第13話 ナイフは卒業

 ロアがペロとともに遺跡探索に乗り出してから、時間にして既に数日が経過していた。その間のロアは、ガルディに告げられた言葉を頭の片隅で意識しながらも、慎重に、それでいてペースを落とさずモンスターとの戦闘を重ねていた。

 そうして順調に稼ぎを増やしていった結果、探索二日目以降からはまた宿暮らしに戻り、そこを新たな拠点として活動していた。それに加えて、この数日間に稼いだ金を使って、新たに装備を整えることにも成功していた。

 ロアは買ったばかりの新品のリュックと、腰にぶら下げた新しい武器を確認しつつ、もう見慣れたと言っていい遺跡の景色を眺めながら、そこへと足を踏み入れていた。


『ふー、なんだかんだこの場所も見慣れてきたな。俺もようやく探索者らしくなってきたってことか』


 少し前までは想像もできなかった現状に、ロアは感慨深くなって遺跡の中を見渡した。


『でもここまでうまく進んでると、逆になんか怖くなってくるな。遺物はまだ発見できてないけど』


 遺跡内に存在するという、先史文明時代の物品。いわゆる遺物と呼ばれる物は、まだ数日間の探索では発見できていなかった。それでもモンスター討伐の稼ぎだけで十分な収入となっていた。


『遺物と言うなら、その辺の建物内にあるガラクタや落ちてる瓦礫なんかも、そう呼べなくはないですけどね』

『まあ……そりゃそうなんだけどな』


 探索者やそれを支援する協会が遺物と表現するのは、意味としてのそれではなく、実際の価値があるものに限られている。広義の意味ではペロの言ったような、先史文明時代の生活道具なんかが含まれても、それそのものに相応の価値があると見做されなければ、買い取り自体を拒否されるケースがほとんどだ。だから一目でそうと判断できるもの以外は、金にならないという理由で探索者にも無視されることになる。

 ロアにしても、最初こそ目を輝かせてそれらを持ち帰ってみてみたものの、実際に買い取りを拒否され、代わりに周囲からの失笑を買ったせいで、二度とこんなことはしないと心に誓うことになった。以前だったら二束三文でしか売れないにしても、僅かでも金になるのなら持ち帰ったであろうが、万単位の稼ぎが当たり前となった今では、それらに執着する意義はなくなった。明らかに高価と判断できるか、相棒のペロから何か言われなければ、もはや無視することに決めていた。


『爺さんにプレゼントしてはみたけど、なんとも言えない顔してたもんな』

『アレを渡されてお礼を言えるのですから、大した人情だと私は思いますけどね』

『そういうもんかね』


 買取所での買取を拒否された収集物は、ロアの手によってガルディへと渡っていた。ロアが持ち帰った物は、少なくとも本人が判断した限りでは、まだ道具としての機能を有していた。しかし比較的状態が良いと言っても、軽く数百年以上は前に作られた物である。いくら技術に優れた先史文明だとしても、その時代に作られた一切合切が格別に優れているというわけではない。加えて保存状態も悪いのだから、時の流れによる劣化や風化は免れようはない。また、今になってロアが見つけられたのは、他の探索者に見向けもされずに残った物でしかない。

 価値が無いのにはそういった諸々の理由があるのだが、金銭感覚はともかく、それ以外に関してはかつての価値観が抜けきらないロアにとっては、イマイチ理解のしにくい感覚であった。


『使えればそれでいいと思うけどな。まっ、爺さんにはまた他のを持っててやるか』

『案外何を渡しても喜びそうですけどね』


 ここ数日の探索で、ロアはこの辺りに出るモンスターの強さを理解していた。呑気にペロと会話をしながらの探索も可能となっていた。

 魔力による存在感知も慣れたもので、特に意識しなくても自然と行えるまでになっていた。本人にとってあまり自覚のないことだが、この数日間でそれなりの成長を遂げていた。


『お、モンスター発見。これは……機械じゃなくて生き物っぽい方か』


 初めは漠然としか判別できなかったモンスターの違いも、今ではペロが大別した二種類の違いが分かるようになった。

 モンスターを発見したロアは、少し興奮した様子で腰の武器に手をかけた。


『新しい装備の試し斬りだな』


 そうして腰の獲物を、ゆっくりと鞘から抜き放った。

 ロアが手に持つのは、刃渡り六十センチほどの強化ブレードである。ただ単純に鍛造、鋳造しただけでなく、先史文明の特殊な製造技術を持って造られたこれは、普通の刃と比べて極めて頑丈であり、また魔力の通りにも優れている。これまで使っていた安物のナイフよりも、よっぽどロアにとって適した武器だ。

 ロアは対峙するモンスターを目視で直に捉えると、『ペロは手を出さないでくれ』と短く告げて、魔力強化を使い一気に距離を詰めた。

 急速に接近するロアの存在に、モンスターも即座に気づく。全長二メートルを超える体躯で、迫り来る敵に対して身構えるように四つの足を曲げる。その屈伸を、前方へ進むための推進力に変えるため、モンスターは大きく足を伸ばして地面を蹴り出した。

 互いに突進する両者。片方は手に刃を光らせて、もう片方は口内の牙を顕示する。相手の対応を見てもたたらは踏まず、些かの躊躇すら見せずに両者は突き進む。

 やがて二つの影は交差した。ロアの胴体に牙が迫る。それをロアは上昇した動体視力で完全に見切ると、交差する直前で体を右側に傾けた。同時にモンスターの鋭利な牙が生え揃った口内へ狙いを定め、右手のブレードを飛び込んでくる口の中へ横薙ぎに踊らせた。魔力により強化された刃は、使い手にほとんど手応えを感じさせず、体の右側へと振り抜かれた。

 大した抵抗も無くあっさりと断ち切れたことに少々驚きながら、ロアはたった今背後に抜けていったモンスターの姿を確認するため振り返った。そこには上下がほとんど真っ二つに分かたれたモンスターが、土煙を巻き上げて倒れていた。

 自分の為した結果に軽く目を見張ったロアは、刃こぼれ一つしていない武器に視線を落とした。


『これ凄いな。全然抵抗とか感じなかったぞ。前回こいつと同じようなの倒した時は、こんなにあっさりとはいかなかったのに。やっぱ高いだけあるな』

『その武器が優れてるというよりは、今までの武器とも呼べないナイフが低劣だっただけですけどね』

『お前はまたそういうこと言う……。ナイフだって良い武器なんだぞ』


 ペロの悪しざまな物言いにもめげず、ロアは今まで自分の命を助けてくれたナイフの擁護を口にした。こうして質のいい武器を手に入れた今なら、ペロの言い分も理解できないではなかったが、それとこれとは話が別である。今まで自分の命を助けてくれた道具に対する感謝の念を忘れていなかった。

 ペロも執拗に貶める気は無いので、特に反論などはせず淡々とモンスターを魔力に変換した。


『生体型って魔力の補給にはいいけど、機械型と比べて金にはならないんだよな。バランスが取れてるからいいっちゃいいんだけど』


 無機機械型と違い、有機生体型のモンスターの肉体には魔力が宿っている。生体型から剥ぎ取り可能なモンスター素材は、モノによっては高く売れるが、全身が金属類の塊である機械型には平均として及ばない。どちらだろうと、ロアにとって荷物になるという点でさして違いはないが、魔力の回収という意味で、生体型は解体もせず丸ごと魔力に変換していた。


『でも、拡錬石って武器の強化に使えるんだよな。本格的な武器も手に入ったし、そろそろそれ用の分も確保した方がいいのかな』


 安物で使い捨てのナイフをメイン武器として使っていたときは考えなかったが、こうして10万ローグもするれっきとした武器を手に入れたことで、ロアはこれまでとは異なる悩みを抱くようになった。


『それならやっぱ、魔力には変えずにモンスターから拡錬石を…………ん?』


 拡錬石とそれによる武器の強化を考えていたロアは、思考中に違和感が脳裏を掠めたことに気づいた。

 その理由が一体何なのか。しばしの間ウンウンと呻きながら頭を捻らせたロアは、悩んだ末にある内容を思い出すことに成功した。


『──そうだ拡錬石だ! なあペロ、お前会ったばっかの頃に言ってたよな。魔物がどうの拡錬石がどうのって。あれおかしいだろ。ペロはモンスターを知らないから拡錬石も知らないって話だったのに、遺跡に出てくるモンスターはペロの時代にもいるって言ったじゃん。これ繋がってないだろ?』


 ペロが以前ロアに説明した魔物に関する内容。それを覚えていたロアは、現在の状況とペロの話の内容に矛盾点がある事に気がついた。有機生体型のモンスターは先史文明時代の技術で作られた。そのモンスターが拡錬石を持つならば、ペロがモンスターや拡錬石の存在を知らないのはおかしい。ロアはその二つの関連性の矛盾に思い至った。

 それを追及されたペロであるが、その様子は至って落ち着いていた。


『ああ、その事ですか。確かにその言い分には一定の正しさがありますが、肝心の部分で間違ってますよ。私はモンスターや拡錬石の存在を知らないとは言いましたが、遺跡に出るものをモンスターと呼称したのはロアの方です。私からではありません』

『……ん? それの何が違うんだ?』


 ロアにはペロの言ってる言葉の意味が理解できなかった。ロアの常識では森に出るモンスターも遺跡に出るモンスターも、同じモンスターである。ペロが言おうと自分が言おうとそれは変わらない。だからどっちがモンスターをどう呼んだなど、ロアにとって本質がつかめない意味不明な話だった。

 理解が及んでいないロアに、ペロはさらに詳しく説明する。


『この時代の人間が遺跡と呼ぶ領域を徘徊するのは、私の時代においては自動守護存在と呼ばれる自律型の兵器でした。現代ではモンスターなどと一括りにされていますが、これらは造物主たる人類を守護するために造られた、正真正銘人の手によって生み出された人工物なのです。だからロアの指摘は外れています』

『そ、そうなのか……』


 ペロの詳しい説明を聞き、ロアも一応の納得は出来たので曖昧に頷いた。しかしまだ完全にとは言い切れず、また『うーん……?』と難しい顔をして思い悩んだ。ペロはそれに対して何かを言うでもなく、ロアが何を言い出すのかを静かに待っていた。

 やがて、再度の違和感の正体を弾き出したロアは、一度目とは異なり、定かでない口調で自分の考えを言葉にした。


『じゃあ……その昔の兵器と、モンスターって違うって事だよな……? でもその兵器の方にも、拡錬石っぽいのがある。……これって一体どういうことなんだ?』


 それこそが、ロアが最終的に頭に引っかかった内容だった。ペロ曰く、両者は明確に異なる存在だと言うのに、ロアから見て両者には酷似する部分がある。思い返せば、機械型の方にもロアから見れば拡錬石っぽいものが存在した。これらの事実から、この二つが完全に無関係だとは、どうしても思えなかった。


『ふむ……確かにその着眼点は良いと思います。結論だけ言いますが、ロアが抱いたその疑問に関して、私も明確な回答を持ち合わせているわけではありません。不甲斐ない限りですが、現時点ではまだ情報が足り切っていないのです。いくつか予想は付きますが、いずれも不確定でしかありません。ですのでそのうち情報が確定したときに、まとめてお話ししようと思っています』


 やっぱり自分の感じた違和感は正しかったと、自画自賛するようにロアは一人満足げに頷いた。そして知らないなら仕方ないと、ペロの言うそのうちを待つことにした。ロアはペロですら答えられない事に気づいて、なんだかこの相棒に勝った気分になった。

 ウキウキと気分を弾ませて、この後も遺物を探しつつモンスターを狩るのだった。




 翌日、ロアは連日続いた遺跡探索をやめて、今日一日は体を休ませるために使うことにした。連日の遺跡探索による稼ぎは、一日平均で4万ローグを超えていた。だから一日二日、借りた宿でダラダラと過ごそうとなんの問題もなかった。しかしロアは、ただ無為に過ごすというのは今までの生活から考えられないことだったので、そうする気は全然なかった。

 朝から軽くシャワーを浴びて、少し湿った体をほぐすように節々の関節を伸ばしながら、今日の予定に関してペロと相談する。


『今日はどうしようか。探索も狩りも休みだけど何かする事あるかな。とりあえずグラカバに行って、爺さんのとこにも顔出すとして、他に何かあるっけ?』

『他の知り合いに会うのはどうでしょうか。以前ロアが不当占拠していた路地に来ていた二人。向こうがロアに会いたがっていたとしても、居場所を知らなければ会いようがありません。ここはあなたの方から出向いてみては如何でしょう』

『……レイアとカラナか』


 ペロからの提案を聞いたロアは、渋い顔をして旧知である二人の少女の姿を思い浮かべた。


『レイアはともかくカラナはなぁ……。あいつ、俺から会いに行っても絶対嫌な顔しかしなさそうだし。かといってレイアに会うのもなぁ……』

『カラナというのはロアに辛辣な方ですね。そちらはともかくとして、好意的だったレイアの方にも会いたくないのですか? 私としては彼女に悪い印象は持っていないのですが』


 相棒が口にした二人の評価は妥当であると思いつつも、ロアは難しい顔をして呻り声を出した。


『まあ、それはそうなんだが……そういうのとは違うっていうか。俺から会いに行くってのもなぁ……』


 ロアはレイアに対して悪印象は持っていない。そしてそれは、カラナに対しても大して変わらない。

 だからといって、積極的に彼女たちと会いたいわけではない。確かにレイアへ礼をしたい気持ちはあった。彼女にはグループに入らず独りで生きていた頃に、色々と助けてもらったし世話にもなった。ただそれも、釣り合いが取れていたかは別として、その都度借りを返してきたという自覚もあった。偶然に会えたならば、その埋め合わせをする気もするだけの余裕も今ならある。しかし、自分からわざわざ会いに行くほどではなかった。


『……あいつから会いに来たら、また話はするよ』


 ロアがあまり気が乗らない様子だったので、ペロもこの件をこれ以上掘り起こすのはやめた。聞かれたから答えただけで、別にペロもそうしたい理由は特になかった。

 結局その後に決まった代案として、グラック&カバックに行くのはやめて、以前に協会で聞いた他のおすすめの店を適当にぶらつくことにした。




『うーん……この辺りの筈なんだけど、どれがその店なんだろ。ここら辺はあんま来たことないから分かんないんだよな』


 勧められた店の位置をペロに記憶してもらっていたロアは、ペロの案内のもと大雑把な指示に従って、目的地付近にまで来ていた。しかし口頭で受けた説明だけでは詳細が伝わりきらず、土地勘もあまりないため、位置の特定には難儀していた。


『やっぱ情報端末買った方が良かったかな。安いのなら無理すれば買えそうだったし。それあったら迷うこともなかったんだろうな』

『その意見には私も賛成ですが、現状のロアには優先する必要がなかったのも事実です。たかが地図代わりにするために装備より優先するなどは論外です。だからこれで正解でしたよ』

『それもそうだな』


 情報端末は特定制圧領域圏と呼ばれる、境域における人類の支配地域内で通信や情報のやり取りを行うために必要となる機器である。これがあれば都市内の情報を端末から得ることも可能となる。また高性能な機器であれば、遺跡の中にある生きた装置から情報を吸い出すこともできる。その情報の内容次第では、それが巨万の富に化けることもある。そのためそれなり以上の探索者には必須の物であるが、今のロアにはまだ必須と言えるほどではなかった。


『まあ、地道にそれっぽい所を見て回ればいいか』


 そう大雑把に方針を決めて、目的の場所をコツコツと探すことにした。

 道の両脇に構える店にキョロキョロと視線を向けて、看板にある店名や見える範囲で売り物の確認を行う。途中少し気になる物も存在したが、手持ちが足りないからと早々に諦めて、次の店へと興味を移す。そんなことを何度か繰り返して、やがて目当てとしていた店を発見することに成功した。

『ここっぽいな』と、ペロにも改めて店名の確認を行って、ロアは店の中に入った。

 店内の様子を見たロアの口から感想が漏れる。


『へぇー、グラカバよりは狭いけど、これだけ魔道具があると壮観だな。俺は魔力が無かったら、今までこういう所とは縁が』

「ロア……?」

『なかったけど……ん? 誰だ?』


 一瞬ペロに名前を呼ばれたと思ったが、数瞬遅れてそうではないことに気づいた。

 ロアが自分の名前が呼ばれた方へと顔を向けると、そこにいる人物を見て目を見張った。


「──レイアか?」


 そこにいたのは、自分からは会いたくないと思っていた少女レイアだった。

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