第5話「これは、無理かもしれんな……」





 第五話『これは、無理かもしれんな……』





 衛兵二人が消えた日の夜、何度目か数えるのも面倒な緊急御前会議が開かれた。


 玉座の間に集う文官の多くは気疲れで憔悴し、武官の数名は生体燃料搾取によってゲッソリしながら表情に怒りを浮かべる。


 艶の無い栗色の前髪を鬱陶うっとうし気に掻き上げながら、ポアティエ王国宰相『アーライ』が城内勤務人員の不足を告げ、今後についての対策を問う。


 すると、いつものように軍人から予算や肉塊の脅威を無視した強気な発言が出始める。


 人員不足についての話は聞いていなかった模様。


 文官衆はそれを冷ややかな目で眺めていた。


 宰相も軽く舌打ちし、一番強気な発言をした若い将軍に具体案を問う。



「オーコン卿、近衛三千名を率いて肉塊を討つと申されたが、『反射』にはどう対処なさる?」


「フンッ、我々は反射の結界を貫く神槍を入手した、問題御座らん。金貨四千枚の神槍だ、クックック」


「はぁ、民の血税……いや失礼、金貨四千枚の神槍ですか、平民の四人家族が百六十七年は暮らしていける金額の槍ですな、そのような神槍寡聞にして存じ上げんが、なるほど期待出来そうだ」


「う、うむ、お任せ頂きたい」


「では、三千名の近衛をどのように使う? 肉塊が居座る部屋に武装した近衛兵がどれほど入るか……もしや逐次投入を? そんな愚策ではなかろう? それに、殺意を秘めた待機組の衰弱死は必至だ」


「…………違う。十名ほどの精鋭で部屋に突入し、残りは――後宮の包囲、離れた場所で包囲、だ」


「え? あの後宮を二千九百九十人で包囲すると? え? 後宮の南側は城壁で、東は池だが? 疲れているのか? 大丈夫か?」


「…………半包囲殲滅陣、偉い人には解らんのです」


「然様か、では今後の為に軍学校へ半包囲殲滅陣を伝えておこう。ご教示感謝する。誰か他に意見は?」



 赤面しながら椅子に座り直すオーコン将軍を一瞥し、次は文官の意見が欲しいと宰相アーライは彼らに視線を向ける。


 すると、平民上がりの若者が恐る恐る挙手した。

 その勇気に内心喝采を贈り、宰相は微笑んで意見を促す。



「わ、私が愚考いたしますに、侍女サテンの親兄弟を後宮へ向かわせる、というのは如何いかがでしょうか」


「ふむ、しかし、既にサテンなる侍女は居らんぞ?」


「それは存じ上げておりますが、王宮で元気に走り回る殿下方を見ますと、あ、お亡くなりあそばした姫殿下は除きますが、血縁者による悪意無き接触ならば、と」


「血縁者……確かに、道具屋一家は肉塊の祖父母や伯父伯母だな……」



 宰相は無気力な王に代わって熟考する。


 肉塊への攻撃など言語道断だが、意志は伝わると仮定した場合、こちらが用意した場所へ転居してもらうという下手に出たお願いならば、逆鱗に触れる事は無いように思える。


 仮に肉塊が怒ったとしても、その怒りが向けられるのは道具屋の家族と一部の軍人、怒りの余波で瀕死の王妃が死ぬ恐れも有るが、宰相的にはどうでもいい。


 極端な話、国王の安全と国の安寧が確保出来れば、愚鈍な王妃など今すぐ死んで構わない。


 不穏な思考を横にズラし、鉄血宰相アーライは考える。


 この年若い文官の案以外が有るとすれば、それはやはり軍部寄りの強硬策。


 即ち、最終的に辿り着く案は『聖国アノーラ』から世界最強戦力とうたわれる『勇者』を派遣してもらうという愚策だ。


 勇者がどれほど破壊力のある攻撃手段を持っているか分からないが、アーライはあの肉塊が敗れる姿を想像出来ない。


 ハッキリ言って肉塊は無敵である。


 わざわざ他国のガキに大魔王の尻を蹴り上げさせるような事をする必要を感じない。


 それに加え、他国に肉塊の存在を知られるのは危険だ。


 特に聖国へ情報が渡ると面倒である。


 肉塊が王太子の子ではないと言い張る事は可能だ、しかし、後宮での出産をどう説明すればよいのか、しかも真実を知る者は城内に多く居る、真実は聖国の聖者達によって簡単に知られるだろう。


 聖国の聖職者は口が上手い、不安を抱えた城内の者達から秘密を入手するなど容易いはずだ。


 王太子と肉塊の関係を知られれば、『魔王の種を仕込んだ王太子』などと非難は確実、魔王を輩出したポアティエ王室は神敵認定必至。


 645年続いた王朝は近隣諸国に蚕食さんしょくされ滅ぶ。


 派遣された生臭神官どもも記憶を消されるのは間違いないが、城に入った商人達は仕事を終えて城を出るまで記憶を保持している実例を考えると、神官や勇者の一団が王城に留まるとなれば記憶削除は城を出るまで不確定。


 そうなれば、肉塊の件でこちらに指図するのはまず間違いない、城内で聖国の神官にデカい顔をされるのは頭にくる。


 神の威を借る生臭神官どもに、愛する祖国を蹂躙させるわけにはいかない。宰相アーライの腹は決まった。



「陛下、道具屋の家族ですが――……」



 憔悴しきった王に秘策を語るアーライ。


 ほんの僅かだが、セゾン三世の眼に鋭さが蘇った。



「……やってみろ」


「御意」



 アーライは恭しく頭を下げ、決意新たに玉座の間を後にした。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「これはお前達にしか出来ん事だ、頼んだぞ」


「ははぁ~っ!!」

「お~任せくださ~いっ!!」



 宰相を前に両膝を突き威勢のいい返事をする中年の男女。


 そんな二人の顔は愉悦に満ちている。


 宰相アーライは軽い頭痛を覚えた。これからする事を本当に理解出来ているのか疑わしい、そう思いつつ表情には出さず道具屋夫妻を観察。


 ……とても不安になった。


 もう一度大切な事を告げておく事にするアーライ。



「愛情、愛情だ、普通の、祖父母が孫に抱く愛情、それを忘れるな。そして容姿に惑わされるな、孫だ、アレはお前達の孫、いいな?」


「ははぁ~っ!!」

「お~任せくださ~いっ!!」



 頭痛が酷くなった。


 この二人には無理かもしれない……

 むしろ問題をこじらせそうな不安を覚えるアーライ。


 親ではなく兄弟姉妹を呼ぶべきであったかと後悔する。


 しかし、再考の時間は無い。今現在も城内で衰弱し苦しむ者が居る、事は迅速に進めなければならない……


 ……が、事が済んだ後は口の軽そうなこの二人を始末する必要がある。


 宰相はそれを侍従に視線で伝え、侍従は目礼で応えた。


 恐らく二人は肉塊によって城内の記憶を消されるだろうが、念には念を入れる。ここは確実に仕留めるべきだと判断した。




 もっとも、二人が生きて後宮から戻れば、の話であるが。






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