第3話「死なないんだが?」





 第三話『死なないんだが?』





 肉塊は己が母の胎内から外へ出たことを知った。

 知識としてではなく生物の本能としてそれを悟った。


 同時に、複数の生物が周囲を囲み、それらが自分に恐怖している事を知る。


 肉塊は周囲の生物達を瞬時に観察、そして、まだ『排除対象』ではないと答えを出す。


 しばらくすると、自分に似た存在が近寄って来た。


 その存在を『母』が嫌悪していると胎内で知っていた。しかし、その事について肉塊は何も感じない。


 やがてその存在から害意を感じ、肉塊は本能に従って排除する事にした。


 だが、生まれたばかりの肉塊にはまだ攻撃手段が無い。


 肉塊はただ本能に従い、その時を待つ。



 そして時は来た。



 己に振り下ろされる何かを自分の『庭』に入れ、それによる結果をそのまま対象に返す。今出来る物理的な攻撃手段はそれだけ。


 排除対象からの害意は消え、己と排除対象との繋がりも同時に消えた。


 一拍置いて周囲に居る生物達の恐怖感が上昇し、一斉に己から離れて行くのが分かった。


 母は動かず傍に居る。その母からは害意や悪意等、また己に対する恐怖を感じない。


 肉塊の本能は母親からの授乳を望んでいる、従って彼女を一時的な保護対象とした。


 この時、肉塊の母親たるサテンが気絶していた事は、彼女にとって幸いした。


 王太子を憎み、胎内の子に傾ける愛情を疑っていた彼女であるが、肉塊が周囲の様子を探る前に気を失い、肉塊を嫌悪する暇も無かった。


 故に、サテンは『排除対象』や『どうでも良い存在』から外された。





 肉塊が父親を殺害して数分後、侍女長が大勢の侍女を引き連れ現れる。


 肉塊もそれを感じ取ったが、特に何をするでもなく母の股に挟まれて寝ていた。


 侍女達が室内の光景に声を失う中、侍女長が的確に指示を出し、三名が肉塊とサテンに近寄った。


 だが、三人は数歩進んだところで何故か部屋の入り口に待機していた。


 その現象に侍女長達は驚愕する。


 驚愕の視線を向けられた三人はその理由が分からず首を傾げた。


 それから幾度も肉塊とサテンへの接近は試みられたが、一度も成功することはなかった。


 接近する侍女を変え、肉塊とサテンへ近寄る方向を変え、肉塊へ向ける表情を変え、優しい声を肉塊とサテンに掛け、侍女長は考え得るすべての手段を試したが全て失敗。


 自分達には無理だと諦めて王の指示を仰ぐことにした。


 肉塊とサテンに近寄るという意思を持つと、その思考に関する記憶を抜き取られ部屋の出口へ瞬間移動させられる。


 この現象は肉塊が無意識に発動した防衛本能。


 侍女達が肉塊へ悪意を向けなかったのは侍女サテンを憐れんだからであるが、肉塊を『王族』として意識し、敬うのは当然といった姿勢で行動した結果、彼女達は期せずして一命を取り留めた。


 侍女長が肉塊に対し常に『殿下』と敬称を付け、部下もそれに倣って敬意を忘れなかった。侍女長の行いは歴史に残る最高のファインプレーだったと言える。



 この肉塊が起こしたと思しき不可解な現象、それは一定以内の範囲に近寄った悪意無き存在を、一旦『庭』なる場所に入れて対象の不要な思考を排除し、危害を与えず外に出す、と言う実に簡単な肉塊の防衛システムだった。


 侍女長達の後に来た四名の後宮騎士達も一度目は同様に処理。


 しかし、一度部屋から退出し再び現れた彼女達は心に害意を秘めていた。


 肉塊は一時的保護対象である母サテンを『庭』へ収納、ついでに母親の思考や資質を調べる。


 白い世界、肉塊が有する『庭』の中で、赤子の泣き声だけを頼りに三日間走り続け、必死に我が子を探し当てた少女の何たるかを知り、『優しい母サテン』の愛情と一定の『信仰心』を得る。


 これによって防衛能力が上昇、サテンを正式に保護対象とした。


 この間、『庭』の外では一秒も経っていない、『庭』の中は時が止まっていた、いや、肉塊が時の概念を無視していた。



 突然消えた侍女サテンに後宮騎士四人は驚いたが、肉塊が何かしたのだろうと判断、殺害対象を肉塊のみに絞る。


 後宮騎士達は全員が長槍を手に持ち、肉塊から一定の距離を保って長槍を構えた。


 四方から一斉に肉塊を刺し貫く算段である。

 四人が目配せをし、頷く。


 同時に突き出された長槍は、各々の眉間を貫いた。


 王太子と同様の死を招いた四名の後宮騎士。


 その光景を見ていた侍女長はよわい五十にして失禁を経験した。



 この日、御前会議に於いてポアティエ王『セゾン三世』は後宮の閉鎖を決定。一部の者を除いて、王族女子や侍女達を離宮に移した。


 王はまだ見ぬ嫡孫にくかいに『赦せ』と心でび、討伐の決意を固める。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「陛下、マティン殿が討ち死に致しました」


「……死因は?」


「焼死です」


「……魔法も効かぬか」



 獄炎の魔法使いマティン。ポアティエ国王セゾン三世がつい先ほど後宮へ向かわせた男である。


 王国内で最強の一角と言われる魔法使いの死、これにはセゾン三世も落胆と失望を隠せない。


 国王と宰相は同時に溜息を吐き、玉座の間に重い空気が漂う。


 肉塊が生まれて二日目、肉塊によって命を絶たれた者はこれで二十六名となった。


 いつの間にか侍女サテンが消えていたようだが、御前会議で『肉塊が何かしたのだろう』という結論に至った。


 弓兵二十名による一斉射を試みたのは、昨日開いた御前会議前の夕刻。結果は悲惨の一言に尽きる。


 そして今日、御前会議で決まった魔法による攻撃も、優秀な魔法使いを無駄に失う結果に終わった。


 後宮を閉鎖している現在、後宮に住む妃や女官達は離宮にまとめて押し込まれている状況だ。


 彼女達からの不満や、息子の仇を未だに討てない王に対する王妃の催促と怒り、これらがセゾン三世を苛立たせる。


 ならばお前達が肉塊を何とかせよと一喝したい気分だった。


 御前会議で挙がった肉塊攻略の一手、その一つを早々に失ったセゾン三世は、次の策を何にするか宰相に目で問う。



「兵糧攻めが妥当でしょうな」


「ついでに様子も見る、か」


「御意」



 こうして、次の策は兵糧攻めに決まった。



 セゾン三世の憂鬱は続く。






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