第27話 惜別
レイアは顔に驚愕と混乱を貼り付けて、覚束ない足取りでフラフラとロアの方へ近寄った。その場に散乱する血や死体という現実に、彼女の頭は追いついていなかった。言葉を失ったレイアに対して、ロアは何も言うことはしなかった。ただただ、相手が何を言い、どう反応するのか、それに任せた。
レイアがロアの元にたどり着く。彼女はロアには顔を向けずに、足元で死体となって転がる者たちに視線を落とした。
「……これって全部、ロアがやったの?」
「ああ」
端的で素っ気ないロアの返事に、レイアも短く「そう」とだけ返した。レイアはその場に膝をついて、頭部を失ったオルディンの死体を顔を背けずに見やった。
「……何が、あったの?」
大凡の予想はできていたが、レイアはその問いを言葉にして聞いた。
彼女の背中を見ながら、ロアはこの場で起きたことを簡潔に説明した。
「こいつらが俺を襲ってきた。だから俺は反撃して、皆殺しにした。それだけだ」
一部を省いた事実だったが、ロアはそれだけを語った。事細かに状況を説明すれば、明らかに相手側が悪いと、そう断言できるほどの状況ではあった。だが、逃げずに殺す方を選択したのは自分である。殺したことに、言い訳じみた弁解を述べるつもりはなかった。
「……やっぱり、そうだったんだ」
ロアが口にした短く簡潔な内容にも、レイアは詳細を確認することなく相槌を打ってみせた。場の空気に若干の居た堪れなさを感じたロアは、ある提案を口にした。
「午後にする予定だった話、今ここでするか?」
「……」
呆然としたレイアは、ロアの問いかけに応えることはしなかった。相手からの返事がなかったので、ロアは軽く頭を掻いてそれを諦めた。
「……そうか。なら話し合いはまた明日にするか? 一日くらいなら、俺も滞在を延長できるから」
そう言ったロアは、他に何か言うことがあるかと考え、唐突にエルドのことを思い出した。最初の方は元の場所に置き去りにした彼を気遣って戦っていたが、後半はその余裕もなくなり、そのことを忘れてめちゃくちゃに戦ってしまった。ギリギリ戦闘の余波は食らっていないと思ったが、少し心配だったので、今この場で存在感知を使ってエルドの様子を確認した。存在感知で彼の生存を確認できたロアは、安心するように息を吐くと、彼を運ぶためにそちらの方へと向かった。
背後で誰かが動く気配がして、レイアは反射的にそちらを向いた。そこには無防備に背中を向けて歩く、ロアの姿があった。虚ろな眼差しをする彼女の視界に、顔を動かした際ある物が映った。
半分茫然自失となっていた彼女は、それを認識すると、自発する感情の向かうままに自然とその行動を取っていた。
『ロア』
ペロからの呼びかけに、ロアはそれに気づいて足を止めた。
そして軽く振り返った瞬間、背後から一発の銃声が響き渡った。
レイアという少女にとって、ロアという少年はヒーローだった。
『お前らも大人たちといないのか。俺と一緒だな。なら俺たち、これから一緒に行動しないか?』
きっかけは唐突だった。ある日を境に、急に彼女とロアは生活を共にすることになった。
レイアという少女は、ネイガルシティの出身者ではない。彼女とその家族は、他の都市からの移住者だった。レイアがまだ幼い頃、彼女たちは大規模流通に混ざってこの都市へやって来た。
レイアは元々壁内の生まれであった。しかしある日突然に壁内の居住権を失い、父と二人で壁の外に追い出された。当時の彼女にはその理由は理解できなかったが、後になって自分の父に問題があると分かった。ただそれは、彼女の父親が亡くなってからのことだった。
壁内を追い出されたレイアと彼女の父親は、残された財産を使ってネイガルシティへの移住を試みた。その理由は、彼女の父が探索者になって再起を図ろうとしたためだ。有力者との繋がりを持たない個人が壁内の居住権を得るには、商売で大きく成功するか、探索者としてのランクを上げるしかない。伝のない新たな土地で前者は困難だと考えた彼女の父は、探索者として成り上がる方法を選択した。
壁内の価値観を持つ者にとっては、なけなし程度の財産しか持ち出せなかった彼であるが、壁外では数年は遊んで暮らせる大金を持っていた。その金を使って十分な装備を整えることができた彼は、仲間を見つけ、探索者としての活動をスタートさせた。
大金を費やし揃えた強力な装備により、初めは彼のランクは順調に上がっていった。しかしそれも、中級に上がるところで行き詰まった。装備頼りで技術の伴わない彼の腕では、最初の壁を越えることができなかった。費用対効果の悪い戦い方も影響していた。
そんな戦い方を繰り返すうちに、彼は元々あった金を全て使い果たした。そして悪循環は重なり、最後には満足に整備が行き届かない装備をぶら下げて遺跡に行き、そこから二度と帰ってくることはなかった。
レイアが父親の死を知ったのは、それから数日後のことだった。正確には行方不明扱いであったが、それが死亡を意味することは幼い彼女にも容易に理解できた。
父親を失ったことで、一人になった孤独から猛烈な悲しみに襲われるレイアだったが、自分と同じ境遇になった少女がもう一人いたことで、それは我慢されることになった。
その少女こそがカラナだった。レイアとカラナの父は、互いに配偶者に逃げられた者同士気が合い、探索者としてチームを組むことになった。その時からレイアとカラナの二人は両親の付き合いから波及して、たびたび同じ時間を共有する仲になった。そのカラナの父も、探索中に行方不明となっていた。唯一の肉親を亡くして泣くカラナを、レイアは自らの悲しみを押し殺して慰め続けた。そして一通り父親の死を悲しんだ二人は、その後借りていた集合住宅から追い出され、壁外で誰の頼りもなく暮らしていかなければならなくなった。
壁内出身者であるレイアと父親に生活を委ねていたカラナは、壁外での暮らし方を全く知らなかった。残された遺産もほとんどなかった。そんな絶望しか見えない状況でも、二人は必死に生きていこうと決意した。
彼女たちは壁外のルールは知らなかったが、たまに街の中をうろついて、無料で配られる食べ物や水を手に入れた。それで飢えを凌ぎ、少しずつ壁の外での生き方を学んでいった。時々話しかけてくる大人を警戒して、他人の縄張りなどは回避して、寝床を変えながら街の中を転々と移動した。そうしてあてどもなく彷徨った結果、二人は誰もいない路地裏の一角を見つけた。最貧区画に位置するそこで、二人は互いに心細く身を寄せ合って生活を続けた。
そんな時に、二人の前に現れたのがロアだった。ロアはレイアやカラナが自身と同じ無所属の孤児だと知ると、何を思ったか一緒に行動を共にすることを提案してきた。不安そうな眼差しを向けるカラナを見て、レイアはその少年の提案を受けることを決めた。それが彼女たちにとっての転機となった。
レイアたちがロアと生活するようになってから、彼女たちの生活は一変した。毛布すら無い寝床だったそこに、ロアがどこからか持ってきた布切れが追加された。食料の無料配給の時間や場所、水の手に入れ方、拾ったガラクタを売り捌く方法など、生きるのに必要な知識や術は、惜しみなく彼女たちに提供された。
そうしてロアが先頭に立つことで、自然と引っ張られた二人も彼の横に立つようになっていった。それは二人にとって、肉親を失ってから初めての充実した時間となった。自分たちを暗い路地裏から引っ張り出し、そのような時間を与えてくれたロアという少年に、レイアはだんだんと惹かれるようになった。レイアの中で、ロアという少年が特別になった瞬間だった。
それからの三人には、さらに仲間が増えた。同じ孤児を集めて集団を作ったのだ。集団を作ってから、ロアの立場は徐々に微妙なものへと変わっていったが、それでもレイアにとって、自分たちのリーダーは彼以外にはなかった。
そんな順調に思えた彼らの行く先に、事件は待ち構えていた。レイアは初めてそれを聞いた時、その内容を俄かに信じることができなかった。仲間の死もそうだが、自分の憧れであるロアが、モンスターを目の前にして一人逃げ出したという事実に対してだ。しかし、他でも無いカラナに告げられたことで、レイアはそれを信じざるを得なかった。二人の仲間を失った彼女たちのグループは、その後自然と分裂して、崩壊した。ロアに固執するレイアを、カラナ以外のメンバーが受け入れられなかった。他のメンバーは二人の元から去っていった。
ロアや仲間たちがいなくなり、以前の二人きりの状態に戻ったレイアとカラナは、今後の方針としてグループに入ることを決意した。そこは新興のグループで、戦力よりも若さや数を必要としていると聞き、自分たちに合っていると考えたのだ。生きるために、新たな寄る辺を求めて行動した。
そう決断した彼女たちのグループ入りは、特に条件などなくあっさりと決まった。何かしらの代価を覚悟していたレイアたちはそれにひどく安堵した。そしてレイアはそこのリーダーという人物に、もう一人加えたい者がいるとお願いした。リーダーであるオルディンは、それにも快諾してみせた。それを喜んだレイアは、早速いなくなったロアを探すことにした。レイアはロアをグループに誘って、また一緒にいようと、そう言うつもりだった。
しかしながら、次に彼女たちがロアと会った時、彼はグループへの加入を拒んだ。
『なんで! なんで私たちと一緒に来ないの!? ロア!!』
『……ごめん。でも俺は、探索者を続けるって決めたから。だからお前たちとは行けない』
『だったらグループに入って、それから続ければいいじゃん! どうしてそれじゃダメなの!?』
『俺は仲間を置いて逃げた。そんな俺が、他の誰かと組むなんて無理だ。それに俺には魔力が無い。どうせどこでも必要とされないよ』
『だからって、一人でなんて無茶だよ……!』
『かもな。それでももう決めたことだから』
そう言って、ロアは一人で行くことを選んだ。レイアはなぜ彼が自分と来ることをしなかったのか、それが理解できなかった。カラナは他の仲間だけでなく、自分やレイアすら置いて一人で行くことを決めたロアに、強い怒りの感情を抱いた。二人とロアの道は、こうして違うことになった。
レイアたちがグループに入って、それから一年以上が経過した。毎日過不足なく出される食事に、暖かな寝床、提供される情報端末。路上暮らしでは無理だった風呂にまで、グループでは入ることができた。レイアにとって、父親が亡くなってからこんなに快適な生活を営むのは初めての経験だった。
そんな新しい生活に慣れきった彼女であるが、かつてのリーダーであるロアのことを忘れたわけではなかった。彼女はたまにであるが、グループをこっそり抜け出してロアの元に向かっていた。寝床は変わらずであったので、すぐに見つけることができた。
遺跡に行くどころかモンスターすら満足に倒せない彼を、レイアは会うたびにグループへ誘った。しかしロアは、頑なにその提案を受け入れようとはしなかった。例えグループに入っても、モンスターすら倒せない自分では探索者として続けることは無理である。だから入っても足手纏いになるだけだと拒否した。
そんな心中を吐露するロアに対して、それを聞くレイアは別にそれでもいいと思っていた。とにかく彼に、少しでも自分の近くにいて欲しいと思っていた。
ある時レイアは、オルディンから一つお願い事をされた。それは自分たちのグループに客を招くから、その対応に当たって欲しいという内容だった。世話になっているグループであるので、レイアは快くそのお願いを引き受けた。頷く彼女にオルディンは上機嫌に笑った。
それからレイアは、要人歓迎の接待役となった。別に特段おかしなことはなく、オルディンと客人が話し合う最中、客人のそばに寄り添って酌をする程度のものだった。客人から嫌な視線を感じたり、たまに嬉しくない触られ方もされたが、これもグループのためだと、レイアは笑みを絶やさずにそれを引き受け続けた。要求のエスカレートもあったが、それは必死に躱すか耐えるかし続けて、なんとかやり過ごすことに苦心した。嫌な時は夜に枕を濡らすこともあったが、これも自分たちやグループのためだと、そう自身を納得させて我慢した。それをカラナから気遣われることもあったが、せめて顔見知りには心配させないようにと、レイアは笑うことを欠かさないようにした。
その頃からか、カラナの印象は変わっていった。引っ込み思案だった昔と比べ、今では男勝りな性格になっていたが、短めだった髪を更に切り、少年と見紛うほどになった。それでもレイアにとってカラナはカラナであり、外見や性格が変わろうと大切な家族には違いなかった。ただ自分がロアに会うと知った際、それについて来て文句を口にするのだけは嫌だと感じていた。レイアはその度に文句を言い返していたが、どれだけ言っても、それだけはカラナもやめてくれることはなかった。
こうして順風とは行かずとも、それなりにレイアは上手くやっていた。家族や仲間を失った悲しみは、時間とともに自然と和らいでいった。新しい仲間の存在もその助けとなった。
そして彼女がグループに入って数年後、レイアは唐突にあることを知らされた。それは、今までずっと探索者として最低ランクだったロアが、モンスターを倒してみせたという話だった。その事実を、他でもない本人の口からレイアは聞かされた。
それを聞いた彼女は、事実なら確かに喜ばしいことだと思ったが、同時に一抹の不安を抱いた。ロアがモンスターを倒せるようになったと言っても、それは所詮最低ランクのものに過ぎない。彼がこのまま無理に探索者を続けても、自分の父のように死ぬだけではないか。レイアはそう心を悩ませた。だからグループに入って仲間を得るか、きっぱり探索者などやめてしまうか。どちらかに生き方を絞って欲しかった。しかしそんな彼女の願いも、変わらずロアには届かなかった。数年経っても、彼がグループに入ることはなかった。
それからもロアの身を案じる日々は続いたが、レイアは近いうちに諦めるだろうとも思っていた。グループでの集団生活から、レイアは探索者がどれだけ過酷なものか、それをメンバーから聞き知っていた。モンスターを倒せたとしても、そんなのは探索者として最低限の能力である。過酷な現実を知れば、ロアもその道を一人で行くのは無理だろうと、それを悟ることになると思っていた。なぜならロアには魔力がないから。そんなものがなくても、レイアの中で彼の価値が落ちるわけではないが、魔力は探索者として成功するには不可欠なものだとも認識していた。ロアが自分のグループに入るのは、時間の問題だと考えていた。
しかしその予想も外れた。次に再会した時には、ロアは魔力を扱えるようになっていた。言葉だけを聞いてもレイアは半信半疑だったが、相手の態度からそれが事実であると確信した。この時の彼女の心境は複雑だった。ロアが探索者としてやっていける力ができて嬉しいと思う気持ちと、これで自分たちの元にやってくることはないという苦さが混在していた。もしかしたら、また自分たちを引っ張ってくれるロアに戻ってくれるかもしれない。そんな期待も僅かにあった。整理のつかない複雑な気持ちに心を悩ませたレイアは、自分がどうしたいのか分からなくなった。
それからまた少し経って、ロアが自分たちの拠点に来ることを知った。仲間を救ってくれた礼を言うという話だったが、レイアはこの対談内容に期待を寄せた。もしかしたらロアの力を認めたオルディンが、彼をグループに勧誘するかもしれない。自分の理想とする未来に近づきつつあることを、この時のレイアは感じていた。
結局その対談でロアがグループに入ることはなかったが、彼が探索者として急成長を遂げていると知れてレイアは嬉しかった。今すぐは無理でも、いずれ近いうちにと、そう思わずにはいられなかった。
そんな未来が訪れるのを、彼女はずっと願い続けていた。
ロアが後ろへ振り返ると、そこには両手で拳銃を構えて、息を荒くするレイアの姿があった。
「……レイア」
ロアが名前を呼んだ瞬間、彼女の虚ろ気味だった眼に光が戻った。そして自分が何をしたのか理解すると、徐々に顔色を青く変えて、手に持つそれを慌てて投げ捨てた。
「ちっ、違うの……! こ、これは本当に違くて……!」
青い顔をしたままのレイアは、両手を中に這わせて、荒い息で必死になって言い訳を口にした。最初はロアの方を見ていた視線も、次第にそこから焦点が外れるようになり、終いにはどこを見てるいるのか判らなくなった。
見たことがないほど狼狽する彼女の様子に、ロアは感情を表に出さず粛々と言った。
「レイア」
もう一度彼女の名前を呼ぶと、レイアは見てわかるほどはっきり肩をビクつかせた。それに反応することはせず、ロアは一つだけを告げた。
「あそこの瓦礫のそばに、エルドの奴がいる。片足は動かないけど、再生剤を飲ませたから傷は塞がってる筈だ。死んではないから、あいつも連れて帰ってくれ」
そう言うと、ロアは片方のつま先を、彼女がいる位置とは反対方向に向けた。
「お前には今まで色々と助けられた。ありがとう。それと……こんな別れ方になって悪かった。元気でな」
最後に短く別れの言葉を付け加えて、今度こそロアは彼女に背を向けた。
別れの言葉を耳にしたレイアは、咄嗟に声を出そうとして、出せなかった。レイアは緩慢な動きで、遠ざかっていくその背中に手を伸ばそうとする。
しかし、その手が届くことはなかった。彼女は力なく腕を下ろして、その場に深く項垂れた。
「レイア!」
二人とは違う、第三者の声がそこに響いた。声を上げた人物であるカラナは、項垂れるレイアの姿を見るやいなや、焦ってそこに近寄った。途中すれ違うロアと一瞬だけ視線が交差したが、彼らの間に会話が発生することはなかった。
深く俯いたレイアのそばに膝をついて、労わるようにカラナは寄り添った。その二人の様子を、ロアは離れた場所から眺めていた。
レイアにとって、オルディンたちは決して善人とは言えなかった。自分の弱みにつけ込んだお願いと称した命令も、非常な判断で仲間を利用する行動も、彼女の中では到底受け入れがたいものだった。
しかし、そんな彼らに助けられたのも事実であった。行き場のない自分とカラナの二人を、グループに入れて守ってくれていたのも確かだった。
それは決して善意が理由ではない。打算や野心に塗れた、狡猾でやましい行為でしかないだろう。しかしそうだとしても、レイアは彼らに助けられていたし、彼らに対して仲間意識に近いものを持っていた。そこには付き合いの長さ故の、確かな情が湧いていたのだ。
そんな彼らを殺されて、仕方ないで納得できるほど、彼女は非情な人間ではいられなかった。ロアに対して好意に近い、憧れの感情を抱いていたのは確かだった。自分のそばにいて、同じ道を歩いて欲しいと思ったのも本心だった。けれども、今回の惨状を見て、彼女の中でオルディンたちへの仲間意識と、ロアへ向ける想いが板ばさみとなった。想いの行き場所が、感情をぶつける先が、他に存在しなかった。
その結果、両者へ向ける二つの感情が、ロアへの敵意となって暴発してしまった。それ故の行動だった。
カラナは、レイアがロアを撃つ光景を実際に見ていた。はたから見ていた彼女にとっても、その行動は意外に過ぎた。カラナは、レイアがロアに対して特別な感情を持っていると思っていた。理想じみた、依存に近い想いを抱いていると。だからこそロアへは変わらずに接するし、執拗にグループに誘い、そばにいることを求めるのだと思っていた。
だがそれは違った。それだけではなかった。カラナは、レイアがロアを撃ったのを見て、初めてそれを知った。彼女の中にあるのは、決してロアだけへの想いではないのだと。仲間でありながら、そうと呼びたくはないオルディンたちにも、特別な感情を抱くようになっていたのだと。
最も長く、近く、そばにいた自分でも、彼女の本心に根ざした想いには気づけなかった。カラナはここにきて、それをようやく知ることになった。
レイアのそばに寄り添ったカラナは、彼女の心を慰めるように、優しく背中を摩った。
「レイア……お前の気持ちに、気づけなくてすまなかった。これからはもっとちゃんと、お前に向き合うから。ちゃんと、しっかり話すようにするから。私も、他のみんなも、一緒にいるから。だから、だから……」
慰める言葉をかけようとして、逆にカラナは泣き出してしまった。彼女はずっとレイアを守ってきたつもりだった。幼い頃に手を引かれて、助けられた時から。成長して、横に立てるようになって、今度は自分が助け返そうと、そう生きていくつもりだった。なのに、自分は彼女のことを、本当の意味で理解してはいなかった。守りたいと思いつつ、何一つ守れていなかった。それがカラナには悲しかった。彼女の心に深く傷をつけることになってしまったのが、ただただ悔しくて、苦しかった。その感情が、カラナの目元から溢れ出した。
自分のそばで、よく知る少女が泣いている。それに気がついて、レイアは項垂れていた顔を上げた。
「カラナ……」
ポツリと、少女の名前を呼んだ。途端、レイアの目からも、透明な雫が滴ってきた。それに気づいたレイアは、指でそっと拭うと、カラナの分も同じようにして受け止めた。カラナはそれに気づいて、それをやった相手に目を向けると、レイアはなんとも言えない表情で、不器用に笑った。それを見てカラナも、無理やりに笑顔を作った。
二人はそれからしばらくの間、瓦礫と死体が残る戦場の跡地で、お互いに体を寄せ合わせ、笑いながら泣きあった。
その光景を、離れた建物の陰から眺めていたロアは、二人の姿に眩しそうに目を細めると、誰に聞かすことなく一人静かに呟いた。
「……お前は、とっくに手に入れてたんだな」
去り際に呟いたその一言は、一人を除いて誰の耳にも届くことはなかった。
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