第39話 二人組の探索者

「結構奥まで来たな」


 一層でも探索者の数が多いと感じることはあったが、二層はそれに比べて更に多かった。存在感知を使って可能な限り他の挑戦者を避けてきたが、それにも限界があり、鉢合わせてしまうことも増えた。モンスターにしても他の者との奪い合いとなり、ろくに遭遇できなかった。

 最初の一体から全くモンスターと戦わずに、ロアは階層のかなり奥まで来ることになった。


『このままだと新しくモンスターに出会うより、三層にたどり着く方が早いかもな』


 迷宮の階層間を移動するための通路は、特定の位置に設置されているわけではない。ランダム配置となっている。時間経過で通路の出現位置が変化する。一時間前にはあった通路がいつのまにか消えているということも、迷宮内では珍しくない。

 そして階層間通路は、俗に直通路とも呼ばれるショートカット付近には現れない。そこから離れた当該階層の奥地に出現する。だからより深層への挑戦権を臨むのならば、自然と階層の奥へ足を運ばなければならない。

 ロアも一層を探索していた時、そんな具合で二層への通路を発見した。迷宮の階層移動の方法は、ルーマスの話や端末で調べて知っていたので、惑うことなく二層への挑戦権を手に入れた。その時の経験から、今回の探索でも似たようなことになるかもしれないと予感した。

 しかし、仮に三層への通路を見つけても下に行く気は微塵もなかった。挑戦権の獲得くらいはするだろうが、実際に三層に挑むには足りなすぎるし早すぎる。二層のモンスターに手こずる現状では、挑んで早々に殺されるだけである。

 それを理解しているロアは、ここらで一度帰還しようか考えた。モンスターに出会えない現状では、迷宮内をうろつくだけ時間の無駄である。こうやって彷徨ってればいずれ遭遇するかもしれないが、入り口から離れた奥地では人の目も届きにくい。他の探索者に襲われるリスクや、帰りに要する労力についても考慮が必要となる。三層への通路を見つけても、現状では大した意味は成さない。わざわざ探すほどではない。

 ここは一度帰り、次からまた一層に挑み直すのがいいだろう。そう考えたところで、感知圏内に新たなモンスターの反応を捉えた。


『お、なんかたくさんモンスターがいるな』


 感知で複数のモンスターを発見したロアは、自然と下がっていた視線を持ち上げた。

 近くに他の探索者の姿は見当たらない。横取りされる心配はない。ようやくまともに戦える。そう意気込んでそちらへ向かおうとしたロアであるが、しかしすぐに足を止めて表情を困惑で満たした。

 確かにその空間には複数のモンスターがいた。だがそれは三や四などでは収まらず、二十を超える数だった。しかもその反応があるのは空間内ではなく、その空間を形作っている壁の中だ。ロアの存在感知は、壁内で待機するように埋まっているモンスターの反応を捉えていた。


『あー……これって確か、モンスター部屋ってやつか』


 ロアはルーマスから聞いた話を思い出す。その中には迷宮には罠のような要素が存在するとの内容があった。それは一見モンスターがいる普通の部屋にしか見えないが、実際に中へ入って戦い始めると、急に壁や床から大量のモンスターが現れるというものだった。空間内を慎重に探知機で調べれば分かることらしいが、目前のモンスターに気を取られ警戒を怠ると、あっという間に他のモンスターに囲まれてしまうという話だ。

 この罠はそれなりに有名なため、多く者に周知されているが、 未だに迂闊な探索者や迷宮初心者が犠牲になっていると聞かされた。生き残りがいなければ真相は不明のままである。


『これは流石に無理だな』

『ですね。この中に飛び込むのは自殺行為です』


 初めてモンスター部屋を見つけたロアだったが、挑むのは即座に諦めた。討伐強度10以下のモンスターならともかく、DDランク帯を二十以上というのはいくらなんでも無謀すぎる。同時に複数の敵を相手取る困難さはロアも十分知っている。先に倒したモンスターよりは一体一体弱いだろうが、それでも二十倍の数など正気の沙汰ではない。嬲り殺されるだけである。

 そう結論を下し、ロアは別の道を行こうとする。だが広げていた存在感知には、新たに別の反応が映り込んだ。


「……ん?」


 それは二つの反応だった。正確には二人と言うべきであるが、それがロアのいる場所とは反対側、例のモンスター部屋へ続く通路の先から歩いて来るのが分かった。

 その事実を認識したロアは、一瞬だけ行動を止めると、すぐにブレードを抜いて走り出した。

 打って変わった急な行動の変化に、ペロが思わず問いかける。


『もしかしなくても、助けに行くつもりですか?』

『いやだって、放っておいたらやばいだろ』

『ヤバいのはあなたに関しても同じでしょうに』


 その一言にロアの足が止まる。


『やめた方がいいか?』


 この先にいるのは強力なモンスターの集団だ。例えこの階層で最も強いモンスターに勝ろうと、あっさり殺される可能性は高い。

 それでも信条としては助けに行きたいため、ロアはペロに対して一度確認を取った。自分の決めたことに、この相棒が反対しないことは分かってる。だが、考えなしで行動するのはもうやめた。ペロの意見を聞き、その上で決定するつもりでいた。


『いいえ、それ自体に問題はありません。ですがあなたの行動は些か直情に過ぎます。そもそもとして、相手が助けを求めているという前提が間違いです。意図して挑んだ可能性もあり得ます。そのことを考慮していますか?』

『……そういえばそうだったな』


 モンスター部屋は罠としてのデメリットは大きいが、反面それなりのメリットも存在する。それは空間内の全てのモンスターを倒さなければエネムは獲得できないが、通常よりも多くのエネムが手に入るというものだ。獲得エネムが約一割増加するとされている。加えて、探索の手間なく一度に大量のモンスターと戦える。そのため実力に自信のあるチームは、モンスター部屋の仕組みを理解して入り、効率よく多くのエネムを稼いでいる。一部ではボーナス部屋と呼ばれていることも、ルーマスからは教わっていた。

 そのことを思い出し、ロアはもう一度存在感知に意識を向ける。存在感知に映るのは二人だ。四人や五人ではない。自分より一人多いだけだ。この二人がすごい手練れであるという可能性はある。しかし、あるいは自分と同じように、迷宮初心者という可能性も存在する。もしかしたらモンスター部屋についても知らないかもしれない。

 そこまで思考して、ロアはこの場で取るべき行動を定めた。


『じゃあ、一応、念のために行くだけ行こう。助けが必要かどうかは、行ってから判断する』

『そうですか』

『うん』


 短く相槌を打ち、再び足を動かした。





『……ペロの言った通りだったな』


 目の前で繰り広げられる戦いを見て、ロアは気抜けした口調で呟いた。

 現在視線の先では、二人の探索者がモンスターの集団に囲まれたまま戦っていた。一人は光るブレードを振るい、もう一人は収束砲で魔力の弾をばら撒いている。

 部屋には二十を超えるDDランク帯モンスターが存在している。中にはロアが苦戦したのと同じモンスターも混ざっている。だが彼女たちは他の敵を相手にしながら、危なげなくそれらを処理していた。

 その様子を、半ば呆然としてロアは通路の陰から眺めていた。


『うわっ、今の魔力弾が曲がったぞ。どうなってんだ』

『能動制御ですね。放たれた魔力弾に干渉して射線を誘導したのでしょう。やろうと思えば私たちもできますよ』

『そうなのか』


 相棒の言に適当に返事をして、ロアは食い入るように戦闘観戦を続行する。

 振るわれる光刃は、敵との距離に合わせ、一瞬で長さを変化させる。伸張する刃は、間合いの外と思わせるモンスターにもあっさり届き、頑強な肉体を容易く切断する。連射される魔力弾は、一発が一発がかなりの威力を有し、モンスターに向かって間断なく撃ち出される。複数の弾が直撃したモンスターは、一瞬で半身を吹き飛ばされ戦闘不能に陥っていた。

 二人の探索者は、通常では考えられないペースで敵の数を減らしていた。


『光るブレードもヤバいけど、あの収束砲、たくさん撃てるのに威力がとんでもないな。俺が使ってたのと威力変わんないんじゃないか? チャージの時間も無さそうだし、ほんとどうなってるんだろ』

『あなたが使っていた単発式と違い、あの者が使用しているのは連発式ですね。魔力を込める時間が無いのは、かなり容量の大きい吸畜器が搭載されているのでしょう。可変式の非実体剣やそれを使いこなす本人たちの力量も含め、なかなか大したものです』


 ペロからささやかながら褒め言葉が出たことで、やはり視線の先の二人組はかなりの実力者だと確信する。

 自分とは次元の違う高ランク探索者の実力。今の自分では決して届かない強さを目の当たりにして、ロアは感心を強くして言った。


『上のランクの探索者って、ほんと強いしすごい装備なんだな。きっとものすごく高いんだろうな』

『そうかもしれませんね。あのクラスなら、私の時代の正規軍で実戦配備されていても不思議ありません』

『マジか。じゃあ俺のは?』

『あなたのは一般人の護身用です。比べる土俵にありません』


 自分の装備がかなり格が低いと断言され、『そうか……』と少し落ち込むロア。そうこう話しているうちに、空間内のモンスターは二人によって全て倒されていた。

 結局観戦するだけで終わったと、この場を後にしようとするロアに、鋭い声が発せられる。


「──そこにいる者。いつまでこちらを覗き見するつもりですか。姿を現さぬのなら、不埒漢として斬り捨てますよ」


 明確に対象を指定した言葉。それ聞き、ロアは身をすくむ思いを感じる。声のした方へ振り返れば、一人が自分の方向に収束砲を向けていた。

 黙ってても撃たれるだけだと思ったロアは、後ろめたいこともないので堂々と姿を現した。


「いや、悪い。こっちにモンスターの反応がたくさんあって、人が囲まれそうだったから助けが必要かと思って」


 言い分けを口にしながら現れるロアへ、二人組の片方が刺すような視線を向ける。


「救援要請は出していなかった筈ですが?」

「その余裕もないかもしれないと思って」

「それで盗み見ですか。離れるのがマナーでしょう。迷宮内でそのような不審な行為を」

「その辺にしときなさい。彼も悪気や悪意があった訳じゃないわ」


 そこで、制するようにもう一人が前に出てきた。彼女の方が立場は上なのか、その言葉で収束砲を持っていた人物の敵意は薄れ、向けられた武器は下ろされた。

 格上の探索者と敵対せずに済んだと、安堵の息を漏らしたロアは、改めて目の前にいる二人の姿を見やった。彼女たちは、ロアの目から見ても非常に容姿の整った二人組だった。流れるような黒の長髪に白い肌と、切り揃えられた黒髪に褐色の肌をした組み合わせ。両名とも外見は若く、ロアよりいくらか上程度の年齢に思えた。どちらも黒を基調とした格好をしていた。

 光るブレードを武器としていた長髪の少女が、穏やかな足取りでロアの方へと近づく。それを目にしたロアは反射的に身構えるが、相手からは全く敵意を感じられない。下手に動いて敵対と判断されても嫌な上に、実力的に抗っても勝ち目はほとんどないので、油断をしすぎない程度に力を抜いた。

 そのロアの様子に、少女が苦笑しながら足を止め、少し手前から口を開いた。


「助けにはならなかったけど、一応お礼は言っておくわね。助けに来てくれてありがと」


 感謝の言葉とともに、少女は手を差し出した。それが握手だと理解したロアは、チラリと相手の背後に控えるもう一人の方を見た。応じるために近づいただけで撃たれるかもしれない。

 そう考えたが、その心配は無用だった。ロアが握手に応じようとしても、彼女が何か行動に出ることも、不機嫌を見せることもなかった。感情が消えたような無表情で、興味なさげにやり取りを眺めてるだけだった。

 それを確認してから近づいたロアは、苦笑を浮かべている相手と握手を交わした。


「私の名前はリシェルよ。そっちの無愛想なのはラン。どっちもCランクの探索者よ」

「俺はロアだ。Dランクだ」


 相手の強さからルーマスよりも格上だと思っていたロアは、二人がCランクと聞いても特に驚きはなかった。対照的に、リシェルの方は表情が少し驚くようなものに変わった。ランは変わらず興味がなさそうな様子を見せている。


「……へー、Dランクなのね。それなのに一人? 死にたがり、ってわけじゃなさそうね。自分の実力に自信があったりするの?」

「あー、そういうわけじゃないが……一応そうなるのか? 上だと余裕あったからこっちの階層に来たんだ。DD帯までならいけると思って」

「なるほどね」


 受け答えながら、ロアは握手していた手を離した。


「こっちも聞いていいか?」

「スリーサイズなら秘密よ」

「……? それはどうでもいいんだけど、なんでCランクがこの階層にいるんだ? そんなにすごい装備なら、もっと下でも通用するんじゃないか?」


 そこで、黙って立っていたランが、突然にぷっと吹き出した。何事かと、ロアが驚いてそちらを見てみると、彼女は「失礼」と一言呟き、また元の無表情に戻った。そのままロアも逸らすように視線を戻した。視線を戻した先では、リシェルが変わらず微笑を湛えていた。だがその口元は、若干引きつってるようにも見えた。

 一体何だったのか。それを不思議に感じたロアが問うより先に、リシェルが言葉を発した。


「確かにまあ、三層でもやれないことはないけど、下だと色々と面倒事や不確定要素があるのよね」

「面倒事?」


 直前のやり取りがなかったように会話が進む。気にならないでもなかったが、厄介事の匂いを感じ、ロアの意識はそちらに引かれた。


「ええ、二層より下にはいくつかの探索者チームやグループが挑んでるんだけど、そこだと彼らの縄張りみたいなのがあるのよ。互いの狩りを邪魔しないようにっていう協定がね。都市や協会からは自制を求められてるから表向きはそうでもないけど、やりにくいことは確かよ。特に私たちは余所者だから、拠点を構える探索者が優先されるのは仕方がないって、都市も積極的に介入することはしないしね」

「それは、確かに面倒だな」


 仮に三層に行けても、自分より同格以上の探索者集団に狙われるかもしれない。実力的には無理だが、とても行こうという気にはなれなかった。


「まあ、やろうと思えばやれないことはないわ。嫌がらせは受けるけど、武力行使に出ることはないから。……あったとしても、証拠は残さないだろうけどね」


 不穏な言葉が小さく付け足される。今のところ迷宮内で他の探索者との戦闘行為には至っていないが、感覚的にその数歩手前まではいったことがある。モンスターだけでなく、人間にも警戒しなければいけないことを再認識した。


「それともう一つ、下層には徘徊が出るから」

「徘徊?」

「倒せばたくさんのエネムを落とすけど、その階層でも群を抜いた強さのモンスターのことよ。縄張り争いがあるのもそのせい。このモンスターを倒して得られるエネムでしか、手に入らない攻略報酬なんかもあるからね」

「そんなのもいるのか」


 自分でも迷宮について調べていたが、この話は初耳だった。


「倒せるならモンスター部屋よりも多く稼ぐことができるわ。特殊エネムの換金レートは普通のより高くなってるから、うまく倒せれば一攫千金ね。私たちはCランクと言っても二人だから、安全を確保するためにも挑むことはしないけどね。他の連中の獲物を横取りして、つまらない揉め事を起こしても損だし」


 そう言ってリシェルは肩を竦めた。

 彼女の話を聞いて、ロアは改めて高ランクの探索者の強さを理解した。あれだけ高い戦闘能力を持った二人でさえ、この迷宮に挑む探索者のヒエラルキー内では上位とは言い切れない。迷宮は五層まであり、最下層にはCCCランク帯のモンスターが存在する。それを倒せるであろう探索者は、目の前にいるCランクの二人よりも更に強いということになる。

 訓練を重ねてそれなり以上に強くなったと思っていたが、上位どころか中位にすらまだまだ及んでいないことをロアは理解した。


「他に聞きたいことはある?」


 声に反応して焦点を合わせると、綺麗な黒い瞳で顔を覗かれていることに気づいた。

 あまり時間を取らせても悪いので、ロアはここらで別れることを決めた。


「いや、俺はそろそろ行くよ。迷宮について教えてくれてありがとう」

「気にしなくていいわ。雑談に花を咲かせるのも、ここだとなかなかないことだしね。こっちもいい時間だったわ」


 そのままロアは軽く手を振り、自分が来た方とは別の通路からモンスター部屋を出た。

 また一人になった状況で、先の二人について相棒へと話しかける。


『なんというか、話の通じる二人だったな。装備も良くてすごく強いのに、偉そうな感じとか全然なかった。やっぱ、強いと持てる余裕とかも違うのかな』

『そうですね』


 ロアの呼びかけに、ペロは短く応じた。いつもならもう一言くらい何かを言いそうな相棒に対して、ロアは少し不思議に思う。


『ん? お前どうかしたか?』

『いえ、どうもしていませんが』


 そう言われて「そうか」と納得を見せるロアだったが、なんなとなく抱いた違和感は抜けなかった。

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