第34話 初めての迷宮

 資格デバイスを装着したロアは、ルーマスとともに迷宮入り口前に存在するゲートをくぐっていた。


「ここをくぐるときにデバイスを持ってなかったりランクが不適正だったりすると弾かれるんだ」

「デバイスの方はともかく、ランクはどうやって判断するんだ? 登録証の提示とか求められなかったけど」


 ゲートをあっさりと通過したロアは、後ろを振り返りながらそんな疑問を口にした。


「この施設はサルラードシティの協会支部と連携してるから、当人の生体魔力認証が有効なんだよ。だからいちいち探索者ですよって証明しなくてもいいんだ。探索者の情報は登録時に全都市で共有されるから、どこで探索者になろうと漏れもないしな」


 それを聞いて似たような話を登録証を受け取った際に聞かされたことを思い出した。

 抱いた疑問とは別にルーマスからもう一つ教えられる。迷宮遺跡にはその迷宮の難易度に応じて、挑戦するのにランク制限が課されている。これは強力な探索者に迷宮を破壊されないための措置である。

 迷宮の最奥には、迷宮そのものを成り立たせるというコアが存在するとされている。これは大変貴重な物であり、迷宮を管理するどの都市も、最終的にはこのコアの入手を目的としている。しかしそれを完全な状態で手に入れるのは容易ではなく、これまでに何度もコアの入手は試みられたが、多くの場合で失敗し、迷宮そのものを失ってきた。そのような経緯があるため、迷宮の保有者は短絡的なコアの獲得を諦め、長期的な利益を上げる方向へ舵を切った。


「探索者に迷宮へ挑ませて、エネムを稼いできてもらう。それを買い取って、纏まったところで景品に変える。それに加えて、資格デバイスの貸し出しや買い切りなんかで、利益を出すってわけだ」


 資格デバイスは迷宮遺跡の地上部分の施設で手に入る。迷宮自体と比べこちらの制圧はさほど難しくない。都市はそれを管理することで安定的な利益を上げている。

 高ランク探索者に挑ませないのは、彼らでは迷宮の守護者を打倒してしまう恐れがあるからだ。どの迷宮の守護者も討伐強度で最低Bランク帯は下らない。このセイラク遺跡迷宮では守護者の強さは推定BBBランク帯とされているが、それほどの討伐強度を誇っても上級探索者ならば討伐できてしまう。そして守護者が倒されれば、迷宮のコアは自壊する。そういった理由があるため、どの管理迷宮でも探索者の挑戦資格にランク上限を設けている。



 肝心の迷宮は地下に存在するらしく、階段で地下へと移動していた。


「エネムを使えば階層移動もできるが……お前は始めてだし、下に行くほどモンスターは強いから、一層からでいいよな?」


 ルーマスからの確認に、ロアは一言「任せる」とだけ答えた。今回は彼のおかげで迷宮に入ることができた。それに迷宮での経験も知識も、自分よりずっと上である。迷宮内での判断や決定は全て任せるつもりでいた。


「そういやお前、情報記録装置は持ってないのか?」

「なんだよそれ。情報端末とは違うのか?」

「あー、機能一体型もあるが、その二つは別物だな。大抵は探知機に備え付けて使うもんだ」


 情報記録装置とは探索活動を記録するための機器である。迷宮内は外部とは切り離された隔離空間であり、そこに都市や協会の目は届かない。そのため内部で無法を働く者もいる。他者を襲い、装備とエネムを奪うのだ。そういった者たちに襲われたとき、重要となるのが情報記録装置のデータである。殺された場合には無意味であるが、逃走や撃退に成功した際には装置に記録された内容が事実証明の要となる。これは通常の遺跡探索でも同様のことが言えるため、ほとんどの探索者にとって情報端末と同じくらいに必須の物となっている。


「……そうだったのか。知らなかった」


 情報端末は探索者でなくても所持するのが当たり前である。だからロアも端末を持つことの重要性は理解していた。しかし、情報記録装置は探索者以外には無用の物である。本格的な探索活動を始めてまだ日が浅いロアには、それを知る機会には恵まれなかった。


「まあ、持ってても強くなるわけじゃないし、優先度が下がるのは分かるけどな。だけど金に余裕ができたら買うべきだと思うぞ。ここへ来る時に話した走り屋云々も記録装置あっての対策だし、データ自体も高値で売れることがあるからな」


 モンスターとの戦闘データや遺跡内部の情報など、記録装置で獲得できるデータには時に大きな価値がつく。探索者の間で売り買いされることも珍しくなく、その取り扱いを専門とする個人や業者がいるほどである。


「……装備に車両に情報記録装置。なんか買うものばっかだな」


 また一つ探索に必要なものが増えてロアはゲンナリとする。

 稼いでも稼いでも稼いだ端から消えていく。それは確実に自分の力に変換されるが、金に背後をせっつかれてるような生き方に感じられて、少しだけ嫌気がさす思いだった。


「探索者ってのはそういうもんだ。強くなろうと思えば金が必要になるし、続けるだけでも道具は更新しなきゃならん。俺たちが安息を得られるのは、充分に金を貯めてこの稼業を引退したときだけだよ」


 ルーマスはそう言って、肩をすくめ苦笑した。

 雑談していた二人は、ついに目的地とした場所である、少し広めの空間にたどり着いた。そこには数人の探索者が屯しており、自分の装備の確認や仲間と雑談している姿が見受けられた。


「ここからはモンスターが出るから警戒しとけよ。って他の連中もいるから、もうしばらく歩かないと出くわさないだろうけどな」


 その空間を止まることなく抜けて、二人は先へ進んでいく。歩きながらルーマスは、自分の知る迷宮の情報をロアへ伝える。


「ここは一階層だから、出るのはE〜Dランク帯だな。討伐強度にすると14~19だ。一番弱くてもそんだけの強さがある。だからEランク以上しか入場できないんだ」

「……そんな所に俺を連れてきたのか?」


 最も弱いモンスターでも強度14の強さがあると聞き、Eランクでしかない自分を連れてきたルーマスに若干の不信感を抱いた。そのロアの不信を、ルーマスはなんとはなしに払拭する。


「だってお前魔力活性者だろ。Dランク帯以下なら問題ないと思っているが、違うか?」

「……気づいてたのか」


 僅かに警戒を込めたロアの声音に、ルーマスはフッと口元を緩めた。


「そりゃ気づくさ。装備はショボい。知識も足りない。おまけに見た目はただの子供。そんな奴が一人で都市間を移動できるほど、境域は甘い場所じゃない。隠すつもりがあったなら、その辺もう少し上手くやる術を覚えるべきだな」


 確かにそう指摘されれば、自分には不自然な点がいくつもあることをロアは自覚する。それにそもそも、魔力に関することは知られても問題はない。知られたくないのはペロについてだからだ。魔力使用の可否は知られようが、正直どうでもいいことである。寧ろそれがカモフラージュになるなら、積極的に知らしめるべきくらいだ。

 そこまで考えたロアは肩の力を抜いた。


「知ってて誘ったってことか?」

「いいや、確かにランク以上の実力はあると思っていたが、それだけで共同探索なんて誘わんよ」

「ならなんでだ?」


 ロアの素朴な問いに、ルーマスは困ったように頭を掻いた。


「強いて言うなら……心の納得のためだな。相手どうこうより、俺がそうしたかったってだけだ。その理由の方は、お前がものを知らなそうなガキだから。これじゃ駄目か?」


 想定してたのとは違う答えが帰ってきて、ロアは少し驚いた。


「お前、いい奴なんだな」

「まあ……良いか悪いかは別にして、そう言われて悪い気はしないよ」


 ルーマスは照れ臭そうに顔を背けた。




 迷宮に入ってから十分以上が経ち、雑談のタネも尽きたところで、二人はようやくモンスターと会敵した。


「よし、まずは俺が戦うから。お前は見ておけ」


 ロアよりも早くにモンスターを発見したルーマスが、肩につるさげていた銃を外して手に持った。遅れて気づいたロアは、通路の奥から現れるモンスターに目を凝らした。

 機械型ではなく生体型であるそのモンスターは、今まで見た四足歩行とは異なり、多足歩行する奇妙な形をしていた。胴体と思われる部分から複数の脚らしきものを生やし、床を這うように進んでいる。その姿は以前戦った多脚モンスターの下半身を思い起こさせた。

 そんなモンスターが、いきなり五体も同時に現れた。モンスター地帯での出来事を除いて、今まで二体までしか同時に相手してこなかったロアは、緊張と危機感から反射的にブレードの柄に手を伸ばした。

 そのロアの前に、悠然とした動きでルーマスが進み出た。そして両手で銃を構えて銃口を前方へ向けると、合図無しに引き金を引いた。

 撃ち出された弾丸が最も近い位置にいた一体に当たる。標的にされたモンスターは一瞬でバラバラとなり後方へと吹っ飛んだ。一体目を即座に倒したルーマスは、続けてすぐ隣にいる二体目も難なく始末した。

 攻撃を受けたモンスターたちはそこでようやく自らの動きを早めた。二体がそれぞれ左右の壁に張り付き、一体が正面から突進する。照準から逃れるようにバラバラの突撃を試みる。

 三手に別れた相手にもルーマスは慌てず対応する。まず床を這う一体を確実に排除した。変則的な動きを繰り返し、照準を狂わそうという相手の動きに惑わされず、的確に弾丸を撃ち込み倒した。そのまま流れるように照準を変えて右側の敵に弾丸を浴びせた。先の三体同様、正確な射撃はモンスターを壁から乱暴に引き剥がし、床に残骸をばら撒いた。そして残った最後の一体を、飛びかかりの攻撃を回避しながら危なげなく片付けた。

 それは特筆することのない、あっさりとした戦闘だった。


「まっ、ざっとこんなもんだな」


 容易く五体のモンスターを屠ったルーマスは、セーフティをかけ銃を肩に戻した。

 中級探索者の強さを目の当たりにして、ロアが賞賛を込めて感想を口にする。


「分かってたけど、ルーマスって強いんだな。銃もすごい威力だし」


 彼の言が正しいなら、今の相手は最低でもEランク帯上位の強さを持っている。そんなモンスターを一瞬で殺傷する装備にロアの興味は向いた。


「まあな。俺の装備は拡張済みだし、威力は市販品より上だよ」

「……拡張?」

「ん? 拡錬石で強化することをそう言ってるんだが、聞き覚えないか?」


 聞いたことのある内容に、「ああ、それか」とロアは納得顔を浮かべた。

 ルーマスは肩の銃を見せながら、自分の武器について紹介した。


「こいつはR&F社のTR22強化小銃だ。これに耐久性と射出速度向上の拡張をしている。まあ、とくに意外性のない無難な組み合わせだな」


 銃の種類など聞いても分からないが、なんとなく凄い銃だと感心しながらロアは聞いていた。


「お前は装備の強化拡張はしたことないのか?」

「うん。したいとは思ってるけど、なかなかお金貯まらなくて。それにそれやるくらいなら、新しい装備に買い替えた方がいいと思うし。武器ってすぐ壊れるから」


 拡錬石を魔力に変えているロアは、上手いこと誤魔化すためにそう言い訳を口にした。実際魔力強化を使って戦うと、装備の負担が増えて損壊が早まる。装備の強化をしたいと思っているのも本当であるし、嘘を言ったつもりはなかった。

 ロアの発言の真意には気付かず、ルーマスは相手の事情に理解を示した。


「あー、確かにそういう面もあるな。拡錬石での強化は基本上級者向けだしな。でも自分で自分の装備をカスタマイズできるから、やってみると結構楽しいぞ」


 ルーマス曰く、装備の強化拡張には色々な楽しみ方があるらしい。愛着ある装備に採算度外視で拡錬石をつぎ込んたり、元々の装備の性能にない性質を付加したり、独自のアレンジで自分の装備を強化できるのが魅力だと言う。


「上手くやれば斬撃性能を持った銃弾とか、炎が吹き出るブレードとか作れるぞ。まあ、合わない性質を付加しても、すぐ壊れるか機能しなくなるけどな」


 その話を聞いて、ロアはなんだか面白そうだなと興味を持った。


『お前はこれについて何か知ってるか?』

『いえ、私の時代に拡錬石はなかったので、それについては知りません。なんとなくコラピスの利用法に近いような気もしますが、それについても知識は持っていないので同様です。ですから大変興味深いと思います』

『そうなのか』


 先史文明の技術レベルは現代を遥かに上回る。しかしそれは全てにおいてではないと知れて、ロアはなんなとなく嬉しい気分になった。


「じゃあ、次はお前が戦うのを見せてくれるか」

「あれ? エネムとやらは回収しなくていいのか?」


 モンスターを倒すとエネムを落とす。そう聞いていたロアは、いつの間にか死体が消えていたモンスターに驚きながら、エネムの行方について尋ねた。


「ああ、エネムはモンスターを倒したときに、倒した奴のデバイスに勝手に送信されるんだ。迷宮の管理システムが自動でそういった振り分けを行うらしい。複数人で倒した場合は、戦闘の貢献度で自動分配って具合にな」


 それを聞いてロアは自分の腕につけたデバイスを見てみた。しかしそこには何も書かれていなかった。


「……近くで立ってただけじゃ駄目みたいだな」

「当たり前だろ。迷宮のエネム分配判定は結構厳格で知られてるんだぞ」


 ルーマスによると、ある探索者チームが討伐寸前まで追い詰めたモンスターを、別のチームがトドメを刺してしまったことがあるらしい。当然最初から戦っていたチームは抗議を入れようとしたが、トドメを刺したチームの獲得エネムはごく僅かであった。他にも、同じチームとして戦っていても、装備の差で大したダメージが与えられないメンバーは獲得エネムが少なくなる傾向があるという。そのような理由から、迷宮内で獲物の奪い合いが起こる回数に反して、討伐後に関する揉め事はとても少ないという話だ。


「ふーん、迷宮って凄いんだな」

「ああ。なんせシステムが高度すぎて、コアの入手にめちゃくちゃ苦労するくらいだからな」


 よく分からない例えをされたので、ロアは適当に相槌を打っておいた。


「ところで、このデバイスが壊れたら集めたエネムはどうなるんだ?」

「そりゃ消えるな」


 至極当然というルーマスの答えに、ロアは思わず「えっ」と聞き返した。


「エネムは持ち帰って始めて意味があるんだよ。地上部分にある受付の横で、同業が機械の前で何かしてただろ? あれは獲得したエネムを迷宮と連動した機器に記録してたんだよ」


 ロアは少し前の記憶を漁り、確かにそのようなことがあったなと思い出した。


「引き出したいときも同じだな。エネムを売らない探索者は、それを必要なときにまとめて引き出して最下層のボスに挑むんだ。そいつを倒すとエネムを景品と交換する権利が手に入るってわけだ」

「そうだったのか……。あっ、気になってたけど、その景品ってなんなんだ?」


 字面からなんとなく意味は分かったが、いまいちピンとこなかった。


「景品ってのはエネムと交換できる、言うなれば迷宮限定の遺物のことだよ。先史文明のお宝が遺跡探索しなくても完品状態で手に入るんだ。さっき自動人形の話をしただろ。あれも確かここの景品にあるって話だぞ」

「へー、凄いんだな」


 なんだか凄そうな雰囲気は伝わってくるが、見識の浅いロアには十分な価値は理解できない。相手の分かってなさそうな態度を察して、ルーマスはなんとも言えない笑みを浮かべた。


「凄いけど、最下層のボスはCCC帯のモンスターだからな。Cランクにすら達してない俺たちには関係のない話だよ」


 それを聞いて、ロアの中で景品の価値は実質ゼロになった。

 今度はロアを前にして、二人は迷宮の中を進んでいった。

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