、『トーラン』でしょうか?」


「うむ、商業都市トーラン。奴隷市場も在るし、貧困街が大きい」


「救済には数日掛かるかもしれませんね」

「いや、半刻(一時間)も掛からんよ」


 

 現在のイズアルナーギなら、巨大な都市でも一瞬で支配領域とし、指定の存在すべてを同時に白い世界へ送る事が可能だ。


 一時的な支配であるため永続性は無いが、転移等の便利な能力が使える。恒久的な領域の中心は肉塊となっており、イズアルナーギ一行を転送出来るのは肉塊を中心とした半径17㎞圏内。


 王都からトーランまでの距離は約100㎞、転送では届かない。しかし、外出先でイズアルナーギが支配と転移を繰り返せばその限りではない。疑似的な長距離瞬間移動が可能だ。



「では、今すぐ向かわれますか?」


「う~ん、そうだな、イザーク様がお目覚めになられるまで散歩も悪く――」



 モッコスが素敵な提案を女官カーリヤに語ろうとした刹那、二人の前に『窓』が出現した。


 肉塊がモッコス達首脳陣に来客を知らせているのだ。窓は彼らから少し離れた場所に居るサテンの前にも出現している。


 モッコスとカーリヤは窓を覗く。


 二人の目に映るのは、何かを見て驚愕の表情を浮かべた中年の男女。



「はて、誰だ? 知っているかね?」

「存じ上げませんね……」



 モッコスとカーリヤは同時に首を傾げた。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 侍女オズゥに先導され、行き着いた先で見た物体に、道具屋の店主サポネと妻メメイは驚愕。


 そして怒りと羞恥を覚えた。



「あのバカ娘っ、こんなモノ産みやがって!!」

「まったくだよ!! 噂になったら客も寄り付かない!!」

「あぁ、王都中に広がっちまうぜ、魔女の道具屋ってな!!」



 唾を飛ばし、娘を罵る二人。

 部屋の外で待つオズゥは眉をしかめた。


 何も知らないサテンを侍女として強引に拘束し、ほとんど強姦によって種を仕込んだ王太子が招いた結果ではないのか。


 オズゥはサテンが悪いなど微塵も思わない。

 むしろ母子ともに哀れだと感じている。


 道具屋夫妻が店の評判を心配する事に至っては溜息しか出ない。


 王城に呼ばれてすぐ宰相様に言われたはずだ、他言無用だと。城外で話せば誰であっても命は無いと。


 何のための箝口かんこう令なのか、オズゥはどう考えても二人の口から噂が広がるようにしか思えない。


 もっとも、現在の肉塊が有する支配領域は王都を呑み込んでいるので、道具屋夫妻の口から存在が露呈する事は無い。


 仮に運良く記憶を保ったまま城外へのがれ、敵意を抱いて肉塊の事を世間に伝えようとしても、そう動いた時点で夫妻は消える運命さだめ、オズゥの心配は杞憂である。


 城外に助けを求めるそぶりを見せた衛兵二人が消えたことも宰相から聞いたはずだが、道具屋夫妻の頭にはその情報が消えているようだ。


 耳を塞ぎたくなる罵詈雑言、オズゥは両手を握り締めた。


 そしてついに、夫妻は肉塊まごの誕生を否定し、最後には「殺す」に至った。


 オズゥの我慢も限界を超える。


 肉塊でんかに何の罪が有るのか?


 子供は生まれる場所を選べず、生みの親も選べない。


 肉塊は己を攻撃したものは殺し、害意を持つ存在は弱らせるが、それ以外の存在に対しては無害。ただ生まれてそこに存在し、自分を護っているだけ。


 外見の異様さも責を負う必要は無く、罵声を浴びるいわれも無い。


 そもそも、肉塊は道具屋夫妻の孫である。


 その外見を憐れみ、その未来を憂いて死を贈るならまだしも、店の評判を守る為に殺すなどと、そんな暴挙をオズゥは許せない、赦さない!!


 無敵の存在たる肉塊を殺す事など無理な話だが、それを理解した上で一言もの申そうと部屋に入って大きく口を開けたオズゥは、ベッドの上で眠る『赤ん坊』に殴り掛かろうとするサポネを押しのけ、赤ん坊の上に覆いかぶさった。



「ってぇ、何しやがんだテメェ!!」

「小娘がどう言うつもりだいっ!!」


「な、何って、この子を殴ろうとしていたでしょう!!」


「はあ? 『この子』だぁ?」

「バケモノ相手に何言ってんだか、聖女気取りかい?」


「バケモノって……」



 サポネの妻メメイに言われて「そう言えば」と周囲を見渡すオズゥ。どこにも肉塊が見当たらない。


 オズゥは自分が覆いかぶさった赤ん坊を見る。



「……っ!! あ、ホントだ、ス、スゴイでしゅ~」


「おいおい、頭大丈夫か嬢ちゃん」

「気味の悪い娘だねぇ」



 オズゥは二人を無視して赤ん坊を見つめ、恐る恐るその柔らかそうな頬に右手を伸ばした。


 プニ。プニ。プニプニ。


 柔らかい。オズゥは知らず知らずのうちに微笑んでいた。


 その光景を見ていた道具屋夫妻は眉根を寄せ、ベッドから一歩離れた。オズゥを見る目は狂人に対するそれだ。


 オズゥは赤ん坊を抱いてみたくなった。


 左手で赤ん坊の頭と首を支えつつ、ゆっくりと慎重にその小さな体を持ち上げ、高鳴る胸の中に収めた。



「あ、あはは、やった、抱っこできた。やった……そうだ、陛下にっ!!」



 オズゥは焦らずゆっくりベッドから腰を上げ、いぶかし気に見つめる道具屋夫妻に目もくれず、赤ん坊を大事そうに抱えて部屋を出た。


 部屋に残された道具屋夫妻は何が何だか分からない。とりあえず侍女の後を追う。


 しかし、二人の脳からサテンと肉塊の存在は消えていた。


 肉塊は二人をゴミであると判断し、白い世界で扱う『素材』としても不適切な二人を捨て置くことにした。


 これは『庭』に居るイズアルナーギも同じ見解だった。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「はぁ~、酷い人達だった」



 疲れ切った様子で溜息を吐くモッコス。

 女官カーリヤが苦笑しつつ同意する。



「本当に。しかし、オズゥが『使徒』と成ったのは僥倖ぎょうこうでした。久しぶりにお話も出来ましたし」



 モッコスとカーリヤは道具屋夫妻に呆れを見せたが、優秀な侍女を迎え入れる事が出来たのは嬉しく思った。


 実は、つい先ほどオズゥは白い世界で二人と対面し、サテンやイズアルナーギにも会っていた。


 外の世界では一瞬にも満たない時間だが、彼女は消えていた事になる。


 オズゥはサテンとの再会を涙して喜び、幼児イズアルナーギに対しては王太孫に相応しい挨拶を披露した後デレデレとなって抱き着き、そのスベスベの肌と美しい金髪に頬擦りしまくってモッコスに怒られた。


 オズゥは「自分を真っ先に『庭』へ呼んでくれれば良かったのに」と、サテンに愚痴を垂れたが、サテンは「彼氏が居るって言ってたから、迷惑かなと思って」と謝った。


 オズゥは彼氏など居ない、「彼氏? 居るよ、普通じゃん?」と背伸びして友達に大人の女ぶってみたかっただけだ。


 真相を聞いたサテンは微妙な笑顔で「そうなんだ」と頷いて目を逸らす。


 軽いガールズトークを済ませたオズゥはモッコスから状況説明を受け、一つの仕事を任されて外へ送られた。



 そして、オズゥと入れ替わる形で道具屋夫妻も招かれた。


 これはサテンがイズアルナーギに頼んだ結果だが、それはとても見苦しいものとなった。


 サテンを見た夫妻は真っ先に娘へ罵声を浴びせ、モッコスが割って入り事情を説明すると、今度はイズアルナーギを寄越せとわめき、さらには自分達をここに住ませろと迫り、神の一族として扱えと『庭』で働く女官達を恫喝した。


 皆が呆れ返る中、サテンは両親の前へ進み、自分を育ててくれた礼を述べ。我が子に「終わったよ」と告げる。


 コクリと頷いたイズアルナーギは、一度も祖父母の顔を見ることなく、記憶の削除を施して外の世界へ帰した。





「まぁ、予想はしていたが、選別から外れた者がこの『神域』へ来るとどうなるのか、じっくり観察出来たので良しとしよう」


「いささか、観察料が高う存じますが」


「ははは、神域への招待に釣り合うものなど何処どこにも無かろうさ」



 カーリヤの言葉に笑って答えたモッコスだが、彼はそんな事よりこの神聖な空間が穢された気がして悲しかった。



「……やはり、『下界』に拠点を持つ必要が有る、か」

「そうですねぇ、オズゥに期待致しましょう」



 モッコスはこの白い世界が神々の住まう『神界』内の『イザーク神域』であると推測しており、外の世界を下界と呼ぶ事にしている。


 彼はまだ真実に到達出来てはいないが、推測は決して間違っているわけではない。


 人間であるモッコスと、謎種族のイズアルナーギとの認識に大きな違いがあるだけなのだ。


 人間が神域と呼ぶ世界は、イズアルナーギにとって『庭』でしかない。便利な遊び場、その程度の認識だ。


 そしてその『庭』に果てが無く、それが如何なる意味を持つのか、イズアルナーギもモッコスもまだ気付いていない。








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