第7話「老神官のイライラが止まらない」





 第七話『老神官のイライラが止まらない』





 強く激しい神気が背中と後頭部に当てられる。

 モッコスは冷や汗を掻きながら恐る恐る顔を上げた。



「あ、あ、嗚呼っ!! 何と、何と言う……」



 真っ白な世界にたたずむ聖母と神。

 それ以外の表現方法は無かった。


 そしてモッコスは悟る。


 かつて見た女神は偽神、聖都に居る聖女はただの小娘。


 幼き神を抱き微笑む金髪の少女こそ正しく聖女にして聖母。


 その母に抱かれた赤ん坊は、紛う方無かたなき己が求めた続けた神。


 モッコスは泣きながらこいねがう。



「どうかっ、どうかっ、この老骨めに二柱の御尊名をっ!!」



「この子がイズアルナーギ、私はサテンです」



 幼さが残る聖母の美しい声音こわねが、老神官の遠くなった耳を撫でた。モッコスの股間に鬼神が宿る。


 股間にみなぎる感情の荒波、ここで絶頂せずにどこで絶頂すると言うのかっ!?


 男モッコス、白い世界で白いモノを噴出。大賢者となる。


 神と聖母の御名を心に刻んだモッコスは、死に至るその時まで、この新たに芽生えた信仰心は上昇し続けるだろうと確信した。






猊下げいか、そろそろお時間です」

「おや、もうそんな時間か」



 イズアルナーギを見つめながら、これまでの事を思い出していたモッコスが苦笑する。


 敬愛する神を見ていると、ついつい時間を忘れてしまうのが悪い癖だ。股間を休める暇も無い。


 モッコスはイズアルナーギを信奉する『イザーク教』をつい先日開き、その開祖となった。その際、イズアルナーギの意向により教皇を称している。


 ちなみに、『イザーク』とはサテンが付けた息子の愛称である。



「では参ろうか」

「はい」



 モッコスは紅茶を飲み干し、謎の雲で出来た椅子から腰を上げると、白い神官服を軽く整え、女官を引き連れて神の許へ向かった。


 長い金髪をなびかせ、碧眼に優しさの光を宿しながら歩くその颯爽さっそうとした姿は若々しく、かつて老神官と呼ばれていた面影は微塵も無い。


 モッコスにもまた、サテンと同じ現象が起こっていた。

 即ち、イズアルナーギによる肉体強化だ。


 モッコスの場合は肉体年齢も大幅に下がっており、誰が見ても三十代半ばの美丈夫。高身長もあってなかなかの威厳である。


 その美丈夫は、デレデレの顔で両膝を突き、敬愛する主に声を掛ける。



「イザーク様、お迎えに上がりました」


「んゅ、ねむぃ」


「クッふぅ、死ぬっ……っ!! 畏れながら、臣モッコスめがお抱えしてお連れ致したく。どうか、御許可を」


「ん」



 目をこすり、眠そうにしながら両腕を上げるイズアルナーギ。


 抱っこしろ、と言う事だ。



「ブホゥ!!」

「猊下っ、お鼻血がっ!!」



 モッコスの新たに芽生えた信仰心は上限を知らず萌え上がり、アブナイ相乗効果は彼とイズアルナーギの力を益々高めていくのであった。



 幼い神を抱き寄せ、幸せを噛み締めるモッコス。


 彼は願う、このままこの幸せな時間が続きますよう……




 彼の幸福な時間が中年の醜い男女によって邪魔されるのは、もうすぐ。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 イズアルナーギとモッコスは数日おきに、外の世界ではほぼ毎日となるが、実は頻繁に後宮の外へ出ていた。


 記憶や意識の消去が出来るイズアルナーギにとって、兵士や侍女達の監視を逃れることなど容易い事だった。


 現在では、肉塊とイズアルナーギの『支配領域』が拡張されたため、その範囲ならどこでも転移可能となっている。


 イズアルナーギが外に出ても肉塊はベッドの上から消える事はない。


 肉塊とイズアルナーギは二人で一人。


 肉塊は本能を優先し、イズアルナーギは思考を優先する。本能と思考をつかさどっているのではない、優先しているだけ。


 肉塊も思考はするし、イズアルナーギにも本能は有る。


 肉塊は本能で己の幼い部分を護るために、敢えて思考を優先する自分と分離し肉体を二つに分け、『庭』に入れた。


 イズアルナーギの幼い思考で本能的必須行為を邪魔されるわけにはいかない。


 肉塊は外の世界でエネルギーの補給や支配領域の拡張・防衛に力を注ぎ、並行して幼い部分たるイズアルナーギに有益な人物の獲得と選別等を行っている。

 

 現在は肉塊がメインとなって様々な作業をしており、イズアルナーギは肉塊が選別した者達に身の回りの世話をしてもらっている状態だ。


 そういった理由でヒマな時間が多いイズアルナーギだったが、モッコスの加入とその強烈な信仰心によって広がった支配領域内に興味深い者達を発見する。


 同時に、肉塊もその者達をイズアルナーギにとって有益になり得ると判断したため、有無を言わさず『庭』に、即ち白い世界へ招いた。




 白い世界に招かれた四十二名に及ぶ男女は、皆呆然としていた。


 自分達に起きた現象も状況も分からない。そんな中、集団の右端に立つ女性の一人が「あ」と間抜けな声を上げ、皆が一斉に右を向いた。


 そこには神々しい幼児を抱き、微笑みながらこちらを見つめる美しい少女。その後ろには純白の神官服をまとった美丈夫が居た。



 「……かみさま?」



 誰かがポツリと呟き、思わず皆一斉にひざまずこうべを垂れる。


 それを見つめていたイズアルナーギは、「ん」と言ってモッコスを一瞥いちべつし、母の胸で眠った。


 モッコスは目礼で返す。主がすべてやり終えた事を理解し、次は自分の仕事だと集団へ歩を進めた。


 招かれた四十二名の前に立ち、モッコスは現状をすべて包み隠さず述べる。


 イズアルナーギとサテン、そして自分の事。この白い世界の事。招かれた理由と招いた手段。


 そして最後に告げる。



「イザーク様はあなた方が『条件を満たした』と仰せです。即ち、我々に害意を持たず、『誰か』に救いを求める者達であると」



 四二名の男女はワケが分からない。


 条件を満たしたとは何なのか?

 満たしたとして、それがどうしたと言うのか?


 目を白黒させる男女に笑みを浮かべ、モッコスは続ける。



「つまり、そちらで聖母様に抱かれてお眠り遊ばすイザーク様が、この『神の庭』にあなた方が住む事を許可したわけです」



 ッッッ!!!!!!


 四二名の男女が息を呑む。


 この白い世界に住めるのか!?

 あの地獄から救ってくれると言うのか!!


 ザワつく男女に右手を軽く上げて制し、モッコスは最後に是非を問う。



「強制ではありません。ここに留まるもよし、外に帰るのもよし……無論、ここに留まりつつ外に居るご家族の救済を求めるもよし。如何いかがか?」



 少数民族のみで構成された四十二名の奴隷。


 彼らが奴隷となり、王都の端で粗末な長屋へ押し込まれ、下水と汚物の処理に追われる日々となった理由は『少数民族だから』である。それが彼らの罪。


 小麦色の肌、黒系の体毛、茶系の瞳。


 白い肌に金髪碧眼が多数を占める王国人との違いは身体の外見のみ。信ずる神も同じだった。


 そう、同じだった。


 しかし、長年にわたる迫害で信心は失われた。彼らが奉ずる神など居ない。


 それを感じたのがイズアルナーギと肉塊。


 本日の城勤め当番でやって来た四十二名の奴隷。モッコス加入によって広がった肉塊の展開する領域に彼らは足を踏み入れ、一瞬で肉塊とイズアナーギに思考を読み取られた。


 イズアルナーギと肉塊は『無信仰』を初めて知り、互いに違う意味で興味を抱く。


 イズアルナーギはこれまで肉塊が選別した人間の知識を得ている。知識は豊富だが思考は幼い。しかし、人々が言うところの『神』が自分を指していることは理解している。


 よって、「僕が神だよ」と奴隷達に教えることにした。それ自体に意味は無い。


 肉塊は信仰心を得て力を得る為に彼らを招いた。その行為はモッコスが嫌う女神と大差ないが、勧誘行為はしない。ただ、イズアルナーギに会わせるだけ。


 イズアルナーギをどう思うかは奴隷次第、否定するなら記憶を消して外に戻すのみ。



 このような理由で白い世界に招かれ、モッコスの話を聞いた奴隷達は全員が白い世界に留まる事を選択し、そして救済を望んだ。


 四十二名のあつい信仰を得た肉塊は、己の能力を行使出来る支配領域を再び広げた。


 広げた先で人々の選別も行い白い世界へ招く。招かれた者達は全員が幼き真なる神を崇め、肉塊は更に領域を広げる。


 三日も経たず王都中の少数民族は姿を消し、貧困街から多くの子供達が消えた。


 王都での救済を終えた数日後から、モッコスとイズアルナーギによる『救済行脚あんぎゃ』が始まった。提案したのはモッコスだ。


 サテンとモッコスはイズアルナーギの不思議な能力を把握している。上手く説明出来ないイズアルナーギによって、能力の情報を脳に直接叩き込まれた。


 サテンは我が子の能力に多少驚いた程度だったが、神学者でもあるモッコスは冷や汗を掻いた。


 これはとんでもない『大神』が降臨なされた……!!


 老神官の動悸は激しくなり、股間のイライラが止まらないっ!!


 そして、モッコスは自分の推測を基にイズアルナーギの『神格』を高める為の救済行脚を提案したのだった。



 それは全て、敬愛する幼神を救う為の行動。


 モッコスは老骨と股間に鞭打って、主の破滅を退しりぞける。










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