第40話 リシェルとラン
二人と別れてからもロアはしばらく探索を続けた。その結果、二度ほどモンスターと会敵することができた。最初に戦ったモンスターと比べ、どちらも一体ごとの強さは及ばないが、それでも中級の壁を超えた先にいる強力な敵である。数も複数と数的不利を強いられたため、ペロのサポートがあってもかなりの苦戦を強いられた。
それでもなんとか負傷せずに倒せた。しかし二回戦っただけで心身の疲労はピークを迎えた。戦闘後、迷うことなく迷宮を出る決断を下した。
迷宮から出たロアは、デバイスをエネムの専用機器に接続し、獲得エネムを同期した。機器に同期されたデータは自動で協会のシステムに送られ、個人の端末から保有エネムを確認できるようになる。
自分の端末から成果を確認したロアは、表示された数字を見て驚きから軽く目を見張った。
『……200万超えてる』
現在の変換レートから獲得エネムをローグ換算した表記には、またもや相当の額が表示されていた。サルラードシティに来てから100万を軽く超えるような金額を目にし過ぎて、金銭感覚がおかしくなりそうな気分だった。
控えめな驚きからすぐさま脱したロアは、冷静になった頭で考える。
『これ、どうなんだろうな』
『どうとは?』
『いやさ、曲がりにも死ぬような思いをして、強いモンスターと戦ったわけじゃん? なのに稼ぎはこれくらいっていうのは、どうも命の賭け損じゃないかなって。別に安いとは思わないけど』
一層で戦っていたときは余裕があった。例えペロの支援を受けなくても一人でやれただろうし、今なら苦戦することもない筈だ。だが二層での戦闘では違う。ペロがいなければ明確に死を覚悟するような場面が存在した。
確かに稼ぎには大きな差がある。一層での数日分を二層では一日で稼げた。比べるべくもない。しかしながら、命をかけるようなリスクを負ってまで挑戦する価値があるかは微妙だ。一度でも負傷すれば治療のための費用が差し引かれる。装備の損耗だって早い。そもそもとして、少なからず死ぬ可能性が出てくる。安全な活動を継続した方がいいのではという気がしてくる。
『リスクを減じたいという気持ちは理解できます。ただ現時点で、消極的な手法に縮こまるのはお勧めしません』
『そうなのか?』
『はい。あなたも実感した通り、強敵と戦うほどに魔力というのは研ぎ澄まされていきます。それは魔力に限らず、身体能力や戦闘の感なんかも磨きがかかります。強くなるには、ある程度の危機に身を投じるのは効果的なことなのです』
訓練でも戦闘能力は鍛え上げることができる。維持することも同様だ。だが仮に死線をくぐり抜けた百戦錬磨の者と、訓練だけでまともな実戦経験を積んでいない者が闘えば、勝利するのは大抵前者である。これはれっきとした事実として、ペロの知識に保管されている。
『私のサポートが予防になる今はまだいいです。けれども、今後相対する敵が強力になっていくごとに、私の支援は保険の役割を失っていきます。本物の強敵は、生まれる隙を絶対に見逃してはくれないからです』
現在のロアが戦うレベルの敵は、本来のペロの支援者が戦うと想定された敵に比べ、非常に格の劣る相手と言わざるを得ない。そのためロアが戦闘で悪手を踏んでも、ペロが咄嗟の判断で帳消しにすることが可能である。しかしこれからより強力な敵と戦えば、その咄嗟は意味をなさなくなってくる。
リスク回避を念頭に置けば安全であるが、代償に強くなるための機会は失われてしまう。それをペロは憂慮した。
『そして最終的は着地点をどこに置くかで、また話は変わってきます。あなたはどんな未来を見据えているのか。もっと言えばどういう人間になりたいのか。探索者として大成したいのか、ほどほどで構わないのか。はたまた全く別の生き方を見つけたいのか。それだけでも、するべきことは全然違ってきます。私が言うのもなんですが、必ずしも一つの生き方に拘ることはありません』
『どんな人間になりたい、か……』
そう言われ、ロアは考える。漠然とこうなりたいという思いはある。探索者として成功して、成り上がって、今までとは違う自分になる。あの日、夢以外には何もない路地裏で、仲間と呼べる者たちと決起した目標。現実を知るごとに、改め変わっていった自分の未来。
それを考えれば、やはり一流の探索者になること。それが自分の夢と言えるかもしれない。
しかしそう思うと同時に、別の思いも湧き上がってくる。果たしてこれは自分の夢と言えるのか。
ペロが口にした別の生き方。今までの自分には、それを選ぶ選択肢はなかった。考える余裕もなかった。何も持たない路上孤児の自分では、生きていく上で、探索者になる以外に道はなかった。グループに入る選択肢は結果として存在した。自分はそれを選ばなかったが、それも探索者として生きていくのとどれだけ違うのか。
それだけしかない未来を選んだとして、それは選択したと言えるのか。夢と言えるのか。消去法的に選ばされただけではないのか。
今更探索者をやめることはしないが、どうしてもその考えは頭に引っかかった。
考え込むロアに、その背中を軽く叩いて声をかける者が現れた。
「やっ、さっき振りねロア」
「リシェル?」
思考に没頭していたロアは、人物の接近に気づかず、驚くように顔を上げた。そこには先ほど迷宮内で遭遇した、リシェルとランの二人がいた。
考えるのを中断したロアは彼女たちに向き直る。
「二人も戻ってきてたのか」
「まあね。モンスター部屋ってそんなに出現頻度高くないから、一回の探索で一度見つけられれば十分なのよ」
「そうなんだ」
気安い様子で話かけてくるリシェルに、ロアは軽く受け答える。ランの方は、迷宮内であった時のように無表情で立ちすくみ、会話に混ざってくる様子はない。
変わった二人組だなと思うロアは、そこで、なんとなく周囲から視線を向けられていることに気づいた。そちらに顔を向けてみれば、一部には露骨に視線を逸らされるも、多くは変わらずこちらの様子を伺っているようだった。
原因が何にあるかを考え、すぐに目の前の二人にあることに思い至る。
「二人って、もしかして有名人なのか?」
「うーん、まあ、そうかも。自意識過剰ととられるかもしれないけど、ほら、私って強くて可愛いから」
冗談っぽく微笑みながら、彼女はそう言った。
探索者には女性も多いが、その男女比は偏っている。ロアもこれまで何人か女性の探索者を見かけたことがあるが、やはりそれは少数だった。オルディンのグループに所属していたサラや、カラナを含めたかつての仲間たちとしか、まともに会話をした記憶もない。
それを考えれば、容姿が優れ戦闘力も高い二人はかなり珍しい存在なのかもしれない。ロアにとっても始めて遭遇する手合いであった。
「確かに二人とも強くて可愛いな。有名になるのも分かる気がする」
ロアは正直に思った感想を述べた。
相手の反応が予想外だったせいか、リシェルは若干眉をひそめて問うた。
「……思ったけど、あなたってあまりツッコミとか入れないタイプ?」
「つっこみ? ああ、そうか。いや、俺は斬り込むから、突っ込むタイプだと思うぞ」
「……なるほど。天然ボケってところね」
ロアの答えに、微かに頬を引きつらせてリシェルは笑う。その後ろではランが顔をうつむかせ体を震わせていた。
二人の反応を目にして、ロアは困惑からペロに尋ねた。
『リシェルが何言ってるか、お前分かるか?』
『分かりますが、あなたは分からなくてもいいことです。大したことではないので』
特に知りたいことでもないので、それを聞き困惑と一緒に疑問を引っ込めた。
「それより、俺はもう帰るけど、二人はまだここに残るのか?」
「いいえ、私たちも都市に戻るわ」
「そうか」と返事をして歩き出すロアに、二人は仲間のような距離感で一緒についてくる。距離感の近さが多少気になったが、出入り口は同じ方向であるので、何か言うほどでもないかと流した。
駐車スペースまで来て、ロアは二人に別れを告げる。
「じゃあ、俺はあっちだから」
「え? あなたって自分の車両は持ってないの?」
「持ってないよ。だからいつも輸送車に乗ってきてる」
意外そうに聞くリシェルに、さも当然といった様子でロアは答える。
「そうなんだ。それならこっちに乗っていったらどう? 送るわよ」
背中を向けようとしたロアに、そのような提案がなされる。少し前にも同じことを言われたのを思い出しつつ、ロアは不思議そうな顔をして聞いた。
「リシェルって、誰にでもこんな風に気安い感じで接するのか?」
「そんなわけないじゃない。なんでそう思うの」
「なんでも何も、俺たち今日、というか、さっき会ったばっかだぞ」
ロアの抱いた疑問に、「ああ、そういうこと」と、彼女は頷いた。
「私たちに近づいてくる男って、これまでいくらでもいたのよ。うざったいほど見え見えの悪意や、下劣な下心を抱えてるような連中が、それはもうたくさんね。けれどあなたみたいに裏表なく、色眼鏡をかけずに接してくるような人っていうのはほとんどいなかったわ。理由というならそれが理由ね。滅多にない出会いは大切にしたいって思うの。……でも、あなたが迷惑なら控えるけど。嫌だった?」
「いや、嫌じゃないけど。普通に疑問だった。探索者ってもっと殺伐として、お互い警戒し合うものだと思ってたから」
「ああ、それはそうね。言った通り、私たちだってそういう考えは持ってるから」
「その割には警戒感薄すぎないか。俺が悪意を持ってるかどうか、判断つくかわからないだろ」
「そうでもないわ。これでも他人の視線には敏感なの。相手に他意があるくらい、その程度の判別はつくつもりよ。それに何より、あなたは私たちを助けに来てくれたじゃない」
迷宮での出来事を引き合いに出して、リシェルは親しく接する根拠を告げた。
いまいち理解が及ばない説明を聞かされて、ロアは小さく首を傾げる。
「助けを求めればそうする人間くらい、普通に現れると思うけど。俺に限らないんじゃないか?」
「いいえ、いなかったわ。少なくとも、これまで打算なしで私たちを助けようなんて、純粋な正義感を持った人は一人も。全員何かしら二心を抱いていたわ」
「いや、俺も助けたらなら、その分の報酬は貰いたいって思うけど……」
「そういうことだけど、そういうことじゃないの。あなたって、乙女心が分からない人なのね」
リシェルは小さく舌を出し、揶揄うように笑った。
発言の意味がいまいち分からず、ロアは頭の中でペロに対して疑問をぶつけた。
『乙女心って、女の気持ちってことか? そんなの男の俺が分かったらおかしくないか?』
『それは作られた私が、人の気持ちを理解するのはおかしいって意味ですか?』
『え? あ、いや、そういう意味で言ったわけじゃなくてだな』
『冗談です』
急にあたふたと慌て出すロアを見て、くすくすと笑うリシェル。
反応が表に出ていたことに気づいたロアは、恥ずかしそうに顔を赤らめた。
「うわぁ……これがリシェルたちの車か……」
ロアの目の前には、派手なカラーをしたお洒落な車両があった。ボディは全体的に明るいピンクの色をしており、部分的に黒のラインが走っている。車体の上部は膨らむように丸みを帯び、真っ黒なルーフで覆われている。
ルーマスの車両はいかにも探索者らしい無骨な印象を受けたが、こちらは全く正反対の華やかな印象を抱いた。
「思ったけどこれ、結構目立たないか。外を走ってると、人目やモンスター目? につきそうだけど」
「視認という意味ならそうね。でも探知機は動体や存在感を捕捉するから、見た目が多少派手だろうとあんまり関係ないのよ。それに対策くらいはしてるしね」
「こんな風に」と、リシェルが端末を操作すると車の色合いが変化する。ピンクの外装が無彩色の白に変化し、黒い部分は灰色になった。
「他にも光学迷彩機能なんかもあるわ。だからいざというときは大して問題にはならないのよ」
「そうだったのか」と納得したロアは、今一度背後へ振り返り、車の持ち主に対し改めて確認を取った。
「本当に乗っていいのか?」
強力な兵器が搭載され、ぶ厚い装甲を持ついかにも探索者用といった車両。それよりも目の前にあるような華々しいデザインの方が、触れ難い高級感というのを大いに感じる。そんなものに自分のような下級探索者が乗っていいのか。汚すような真似にならないか。
ロアの改まった確認に、リシェルは苦笑しながら「どうぞ」と、勧めるように手を前に出した。その動作と重なるように小さな駆動音が鳴り、車体の側面が開き内部が露わになる。
「おお……」
視界に入る車内の光景を目にして、ロアの口から感嘆の声が漏れる。内装は車というより、こじんまりとした室内という様子で、机や座席、小物やクッションなど、車には似つかわしくないもので溢れていた。
ロアは恐る恐るそこへ乗り込む。続くような形で、リシェルとランの二人も慣れた様子で乗車した。
後部座席の一つに座ったロアは、座り心地のいい感触に身を沈めると、車内を見回して言った。
「この中、なんか普通に綺麗だな。本当に高級な宿みたいだ」
「まあね。自動の清掃・浄化機能があるから、多少の汚れくらいなんの問題もないのよ」
「そうなんだ」
頷いたロアは、自分の止まっている宿よりも、この狭い空間の方がずっと価値がありそうだと感じた。
「なんなら飲食物をぶちまけることになっても、わざわざ染み抜きなんかをする必要はないわ」
「リシェル様たまにやりますよね。それ」
「あなたと同じくらいはね」
久しぶりに口を開いたランが軽口を叩く。それに対してリシェルは即座に反論する。
二人のやり取りを意識の片隅に置きながら、ロアはペロに話しかける。
『なんだろう。車内と外で、空気かなんかが全然違う気がする。なんというか、すごい安心感を感じる』
『そうですか。それは良かったですね』
『うん』
今まで乗った車とは全く違う乗り心地に、ロアはなんとも言い表せない充足感を感じていた。
その様子に気づいたリシェルが、パートナーとの不毛な会話を終わらせ、後ろに座る相手へ感想を聞いた。
「どうかしら。これの乗り心地は」
「すごくいい感じする。前乗ったのも良かったけど、こっちはなんだかいい匂いもするし」
「芳香機能もあるから、それが理由かしらね」
変わった感想に少々苦笑したリシェルは、そのまま車を発進させた。
非常に静かな走行音を発する車内から、ロアは外の方へと視線をやる。車の速度に合わせて車外の景色は後ろに流れていく。振動や揺れをほとんど感じないため、景色が変わらなければ発進したことに気づかなかったかもしれない。静音性にも優れていると感心した。
進行方向を向いていた座席を回転させ、リシェルが対面するような位置取りでロアの正面に移動する。動く座席に驚きつつ、ロアは気になることを質問した。
「自動とはいえ、見張ってなくて怖くないか?」
「ランが見ててくれてるから問題ないわ。制御自体は左右どちらからでも受け付けるしね。それに車外の様子は、搭載されてるデバイスを着けて確認できるのよ。あなたもこれをつければ、車両前方や周囲の様子を見ることができるわ」
座席に備え付けられてるディスプレイ装置。リシェルに勧められ、ロアはそれを頭部に装着した。装置を着けると、視界には車内と全く違う、外の光景が映し出された。
「おお」
「視点を動かしたり、遠景を拡大表示することも可能よ。意思表示デバイスだから、考えるだけで勝手にそうしてくれるわ」
言われた通りに遠くの景色が見たいと念じてみると、それだけで視界はズームアップされた。元に戻るよう考えると、また縮小表示に切り替わる。左右を見たり、上を見上げたり、車体後方に視点を変えたりと、確かに自由に視界を操作できるようであった。
「すごいけど、ちょっと操作するの難しいな」
「慣れれば簡単になってくわ。こういった肉体的動作を介さない思念行為は、魔術や特定の道具なんかを使う上でも重要になってくるから、できるに越したことはない技術よ」
言われてみれば、なんとなく意識の使い方が魔力の操作に似ているかもしれない。そう考えたロアは、これまでの経験を糧として、短い時間で徐々にコツを掴み始めた。
まだ慣れ切らず、少し頭部を動かしてしまいながら、見えない相手に向けて問いを発する。
「これ、やっぱり高いんだよな。いくらくらいしたか聞いてもいいか?」
「うーん、そうね。5億ローグくらいだったかしら」
「ぶっ」
あっさりととんでもないことを言い出すリシェルに、ロアは堪らず吹き出した。そしてデバイスを頭部から外すと、僅かに慄きながら問いを重ねた。
「ご、5億……? これ、5億ローグもするのか……?」
「あー、うん。そうそう、そうだったわよね、ラン?」
「いえ、6億2000万ローグでした」
話を振られたランが、曖昧な内容を正確なものに訂正した。
「んー、言われてみれば確かにそれくらいだったかも。よく覚えてるわね」
「当然です。高ランク探索者の優遇制度。それを利用した分割払いをリシェル様が拒否したせいで、一時的に借金を作る羽目になりましたので。それが原因で一時期借金返済のため、狭い車内で寝泊まりし連日遺跡に通うことになった件を、私は今でも忘れていません」
「あー、うん。分割払いって嫌いなのよね私。って、お金足りなくなったのは、あなたが勝手に購入資金を自分の装備に充てたからでしょ。都合の悪いことだけ無視しない」
「そんなことは忘れました」
億単位の金額を端数のように数える二人を見て、ロアは呆れや驚きを通り越した。
「Cランク探索者ってすごいんだな……」
そう感嘆を込めて吐露するが、冷静に考えれば当然の話かもしれないとロア思う。成り立ての中級相当である自分ですら、日に200万ローグを稼ぐことができたのだ。自分よりもずっと強い二人なら、装備や必要物資など諸々の経費を除いても、6億くらい稼げていてもおかしくはない。
上位の探索者というのは、本当に稼げるということを改めて実感した。
ランとやり合っていたリシェルが、またロアの方へと向き直る。
「これでも乗り心地や快適性なんかを優先してるから、武装や走行機能が充実してる車両に比べたら、決して高くはないんだけどね。大きさもコンパクトに収まってるし」
「へー」
補足的に言われた内容に、ロアは適当な返事を返した。あまりにも住む世界や価値感が違いすぎて、これ以上ついていける気がしなかった。
高級車による数分のドライブは終わり、三人を乗せた車両は都市へと帰還した。
「あっ、そうだ。連絡先の交換をしましょう」
帰還して早々、思い出したようにリシェルが言う。今更断る理由もないので、ロアは躊躇うことなく了承した。
「あれ? あなたの持ってる連絡先ってこれだけ?」
「そうだけど、何か問題あるのか?」
手順通り探索者IDを交換しようとしたら、リシェルから疑問の声が飛んできた。
「問題というほどじゃないけど、ちょっと不用意ね」
「不用意?」
「ええ、探索者IDは便利だけど、大抵はそこそこ親しい相手にしか渡さないわ。普通は使い捨てにできる連絡先をいくつか用意しておくものよ。一時的な関係性や、厄介な相手との関係をすっぱりと解消するためにもね」
「なるほど……?」
「それとついでにこれも言っておくけど、今あなたが使ってるデフォルトの公衆回線は、無料で利用できるけど暗号強度的に秘匿性が乏しいわ。ある程度の権限があったら覗くこともできるの。可能ならセキュアな通信を利用するのが方がいいわ。費用はかかるけど、こっちは余程のことがない限り通信内容を第三者に知られることはないからね」
またしても知らなかった内容を聞き、ロアは感心するような声を出す。
「そうなんだ。あとで色々調べてみることにするよ」
「それがいいわ。探索者にとっては情報のやり取りもまた、命に関わることだからね。疎かにするべきじゃないわ」
連絡先の交換を終えたのを見計らい、運転を担当していたランが確認を取った。
「この辺りで降ろしてもよろしいですか?」
それに反応しようとする前に、リシェルがある提案をする。
「折角だし、このままご飯でも食べに行かない?」
デジャヴを感じたロアは、またしても相手の提案の意図について聞き返した。
「こういうときって、食事に誘うのが普通なのか?」
「普通とは言わないけど、まあ、なくはないって感じかしら」
そんなものかと思い、ロアは少し考える。以前ルーマスに誘ってもらったときは、借りを作りたくない気持ちと懐の寂しさから断った。けれど今回はその問題は解決されている。探索者活動は順調で、お金に困ってるということはない。稼ぎも増えており、生活には余裕が出始めた。そろそろ装備以外にお金をかけてもいい頃合いである。
考える様子を見せるロアに、リシェルが遠慮がちに笑って言う。
「あー、無理してまでってわけじゃないから。気が進まないなら遠慮なく断ってちょうだい」
それでロアは結論を出した。
「いや、行くよ。本当に一緒していいならだけど」
「もちろんいいに決まってるじゃない。誘ったのはこっちなんだから」
提案が受け入れられ笑顔を見せるリシェルに、ロアは条件を付けるように言う。
「でも、できるだけ安いところにしてくれ。俺の懐が痛まないくらいの。何百万ってのは流石に無理だから、百万以下で頼む」
「流石にそんな店はそうそうないわよ。なんなら奢ってもいいんだけど」
「それはやだ」
よく分からない価値観と意地を示され、リシェルは苦笑しながら行き先を変更した。
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