第28話 新しい場所へ
「爺さんいるか!?」
「うおっ! なんだ急に、どうした!?」
オルディンたちを撃退し、レイアに別れを告げたロアは、その足でガルディの店へと向かった。一方的に襲われたのだとしても、一度に二十人以上の人間を殺してしまったのだ。捕まる可能性は低いと思っているが、後ろめたい気持ちは多分にあったので、一刻も早く都市を出る決心をしていた。
「この金で上から着れる服と、携帯保存食を買えるだけくれ」
ロアは一万ローグ紙幣を三枚出してそう要求した。瓦礫に潰されかけた際、自分自身は無傷でも、背中に背負った中身まで無事とはいかなかった。買い換えた探索者用のリュックのおかげで、比較的硬いものは無事だったが、買った食料はまるまる潰れてしまった。加えて狙撃を受けた際にリュックと服には穴が開いてしまい、一斉砲火を浴びたときにも結構な損傷を負った。浴びた血や汚れはペロの存在変換でマシになったが、このままでは格好がつかないと、ガルディに別れを告げるついでに上着と食料の追加補給を行うことにしたのだ。
「おいおい、コートはともかく、こんなに出されたってウチにはそんな量の食料はねえよ。ってか、昨日も来てただろ。なんでそんな必要になってんだよ」
「昨日買ったのはぐちゃぐちゃになったから、新しいのを買おうと思って」
まだ食べられはするので一応とっておいてはあるが、それはそれとして潰れてないのも買おうとしていた。
「よく分からんが、ある分だと十日分で3000ローグだな。それとコートの方は古着しかねえ。そんなのでよけりゃ5000ローグで譲ってやるよ」
「それでいい」と、ロアは渡された上着の袖に腕を通す。そして保存食と一緒に2万2000ローグを渡してくるガルディに、ロアは片方だけを受け取って金の方はスルーした。
「爺さんには色々と世話になったから、釣りは取っておいてくれ。少ないけど餞別みたいなもんだ」
今まで世話になったお礼にと、ロアは気前よく笑みを浮かべて言った。
それを生意気な態度だと受け取ったガルディが、鼻白んで不機嫌に返答する。
「オイオイ、俺から受けた恩をこんな端金で済まそうってか?」
図々しい様子を見せるガルディの態度に、ロアは笑みを苦笑いに変える。
「なら爺さんはいくら欲しいんだ? 俺、今はそんなに持ってないぞ」
登録証のよう中には10万ローグほど残っているが、現金ではその半分も持ち合わせていない。過分な要求には応えられないことをそれとなく伝えた。
「別に、100万寄越せなんて言わねえよ。いつとは言わねえが、お前が次ここへ帰って来たとき、俺に一度だけ食事を奢ってくれりゃあそれでいい」
「……そんなんでいいのか?」
予想よりも大分控えめな要求に、ロアは困惑げに問い返した。その反応を見て、思い通りと言わんばかりに、ガルディはニヤリと口角を釣り上げた。
「ああ、それだけでいい。俺を壁の中に入れて、そこの一番高い飯屋で奢ってくれればな。ククッ、何百万ローグするかは判らんがな」
想像以上に法外な望みに、ロアは思わず吹き出しかけた。しかし、その言葉の意味するところに思い当たって、なんとか堪えることに成功した。見れば口元では嫌らしく笑っているガルディも、その目に邪な感情は一切ない。旅立つ人間を見送る目をしていた。
それに気づいたロアは、一瞬だけ口元を緩めると、すぐに自信有り気に笑ってみせた。
「ああ。そんときにはその数百万する料理ってやつを、爺さんが食べきれないほど目の前に積んでやるよ」
胸を張って、晴れやかな表情で宣言した。
会ったばかりの頃とは違う、自信に溢れた堂々とした態度。成長した相手の姿を目にして、ガルディは目頭が熱くなるのを感じた。それに気恥ずかしさを覚えて顔を背けそうになる。だが、最後くらい逸らさずにおこうと、浮かべた笑みを自然なものに変えて門出を祝った。
「じゃあなロア。達者でやれよ」
「爺さんこそ。俺が飯奢るまで元気でいてくれよ」
短く別れを言い合って、一人の若者と老人は、お互いの今後を願って別離した。
都市の外縁部に来たロアは、目の前に続く均された道と、その先に広がる何もない荒野に視線をやった。
立ち止まり、頭の中の相棒に感慨深く語りかけた。
『ペロに会わなかったら、俺は一生ここを出られなかったかもしれない。そうでなくても、たぶんさっさとくたばってたと思う』
『私も同じですよ。ロアに出会わなければ、自分が何者かその自覚もないまま、あの狭い地下で、誰にも見つからず朽ち果てていたかもしれません』
ロアからの言葉に、ペロも自身の心情を返した。
相棒の反応を受け取って、ロアは小さく笑った。
『俺たち同じだな』
『ええ、似た者同士ですね』
全く違う境遇を持つもの同士。そこにある奇妙な共通点を見つけて、互いにそれを共有した。
『行くか。次の場所へ』
『行きましょう。ここではない新しい地へ』
失ったものは多くとも、築けた関係もまた大きい。その中で得られた、かけがえのない唯一を傍らに置いて。
一人の小さな少年は、これから訪れる未知の場所と、多くの経験に思いを馳せる。
無辺の世界へ続く浩々たる大地。その上へ、自らの足でついに一歩を踏みしめた。
「ほんの三日前、中規模グループの一つが壊滅した」
男は、相手が自分の言葉を聞いているか、その様子を両の眼で確認しながら言葉を続けた。
「正確にはリーダーとその幹部、一部のメンバーが死んだだけだが、それだけの戦力を失えばもう終わりだろう。それでその騒動を調べた結果、やったのは一人の探索者だってことが判った。そいつはまだ子供だそうだが、実力は中級探索者に匹敵するとかなんとかって話だ。まあ、こんな話はどうでもいいな」
目の前で、呼吸を荒くして左腕を抑える相手に、男は視線を鋭くしつつ問いを放った。
「最初に言ったが、俺が聞きたいのは一つだけだ。なあ、爺さん。ここにロアってガキが通っていた筈だ。そいつは今どこにいる?」
左腕から血を流し、額に汗を滴らせるガルディに、男は何を持たない無手の指先を向けた。
「そのガキにはウチの構成員が殺られてるんだよ。襲ったのはこっち側だって話だが、ヤられたからにはケジメは付けないといけねえ。言え、あのガキはどこにいる?」
男はロアが逃した探索者が所属するグループの人間だった。最初は助けられた男も自分の失態になると思い黙っていたが、状況を不自然に感じた幹部の一人に問い詰められ、尋問の結果全てを白状させられた。
それからグループ内で、仲間を殺した犯人探しが始まった。都合がいいことに相手の特徴はハッキリとしていたため、すぐに該当する人物の名前と容姿が判明した。交友関係までを含めてだ。
当初はオルディンのグループから聞き出すつもりであった彼らも、ロアとオルディンたちが殺し合いをしたと知って、その線からの調査は捨てた。代わりにロアと複数回にわたって付き合いがあったという、ガルディの元へとやってきた。相手が素直に情報を吐き出すなら何もせずに帰るつもりだったが、その意思が見られないと分かると、暴力を伴う強引なやり方に切り替えた。
男からの問いに、ガルディは反意を見せるように、足元へ唾を吐いた。それを見て、男の眉間のシワが深まった。
「……話す気はないと、そう受け取っていいか?」
「ハッ! テメェらがどんな解釈しようが、俺の口から出る情報が俺の知ってる全てだ。知らねェもんはどうやったって教えようがねェだろ。ブハハ」
「そうか……大した義理だな」
威勢良く言葉を吐き出すガルディに、男は鋭い眼を一層細めた。
そして、男がガルディの頭部に指先を合わせると、そこには橙色の光が灯った。光から放出される熱量を浴びて、ガルディの表情がいっそう歪んだ。
「そんなものより、世の中の賢い渡り方を学ぶべきだったな。爺さん」
古びた雑貨屋の店内で、赫赫たる輝きが、一瞬だけ強く瞬いた。
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