第4話「そして今日も誰かが消える」





 第四話『そして今日も誰かが消える』





 肉塊攻略の次なる一手は兵糧攻め。



 肉塊は既に母を喰い殺した疑いも有るが、他の死体は放置されていた為、『食料にした可能性は低い』と王国首脳陣は見ている。


 母親を食した場合に出るであろう血液、それが見当たらない。ならば食べていないだろう、そう言った理由でのいささか目を逸らし気味な見解。


 これは肉塊が母親を『丸呑み』していない、と言う希望的観測に基づく考えだ。


 その希望を基に現状を推測すると、現時点でバケモノは丸一日食事を摂っていない事になる。


 王や宰相としては水分も同様に摂取していないと思いたいが、あの場所には血液が豊富に有り、その血量が減っているのか分からない。


 そこに居るのはバケモノである、栄養・水分の摂取方法など分からない。そのバケモノが何も喰わず飢えている状態である確証には至らない。


 故に、様子見を兼ねた兵糧攻め。


 期限は設けず、餓死を願いつつ定期的に侍女をって報告させる事となった。


 派遣される侍女は『何故か肉塊に殺されない者』が選ばれた。


 その殺されない理由を深く探れば、肉塊討伐ではなく『交渉』の進展に繋がるのだが、御前会議でその点を言及した者はまだ居ない。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「けぷっ」

「うふふ、可愛い」



 乳を飲んだ我が子の背を数度『トントン』と軽く叩き、ゲップを吐かせたサテンは、そのゲップの可愛さに頬を緩める。


 食料の無いこの白い世界で、子に与える乳の出を憂いていたサテンであったが、それが杞憂である事をすぐに理解した。


 まず、そもそも彼女自身が空腹を覚えない。尿意や便意といった生理現象も無い。


 睡眠欲と食欲は皆無ではないが必須ではない、しかし乳房は常に張っていて乳も出る。


 ちなみに、赤ん坊には食欲と睡眠欲が有る、排泄はしない。赤ん坊も普通ではない。


 それでいて母子ともに体調は崩れず、サテンに至っては逆に絶好調と言える。


 外の世界では一日しか経っていないが、サテンはこの白い空間に来て三十日ほどの時間を過ごしている。


 実際は時が無い空間なので常に初日とも言えるし、出産し終わった瞬間とも言える。


 外の時間が一日経過したのは、肉塊が『エサ』を求めて王宮内に居る生物の動きを進める為、『庭』の時を無視したまま外の時間を普通に過ごしたからだ。



 外に居る肉塊むすこの無慈悲な行動を知らず、母親であるサテンはある確信を得ていた。


 それは『身体が強靭になっている』というものだった。しかも、我が子を可愛がれば可愛がるほどそれが顕著になる。


 愛しい我が子に名を贈ったのは出会った当日だが、その名付けた瞬間に訪れた自身の身体強化は特に実感出来た。


 その後も愛称を決めた時や一緒に散歩へ出た時、お伽噺を聞かせた時など実例は幾らでもある。


 サテンはこれらの行為を打算抜きの愛情だけで行っている。


 それは肉塊が本能で定めた『要厳罰行為』から外れており、逆に好印象のみを与え、保護対象の強化を無意識に行う結果となった。

 

 その強化と自身の成長に使うエネルギー、即ち『生体燃料』を肉塊は外に求めた。


 出産部屋の外で待機する騎士や女官等といった自分に悪意を持つ『家畜』から生体燃料を少しずつ抜き取りつつ、屋根裏に潜むネズミや昆虫、さらには微生物等の生体燃料を根こそぎ奪い死滅させ補充していった。


 この国で生体燃料の名を知る者はいない、その存在を肉塊以外に認識出来る者は居ない。


 それは肉塊による生体燃料の独占を意味している。


 今はまだ力も弱く燃料搾取の効果範囲が狭い肉塊だが、年を経て力を付け『ものを考える』事を覚えた肉塊の行動によっては、彼の周囲からあらゆる生物が死滅するかもしれない。


 こうして、サテンは肉体を強化され、肉塊あかんぼうはその強化された母によって精製された栄養素の高い『生体燃料母乳』を授かり、神々しい赤ん坊からもたらされる奇跡に感謝する母からの『信仰』も得て、肉塊は母以上に強化されていった。



 即ち、肉塊の周囲に生物が存在する限り、この親子に兵糧攻めは何の意味も無い。


 セゾン三世が兵糧攻めを断念したのは、作戦決行から二十二日目の事だった。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 肉塊が生まれてちょうど百日、季節は夏。

 ポアティエ王国の王都はいつもと変わらず活気に溢れていた。


 しかし、王城は陰気に包まれている。


 城内に仕える者達は皆一様に元気が無い。生気が無いと言った方が的確だろうか、後宮の閉鎖にあたっている一部の騎士に至っては死相を浮かべている。


 城を出ようと意識すれば、その思考を消される。出入りの商人等も城の異変を忘れて城を出る。まさに打つ手無し。


 肉塊による生体燃料搾取はその効果範囲を大きく広げ、対象を生かさず殺さず、家畜が死なないように調整されていた。その結果が現在の王城である。


 さらに、最近では騎士や女官の失踪が相次ぎ、陰気な王城内をより一層暗くしていた。



「……陛下、衛兵が二名、消えました」


「…………」



 やつれた表情で報告する宰相に、無言で応える痩せ細ったセゾン三世。


 いったい何故こうなったのか?


 セゾン三世は凡愚であった王太子セバンを恨む。衰弱した王妃と死んだ王太子妃以外はセゾン三世と同意見だろう。


 バカ息子が戯れに町娘をかどわかし、欲望の赴くまま種を仕込み、生まれた子は魔王と呼んで過言ではない怪物。


 愚息を放置していた過去の自分を殺したい。


 王室の慣例にならって育児を王妃に任せていたのが悔やまれる。慣例などクソ喰らえ、セゾン三世は先祖を罵倒した。




 この百日で幾度も肉塊対策会議を開き、肉塊の事はおおよそ見当がついた。


 第一に挙げられるのが攻撃の『反射』だ。


 正確には反射ではないと王宮魔導師達は結論付けたが、反射以外の適切な表現が無い為、とりあえず反射と名付けた。ちなみに、『魔導師』とは権威付けの為に魔法使いをそう呼んでいるだけである。



 次に挙がるのが『強制転移』と『記憶・思考削除』の二つ。


 肉塊に近付くと施されるこれら二つは毎回セットとなるので、合わせて一つの能力とした。



 三つめが『生命力吸収』と思しき能力。


 これは卑劣な魔法使い等が扱う闇属性の魔法であるが、これもまた王宮魔導師達は「似て非なるもの」とする見解だ。


 奪われたはずの『生命力』が薬や治癒魔法で回復出来ない、周囲に闇属性の魔力も漂っていない、そのうえ防ぐ手段が無い。魔法と言うより呪いに近い。



 四つめは人を消し去る『消滅』である。


 肉塊の母親である侍女サテンを初め、既に百を超える男女が忽然こつぜんと消えている。証拠はないが、犯人は肉塊だと城内の皆が信じて疑わない。



 二つめに挙げた『強制転移』と『記憶・思考削除』に関し、これは肉塊に近付く際、害意が有る者と無い者で大きな差が有る事が分かっている。


 害意の無い者は部屋の入口への転移と思考の一部消去で済むが、最近では害意を秘めつつ捕縛等の目的で近付くと、武器の所持不所持に関係無く干乾ひからびて死ぬ。


『生命力吸収』にいても同様の事が言える。


 肉塊排除を切に願う王族や強気の軍人等は他の者に比べ衰弱が著しい。逆に、侍女サテンに同情的だった者や、仲の良かった者は衰弱を確認出来ない。


 サテンを敵視していた二名の王太子妃と娘の一人は既に衰弱死しているが、他の子供達は元気であるため、確実に選別していると推測された。




 以上を考慮したうえで穏便な解決を図るべく、セゾン三世は辺境の小さな町で布教する著名な老神官を王都に招き、口外を禁じて事情を説明、肉塊の浄化もしくは説得による移動を促すよう頼んだ。


 肉塊誕生から三十日ほど経過していた頃である。


 王の頼みを快く引き受けた老神官は、休憩も取らずに急いで後宮へ向かうが――。



 その日、一人の徳の高い老神官がこの世から消えた。


 セゾン三世は一言『ウソやろ……』と呟き白目を剥いたとされる。


 心が折れたセゾン三世は肉塊排除作戦を無期限凍結とし、ついでに憎き王太子の葬儀も取り止め、その死を布告する事もやめた。



 しかし、それはセゾン三世と王室の誇りを護り、権威失墜を回避する事に繋がる。






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