第33話 迷宮遺跡

「もう街中を抜けたのか。やっぱ車って速いな」


 都市の街並みが高速で遠ざかっていく光景を目にして、ロアは強風に煽られながら感想をこぼした。


 ルーマスから共同探索の申し出を受けたロアは、最初それを断ろうと思った。しかし、自分が知らない遺跡に関する情報を聞かされて、結局行動を共にすることにした。完全に信用したわけではないが、得られる情報や経験を優先した形である。

 それに、やはり偏見や憶測からくる可能性だけで、自分の選択を狭めたくはない。そういう理由も存在した。これだけは変えるわけにはいかなかった。


 助手席から身を乗り出していたロアは、体を車内に引っ込めて適度に弾力のある座席に体を沈める。途端に風を感じなくなった車内で、同じように運転席で座るルーマスの方へ視線を向けた。

 自分の端末を弄りながらたまに目線を前方に送ってるだけの彼は、すぐそばにあるハンドルに触れようともしていない。運転席に気を緩めた格好で座ってるだけだ。それが車を操作するための部品だと認識しているロアは、その部分にどうして手を触れさせていないのか気になった。

 視線に気づいたルーマスが、端末に落としていた目線を上げた。


「ん? ああ、もしかしてステアリングが珍しいか?」

「……いや、そうじゃなくて。それ、触ってないから気になって」


 ロアの言いたいことに気づいたルーマスは、「ああ」と声を上げると、端末から右手を離してハンドルの上に置いた。そして軽くハンドルを回せば、車の進行方向が僅かに右へずれた。


「一応手動での操作も受け付けるが、これは基本的に完全自動操縦なんだよ。だから別にいちいち手を置かなくても勝手にこれは進むんだ」

「じゃあ、なんでそんなの付いてるんだ?」

「そりゃ自分で運転するためだよ。いくら自動だからって、なんもかんもシステム任せじゃ味気ないだろ? ああいや、少なくとも俺はそういう派ってだけだ。そうじゃない奴もたくさんいる。だが俺みたいに考える奴は少なくない。まあ、走り屋連中ほど行きすぎてるつもりもないがな」

「走り屋?」


 聞き慣れない言葉にロアは首を捻る。ルーマスは走り屋について簡単に説明する。

 境域では多くの地域で土地余りの状態となっている。場所問わず徘徊するモンスターや、体制側が管理しきれない武力を持った個人や組織が不特定多数存在するために、限られた土地の中でしか居住の安全性を確保できないのが理由だ。

 そういった事情がある中で、探索者とは境域内を自由に移動できる人種と言える。都市の狭い支配地域に囚われず、自らの意思と力でどこにでも行くことが可能である。そんな彼らの中には、移動することの魅力に取り憑かれた者たちがいる。自前の改造車両を乗り回し、境域中を自由気ままに移動するのだ。それが走り屋である。


「ふーん、変な奴らもいるもんだな」

「言っとくが、俺やお前にとっても他人事じゃないぞ。走り屋ってのは、大抵の探索者にとって迷惑きわまりない連中だからな。他人の迷惑顧みず爆走するこいつらは、悪質なのだと大量のモンスターを連れ回してはそれを他人に押し付けていく。そんなのに遭遇した日には地獄を見ることになる」


 その想像以上に有害な行いに対して、ロアは思わず顔をしかめた。


「……それ、都市や協会にどうにかしてもらうことはできないのか?」

「残念なことに、それが犯罪かどうかは微妙な塩梅なんだよ。集めたモンスターの群れを都市に誘導すれば、故意過失関係なく重罪となっているんだが、他の探索者に押し付けたからって、それはそこにいる当人らの問題でしかない。その探索者への敵対行為にはなっても、犯罪行為と断定できるかは難しいんだ。モンスターから逃げてるだけと判断できなくもないからな。明らか故意にやったという証拠を用意できれば別なんだが」


 話を聞いて、ロアはまた一つ気をつけるべきことを追加した。


「でも俺は運転できないから、車を手に入れてもシステムに任せっきりになりそうだ」


 こと運転に関しては、自分には関係ない話としてロアは軽く流そうとする。しかしながら、ロアが下した結論にルーマスは待ったをかける。


「完全自動は確かに便利だが、車両持ったら自分で運転を覚えた方がいいぞ」

「そうなのか?」

「ああ。探索者はときに、乗車しながらの戦闘になることもあるからな。そういうときは人間の運転技術が必要になるんだ」


 完全自動運転は、車両に搭載された高度なセンサーが、周囲一帯の空間情報をリアルタイムで読み取り進路情報を算出している。そのため発生した障害物や阻害事態には対処できても、特に意図してセンサーを誤魔化す攻撃に対しては無力なことが多い。その場合、高度に知覚能力に長けた人間が運転を担う必要がある。


「ランダム回避だけでどうにかなる場合も多いが、できるなら高度な運転技術を身につけるのがいいな。探知機を併用して敵の攻撃を自力回避するんだ。未熟でもなければそっちの方が被弾のリスクを減らせる。と言っても、高性能な車両だと自動回避能力や迎撃防御能力もかなり高いから、資金に余裕があるなら必要ない技術だけどな」


 ルーマスは苦笑気味にそう言った。ロアとしては、金も技術も無いのでそれ以前の問題であるが、この先車両を手に入れることがあったら、自力での運転は覚えることになりそうだと思った。

 そうこう話しているうちに、視界の先に地平を覆う多数の構造物が見えてきた。


「見えてきたな。あれがセイラク遺跡だ」




 視界に映ったセイラク遺跡の印象は、ネイガルシティ近くにあった遺跡よりも存在感が強かった。地面に根を下ろしたように屹立する多数の高層建築物。その光景は、それを眺めるロアに都市に聳え立つビル群を思い起こさせた。

 徐々に近づき鮮明になっていく旧時代の残照は、一部が崩れ落ちたり倒壊するなど時の流れによる変化をまざまざと見せつける。それらは一見して風化や劣化が目立つ様相であったが、それだけが原因のようではなく、戦闘などによる人工的な破壊も感じられた。

 なんとなく哀愁漂う光景の中に、不自然に整備された道が一本存在している。それは遺跡の奥へと続いているようだった。ルーマスは迷いなくそこへ車を走らせた。




「ここってもう遺跡の中だよな? まだモンスターは出ないのか?」


 遺跡と思われる場所に入ってからずっと周囲に注意を向けていたロアであったが、モンスターの一匹すら出現しない現状について、確認も込めてルーマスへ問い合わせた。


「ああ、この辺はもう制圧が終わってる場所だからな。たまに掃除もされてるし、奥へ行かないと遺物もモンスターもほとんど出ないだろうな」


「へー」と状況に納得したロアは、遺跡なのにモンスターが出ないことを不思議に感じながら、警戒を解いて興味深げに車外の景色に視線を巡らせた。

 都市に入ってから自力での運転に切り替えたルーマスが、この辺りの遺跡事情についてかいつまんで教える。


「この辺はとうの昔に制圧済みなんだが、運が良ければ未発見のお宝が見つかることもある。目につくのはあらかた運び出された後だが、たまに未稼働の自律兵器が動き出して出くわした探索者を襲うんだ。そういう場所にはまだお宝が残ってることが多い」

「そうなのか」

「ああ。さしずめそいつらは、幸運の招き手かそのものって感じだな。まっ、そんな幸運を拾うより、モンスターを狩った方が確実な金になるから、初心者の遊び場程度にしかなってないけどな」


 未発見のお宝と聞いて、ロアはネイガルシティで金庫を発見した時のことを思い出した。


『ネイガルの方で見つけた金庫。アレみたいなのもまだ残ってたりするかな?』

『可能性だけならそうですけど、ルーマスの言った通り博打要素が高そうです。あまり期待しない方がいいでしょうね』

『それもそうか』


 ギャンブル要素は高く実入りは悪そうだが、危険はなく安全に稼げそうではある。ロアはそれについても一応頭の片隅に入れておいた。モンスターと戦うのが嫌なわけではないが、やはり探索者と言ったらお宝探しである。そういう一攫千金が望めるロマンも、探索者の醍醐味であると認識していた。

 チラホラと人の数が増え始め、所有者がいそうな乗り物が増え始まる。周囲に動くものの気配が強くなったところで、ようやく目的地と思われる場所に到着した。限られた入り口からそこへと入り、車は駐車スペースの一角で止まった。


「ここがこの遺跡の前線基地なのか?」


 窓から辺りの様子を窺っていたロアが疑問の声を発した。

 敷地の外を見通すことができるバリケードのような役割を持った半透明の壁。その壁が駐車場を含む広い空間を、出入り口を除いて隙間なく囲んでいる。そして今いる駐車場の奥には、ここの拠点と思われる大きな建物が存在するのが見えた。


「そうと言えばそうだが、違うと言えば違うな。ここは基地の役割も兼ねてはいるが、それがメインじゃない。こここそが迷宮遺跡なんだ」

「?」


 ルーマスの答えを解したロアは疑問符を頭に浮かべる。対照的に、『そういうことですか』とペロは得心する様子を見せた。

 ペロに何か聞くより先に、ルーマスがこの場所の説明を始めた。


「迷宮遺跡ってのはな、旧時代に造られた、いわばモンスターの限定出現施設なんだよ」


 旧時代に作られた建物や施設の中で、モンスターを生み出す機能を備えているものはそう多くない。それは主に工場だったり、軍事施設だったり、それそのものが生産拠点としての役割を基に建造された重要施設だ。そういった施設で生産されたモンスターは、そこから周辺地域へと開放される。その施設や、今ではいなくなった人類の拠点を護るために、永遠と。それが、境域に出現する主なモンスターの出現理由だとされている。

 そんな旧時代の遺構の内、モンスターを生み出すのにもかかわらずそれを外に吐き出さない、特異な建造物も確認されている。そのうちの一つが迷宮遺跡である。


「中に入るとモンスターが出るんだがな。それは決して外に出てこないんだ。無理やりに連れ出したとしても、中から出した時点で消えちまう。倒したのと同じようにしてな」

「……ん? 今、モンスターを倒したら消えるって言ったか?」

「そうだよ。迷宮内で倒したモンスターは、あるものを残して消えるんだ。それがこの遺跡最大の特徴だな」


 迷宮の中でモンスターを倒すと、死体や拡錬石などは残らずあるものを残して消えてしまう。探索者はそれを集めて金に変えている。ロアは『あるもの』について尋ねたが、それは遺跡に入ってからのお楽しみとルーマスにはぐらかされた。

 あとで知ればいいかと一旦疑問を脇に置いたロアは、ある質問をペロに飛ばした。


『なあペロ、これって何のために作られたか分かるか?』


 旧時代に作られた設備が、現代でもモンスターを生み出し続けているのは知っている。しかし、迷宮遺跡ではモンスターが生まれても外には出てこない。どうしてそのようなものが存在するのか謎だった。

 ペロが自分の持つ知識の範囲で語り始める。


『そうですね。時の変化で意味は変わりましたが、もともとこれは兵士の訓練目的で作られました』


 文明の発展や人類の増加とともに、魔物の総数は減少傾向にあった。人工密集地にはただの一体すら存在せず、辺境や僻地に僅かな数が生息するのみとなっていた。これは多くの人々にとって歓迎されたことであるが、一部では憂慮を生んだ。


『魔物の数は減りましたが、それは弱小の個体に限ります。魔神種や禍種のような、一部の強力な存在は依然として残り続けました』


 文明が発達し、人類が力をつけようと、人知を超越した怪物を根絶するのは不可能だった。それら強力な魔物に対抗するため各国は戦うための兵士を生み出し続けた。しかし、鍛えただけの兵にいきなり実戦を行わせるには無理がある。多くの魔物が地域から駆逐されたことで、以前のように経験を積むための手頃な獲物はほとんど存在しなくなった。

 考えた末に、当時の人々は魔物を人工的に生み出すことを思いついた。


『それこそがかつての修練施設であり、今では迷宮遺跡と呼称されるものの正体です。そしてこれが自動守護存在の原点となりました』

『じゃあ、外を出歩いてるモンスターよりこの中にいる奴らの方が先に生まれたってことか』


『そういうことですね』と、ロアの理解にペロは肯定を示す。


『そうして時が経つにつれ、修練施設の趣旨は当初のものから外れていきました』


 修練施設で自由に魔物を生み出せるようになった人々は、次第に本来とは異なった目的でそれを活用し始めた。生み出した魔物の完全制御が可能となり、戦闘時の安全性を確立できるようになったことで、施設の使用法が娯楽化に傾いていったのである。生身の人間が再現された魔物と戦う。それを見世物にすることもあれば、遠隔操作義体を使用した者が、施設内の攻略速度や魔物の討伐数を競うなど、個人の遊戯としても使用されるようになった。文明が発展し技術が進歩するごとに、人々は魔物の脅威を忘れていき、元々の意義とは異なる遊びに没頭する傾向は強くなっていった。


『最終的に、それが上位存在との争いを引き起こす一因になったわけですが、施設についての説明はそんなところです』


 最後だけ妙に規模が膨らんだが、そこでペロの説明は終わった。先史文明が滅んだきっかけ。それが気にならないではないロアだったが、それを口に出すより先に、ペロが不思議そうな声音で言葉を発した。


『それにしても妙ですね』

『何がだ?』


 怪訝を露わにした相棒に、ルーマスに悟られないよう、反応を表に出さずロアは応じた。


『この施設のことです。教えた通り、これはもともと兵士の訓練目的で作られました。つまりは軍事施設ということです。もちろん娯楽化に傾いたので、本来の目的とはかけ離れたものも多数存在します。しかし、人口密集地のにこうも堂々と聳えるのは分かりません。普通は都市郊外や居住地からは離れた場所に作られますから。いえ、私も全てを把握しているわけではないので、あくまで私の知識にあるスタンダードな話という意味になりますが』


 自問を自己解決したペロは、次が本題と言わんばかりに、『妙というのはもう一つあります』と続けた。


『以前に一度話しましたが、かつての人類は広域に幅広く存在していました。上位存在との戦争激化により都市部への極化集中が起きたとはいえ、広範囲に散らばって生活するのが普通だったのです。それを考えると、現状のこれはあまりに不自然です』

『不自然?』

『はい。そのような人口集中が起きた都市は、上位存在の攻撃に耐えるため、都市そのものを収容化しているのが普通です。地上から天辺までを堅牢に覆うのです。セイラク遺跡はそれに当てはまりません。つまりは平時においての人口集中地域となります。しかし、それにしてはここだけ保存状態が良すぎるのです』

『それだと何か問題なのか?』

『不可解なのです。広い地域に居住地が築かれた筈なのに、外側には何もなく、ここだけがまるでくり抜かれたように存在している。ネイガルシティからの移動の際にもこの虫食い状態には疑問を抱きましたが、こうもあからさまだと疑問の思いが強くなります。合間の営みはどこへ消えたのかと』


 そのような疑問がペロから発せられるが、ロアには旧時代の営みなど想像できない。自分の経験から思いつく予想を適当に述べてみた。


『よく分かんないけど、千年以上も時間が経ってるんだろ? だったら劣化して塵か何かにでもなったんじゃないか。それかこういう場所以外は全部吹き飛んだとか』

『そういった可能性も無くはないですけどね。まあ、気にしても仕方がないことなので、今は横に置いておくのが良さそうですね』


 ペロは抱いた疑問を自発的に引っ込めた。それでいいのかとロアは首を傾げたが、ペロが何を気にしてるかあまり分からなかったので、この話を続けようとは思わなかった。

 ルーマスの後ろをついて行ったロアは、やがて駐車場から見えていた建物の中に入り込んだ。


「ここが迷宮とやらなのか?」


 建物内部に入ったロアは、まるで協会のような光景を目の当たりにして、念のために確認を行った。


「いや、ここはまだ迷宮の外だ。迷宮遺跡の外側にこの建物を造って、まるまる覆っているんだ。迷宮は管理する都市にとって貴重な財源だから、こうやって出入りを完全に制御する方法をとってるんだ」


 探索者が遺跡に挑むのは原則自由となっている。遺跡のモンスターに挑むのも、そこにある遺物を持ち帰るのも、都市や協会から制限されることは基本的にない。ただしそれは未踏破や未発見であるなど、誰の権利も主張できない対象に限られている。他の探索者チームが占有を宣言している遺物や施設に手を出せば、そのチームとは殺し合いに発展する。同じように、都市や協会が保有を宣言している場所ならば、それに無断で手を出すことは許されない。迷宮遺跡もそういった事例に該当する。


「財源? でも中にはモンスターしか出ないんだろ? しかも死体を残さずに消えるって。あるものが残るって言ってたけど、それがすごい金になるのか?」

「そんな感じだ。まあ口で説明するより、アレを見てみろよ」


 ルーマスが顎で示した方向にロアは顔を向けた。そこには協会施設のような窓口が存在し、その上には表示装置が設置されている。その画面上には数字や文字列が並んでいる。窓口の横側では機械が立ち並び、探索者らしき者たちがその前に立って何かをしている。

 ロアは表示装置に書かれている内容を読み上げた。


「入場資格デバイス、貸し出し5万ローグ。買い切り100万ローグ。変換レート1エネム、1F3,109R。2F9,789R。……何だこれ?」


 そこにはエネムという単語を含め、意味不明の数字ばかりが並んでいた。資格デバイスというのも不明である。

 頭を捻らせるロアの横からルーマスによる説明が入る。


「エネムってのはここで手に入るポイントみたいなもんだ。これを集めると後で景品と交換できるんだ。Fは階層を表してる。ここの迷宮は全部で5階層だから、5Fまであるわけだな。Rは俺たちか使ってる通貨ローグだ。ようは、エネムをローグに変換することできますよって書いてあるわけさ」

「資格デバイスっていうのは?」

「それはここの入場許可証兼エネム取得機器だ。モンスターを倒すと死体は消えるんだが、そのとき倒した奴のデバイスにエネムが送られるんだ。このデバイスがなきゃ、エネムは手に入らないどころか中に入ることすらできない。だから借りるか買い切るかしないといけないってことだ」


 それを聞き、ロアは渋めの表情を作った。


「……ここに挑むのに金かかるのか?」

「当たり前だろ。ここは都市の占有物なんだから。もしかして金ないのか?」


 自分の懐事情を知られるのも構わず、ロアは苦い顔で首肯した。


「仕方ないな。今回だけは俺が払ってやるよ」

「……いや、いい。今回は諦める」

「遠慮すんな。元はと言えば誘ったのは俺の方からだしな。これくらい払うよ。でもまあ、それでも借りを作るのが嫌なら、中でモンスターを倒して返してくれればいいさ。5万程度ならそこそこ強ければ余裕で稼げるからな。別に稼げなくても請求する気はないが」


「どうする?」と問われたロアは、結局ルーマスにここの入場料を払ってもらうことにした。一時的な借りを作る後ろめたさよりも、迷宮という場所への好奇心が勝った。



 ルーマスに支払いを済ませてもらったロアは、受付の者から資格デバイスを受け取った。


「ありがとうございます」


 正しく覚えた言葉遣いで、ロアは丁寧に礼を言った。探索者としての技能以外にも、一般常識としての他者への対応をしっかりと学んでいた。ロアの礼に、女性は小さく微笑みを浮かべて頭を下げた。その所作に、ロアは何となく違和感を覚えた。


「もしかして、自動人形を見るのも初めてか?」

「自動人形?」


 初めて聞く言葉を耳にして、またもロアは聞き返した。質問ばかりの相手にも気を悪くすることなくルーマスは教える。

 自動人形とは旧時代に造られた人型の自動機械である。人間の手助けを目的として設計されており、人々の生活補助全般が主な役割となっている。自動人形は見た目は人間と大きく変わらず、人々の仕事を肩代わりすることができる。ただ、設定されたプログラムによる状況判断能力に優れるが、応用能力や突発的な対処能力には低く、ある程度接すれば機械であると看破可能な模倣能力しかない。


「ただまあ、高性能になると人間と全く見分けつかなくなると聞くがな。そこまでのは俺も見たいことないけど。それと同じやつならここでも手に入るぞ」


 自分の感じた違和感はそれであると察したロアは、その自動人形をもう一度見ながらペロにも一つ質問した。


『この人たちって、お前の仲間みたいなもんか?』

『作られたという意味では私たちは皆同じですね。しかし違うと言えば違います。私から言えるのはこれくらいですね』


 微妙に要領を得ない答えに、ロアは『ふーん?』と首を傾げて、彼女たちから視線を外した。

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