第14話 知己との遭遇

 遺跡探索を休んで休日を過ごしていたロアは、出かけた先の魔道具屋で、偶然顔見知りの人物らと遭遇することになった。遭遇した人物はレイアとカラナ、ロアもよく知る二人である。その二人以外にも連れと言える者たちがいたが、ロアの記憶にはあまりない顔だった。

 ロアの姿を確認すると、彼女たちの反応は大きく三つに分かれた。ロアを知らない者たちは誰だという風に首を傾げて、知っているカラナは顔を顰めて露骨に視線を逸らす。そんな中で、唯一友好的な反応を示したのがレイアだった。


「やっぱりロアだよね? 前と全然格好が違うから、すぐに気づかなかった」


 レイアはそう言って微笑むと、連れの者たちから離れてロアの方へ近づいて来た。それにロアはぎこちなく笑い、片手を挙げて挨拶した。


「えーと……久しぶりだな?」

「うん、久しぶり。ってそうじゃない。ロア、あなた急にいつもの所からいなくなってるから、心配したんだよ?」

「あー、それはうん。金が手に入ったからあそこは出払ったんだ。今は別のところに泊まってる」


 予想された不満が飛んできたので、ロアも気まずくなって言い訳する。ただ口では責めてるように言っているが、レイアにそのことを気にしている様子はなかった。


「うん、それも聞いてるよ。順調に探索者やってるって。前にロアの口から聞いた時は半信半疑だったけど、ロアらしい人が協会近くの買取所にいるって聞いてね。それで心配してたけど、元気そうならそれでいっかってなったんだ。それはそれで、心配してた側としては、微妙な気持ちになったんだけどさ」

「お、おう?」

「でも、またそのうちに会いに行こうって思ってたんだけど、どこにいるか分かんなくて。だからこうして遭えてよかった。ねえ、ロアって今どこに住んでるの? 服装が変わってるから、普通にいいとこに止まってるんだよね? よかったらどこに住んでるか教え──」

「そこまでにしとけ、レイア」


 レイアが質問を重ねている最中、そこに割り込むような形でカラナの声が遮った。それに対して、今度こそ不満といった様子でレイアは振り返る。


「何? 私は今ロアと話してるんだけど?」

「そんなのは見ればわかる。私はそいつとあまり話すなと言っている」

「……私が誰と話そうと私の勝手でしょ? それに今までもロアと話してたじゃない」


 不機嫌そうなレイアの口調に対し、カラナは動じない態度で言い返した。


「以前ならそれでよかった。だが、今のそいつはウチとは何の関わりもない一人の探索者だ。お前の護衛として、武力を持った危険人物との会話はこれ以上許可できない」

「危険人物……? ロアはロアじゃない。それに会話を許可しないって、カラナにそこまで言われる必要ない」

「ある。何度も言うが私はお前の護衛だ。誰と関わるべきか。それくらいの口出しはする」


 言い合って、睨み合う二人。正確には睨んでいるのはレイアの方だけだったが、少なくとも周囲からはそう見えた。以前に続いてまたも険悪な様を見せつける二人に、ペロが呆れた雰囲気で言葉を吐き出した。


『この二人はロアの前に来ると、本人そっちのけで喧嘩しないと気が済まないんですかね。こんなに仲が悪いのにどうして行動を共にしているのでしょうか。不思議な組み合わせです」

『別に二人は仲悪くないぞ。ていうか俺が知る限り普通に良いくらいだったし。なんで喧嘩してるのかは俺も不思議だ』

『そうなんですか?』


 その疑問にロアは『ああ』と頷いた。

 今でこそ、ロアの前では度々不仲な様子を見せるレイアとカラナだが、ロアが知っている限り二人の仲は良好であった。そしてそれは今でも変わっていないと思っている。ロアにはカラナに嫌われている自覚がある。その理由にも心当たりがある。だから彼女に嫌悪感を抱かれているのは当然としている。不思議なのは、その理由をレイアも知っている筈だということだ。レイアの性格を考えれば、それでも好意的に接してくれて不思議はないと思っているが、それならそれで今度はここまでカラナが態度に表す理由が分からない。護衛云々は建前としても、露骨にレイアと自分との付き合いを邪魔しているように感じられた。確かに所属するグループの違う者同士が仲を深める例は多くはないが、集団の不利益にならない限り、個人の付き合いにまで口を出すことはないものだ。ロアは個人であるがこの例に当てはまる。そのためカラナの態度は、ロアの常識ではそれなりに不自然なものに思えた。


「ええっとさ。二人が喧嘩している理由はよくわかんないけど、用を済ませてさっさと帰らない? ここで話してても迷惑になるだけだしさ。ね?」


 レイアたちと一緒にいたうちの一人が、喋りながら二人の視線をある方向へ向けるよう促した。それでレイアとカラナ、ついでにロアもそちらへ顔を向けると、憮然とした様子で店主らしき人物が視線を飛ばしていた。それを見て、二人はバツの悪そうな顔を作った。


「……続きをするにしてもしないにしても、それは後にしようか」

「……うん」


 仲介役の登場もあり言い合うのをやめた二人。それを確認して、ロアも自分の用事を済ませようと、商品の置かれた陳列棚や台へ視線を切り替えた。見たことがある物から用途が不明の物まで、とりどりの魔道具が目に映った。


『この雰囲気で帰らないなんて、あなたもなかなか豪胆ですね』

『それしたら逃げたみたいで嫌じゃん。あとなんか気不味いし……』

『残っても一緒だと思いますけどね』


 ペロと会話しながらロアが何となく魔道具を眺めていると、その隣にいつ間にかレイアが移動してきた。彼女が近づいてくるのには気づいていたが、カラナが止めないならそれも良いかとスルーした。


「ねえねえ、ロアは何を買いに来たの? あっ、私たちは術式台の買い直し。もう古くなって動かなくなってるのがあったから」

「そうなのか。俺は別に何かを買いに来たってわけじゃない。興味あったから来てみただけだ」

「へー、でもロアって……あっ、今のなし」


 話す途中で急に言葉を切り訂正するレイアに、ロアは気にした様子も見せずに首を振った。


「別にいいよ。事実だし。いや、もう事実じゃないのか? 俺、魔力使えるようになったから」

「え?」

「……なに?」


 大したことではないと、平然と言い放ったロアの発言に、レイアとさりげなく近づいていたカラナの両名が驚きの声を発した。

 二人の反応を見てから、これは言わない方が良かったかとロアは後悔したが、それをするにはもう遅かった。


「え? それってどういうこと? ロアって魔道具使えないんじゃないの?」

「おいお前、それはどういう意味だ?」


 二人に問いただされたロアは、どうしたもんかと時間を稼ぐように頭を掻いて、ペロにいい誤魔化し方はないか頭の中で尋ねた。


『死闘の中で急に目覚めたとか言ったらどうです? どうせ嘘を見破る手段など持っていないでしょうし、それで納得するしかないと思いますよ』


 適当に答えたペロの案を即採用して、そのままの内容を二人へと伝えた。


「へー、そんなこともあるんだね。不思議」

「……」


 あっさりとその言葉を信じたレイアとは異なり、カラナは眉間にしわを寄せ、疑うような眼差しを向けていた。


『おい、カラナの方全然信じてないぞ。話が違うじゃん』

『そんな都合のいい話は実際ないですからね。ピンチの時に身体の奥底から力が湧き上がってきた場合、大抵は生命力を燃やして力に変換しているだけです。ロアのように魔力がほとんど存在しない人間など私も知りませんが、ない筈の魔力が急に使えるようになったりするものなのか。それを疑問に感じるのは、当然と言えば当然と言えるのかもしれません』

『……じゃあどうすんだよ』


 真実を話すならば、遺物の力で魔力を得たと言うべきなのだが、それが話すべきでない内容なのはロアにも理解できている。だからといって嘘の内容で誤魔化すにしても、それをした結果が現状である。カラナからは疑いの目を向けられている。

 結局手詰まりに感じたロアは、もはや引くに引けないと、最初の嘘を真実だと思い込んで乗り切ろうとした。

 しかし肝心のカラナは、特にその嘘を追求することはしなかった。


「……それじゃあロアって、もう魔力使えるんだ」

「え? あ、うん。そういうことになるな」


 レイアのその呟きに、ロアは少し遅れて反応する。なんとなく二人の雰囲気が妙だと感じたが、それに突っ込んで余計な追及をされたくないので流すことにした。

 その結果と言うべきか、そのまま誰かが何を言うこともなく、少しの間沈黙が続いた。


「ねえ、二人とも。こっちはもう終わったけど、二人はどうするの? そっちの人とまだ話してくの?」


 ロアたちが沈黙を保っていると、先程言い合いを仲裁した少女が話しかけてきた。それを機に、レイアが普段の調子を取り戻した。


「ううん。こっちももう終わったから。一緒に帰るよ。──それじゃあねロア。また今度ね。カラナも。一緒に帰ろ」


 強引にカラナの腕を取ったレイアは、そのまま一緒に来た身内と合流すると、ロアの方へと手を振りながら店を出て行った。それを流れるままに手を振り返して見送ったロアは、疲れたように嘆息する。


『なんて言うか……休日なのに色々と疲れた』

『休みだろうと生きてればそんなもんですよ。前向きに考えましょう』

『……ペロにそういうこと言われてもな。説得力が皆無だ』

『それは擬似人格差別ですね。被造物の権利の侵害です。出るとこ出ますよ』


 何かが勘気に触れたのか、急に差別だなんだのと怒りだした相棒に困惑しながら謝罪するロアは、片手間で宥めつつ、手持ちのお金で買えそうな魔道具を物色し始めた。

 その後なんとか大人しくなったペロのアドバイスを聞いて、一つの魔道具を買ってから店を出るのだった。




「ふっふっふ」

『どうしたんですか。急に笑い出して』


 宿泊している宿に戻ってきたロアは、その内の一室で備え付けられている椅子に座りながら、目の前の机の上に置かれている物を見て笑い声を上げていた。


『これが何か分かるかね? ペロ君』

『一体あなたは誰のつもりなんですかロア先生。それと当然私が選んだのですから知ってるに決まっているでしょう。認知機能の衰えた耄碌ボケ博士か、ヤク中探偵の真似事でもしてるんですかあなたは』

「……ごめん。謝るから俺がわかることを話してくれ」


 まだ先の不機嫌が若干残ってるのか、罵倒染みた冗談を飛ばしくる相棒。その意味を全く理解できなったロアはすぐさま謝罪した。

 それで気が直ったのか、落ち着いた声音でペロが再び聞いた。


『それで、これから何を始めるつもりなんです?』

『あ、うん。この魔道具があればさ、もう水に困ることはないんだぞ。すごいだろ?』

『別に今でも困っていませんが、それがどうかしましたか?』


 その反応に『分かってないな』とロアは首を振った。

 ロアにとって水とは、手に入れるのにはそこそこの労苦を必要とするのに、生命活動には必須という、生きる上で悩みのタネの一つだった。金を払えば手に入るが、無いときにも水は必要となる。手持ちがなく喉が乾いたなら、その度に泥水を飲んで腹を壊していた。他所が独占している水道から水を飲もうとして、撃ち殺されかけたこともあった。

 だから新鮮で綺麗な水が、いつでも飲みたいだけ手に入る。そんな夢のような道具があると知って、ロアは期待感で胸を躍らせていた。

 ロアが上機嫌でいる理由を知ったペロは、得心がいったという様子で頷いた。


『ああ、そういうことですか。しかしその魔道具では、無制限に水を供給することは叶いませんよ』

『……え? それってどういう意味だ?』

『その魔道具を買う際に、付属品も一緒に付いてきたでしょう。それは魔道具の外部補助動力と変換源カートリッジです。それらの効果が切れれば新たに買い直す必要があります。それに魔道具内の術式回路も使用すれば磨耗します。耐久期間は頻度にもよりましょうが数年程度ですよ』


 魔道具は使用者の魔力のみでも起動できるが、それ以外に外付けのエネルギー源でも使用可能となる。それが外部補助動力の役割である。変換源カートリッジは魔力を水に変換する際の素となるものだ。低品質の魔道具は術式の変換効率が低く、魔力をそのまま別の存在に変成させることはできない。介在物を必要とする。そのため定期的にこれらを買い換えなければ、魔道具を使用することはできなくなる。


『じゃ、じゃあ、これ買っても、結局他に金かかるってことなのか?』

『そうなりますね』


『……なんじゃそりゃ』と一気に落胆したロアは、背もたれに体を預けて天を仰いだ。ようやく魔道具を使えるようになって、手に入れたと思ったらこれである。無制限に魔術を使用し放題など、そんな都合のいい話がある筈もないが、それにしても魔力の有無で苦しんだ身としては、あんまりな話に思えた。


『……そういえば、紋章魔術も肉体を消費するって言ってたな。そうなると……魔術って魔力だけじゃ使えないのか?』

『それは違いますね』


 天井に顔を向けていたロアは、その言葉に反応して体を起こした。


『そうなのか?』

『ええ。目の前のこれが低品質なだけで、本来魔術とは魔力だけで発動することが可能です。使用に必要な条件は、術式と魔力量の多寡のみです』


 それを聞き、ロアは一応気を持ち直した。


『そっか……それならもっと良い魔道具を手に入れれば、ちゃんと魔術使えるのか。……だったらこれ買ったの失敗だったな。2万ローグ払って水を出すだけって、普通にその金で水を買った方が良かったんじゃないか? まあ、外でも水を出せるのは役立ちそうだけど』


 無駄な買い物をしたと気落ちしそうになったが、使い道はありそうなので一応納得することはできた。


『けどさ。ペロも知ってたなら、どうしてこんなの薦めたんだ? 水は出せるけど、性能は低いんだろ?』

『私が勧めたのは水が出るからではなく、現代の魔道具に興味があったからですよ』


 ペロの発言に少し首を傾げたロアは、それが意味するところを理解して声を上げた。


「ああ、今と昔の魔道具を比べたかったのか」

『その通りです。ロアも賢くなりましたね。私は嬉しいです』


 褒められて照れた様子を見せるロアに、ペロは続けて魔術の説明をした。


『魔術にはいくつか種類があるんです。その中で最も一般的で基本的なものが、状態魔術と呼ばれるものです。強力さでは他の系には及びませんが、シンプル故に応用が効き誰にも使いやすいと、とても有用なのです』


 状態魔術は物質の状態制御と放出を可能とする魔術だ。火や水を出すなど、単純であるからこそ使いやすく、広く知られている。その状態魔術には魔術の基礎が詰まっており、ペロはこれを見比べることで、過去と現代の魔道具の性能比較を行おうとしていた。

 話を聞いて関心を持ったロアが、結果を聞いた。


『へー、それで何か解ったのか?』

『そうですね。これくらいの物なら、私の時代でもギリギリ流通していたでしょうね』

『え? マジか?』


 ペロの時代に流通していたとなれば、それは先史文明時代の物と言い換えても問題ないという意味になる。つまり目の前にあるこの魔道具は、遺物と言って差し支えないということだ。ロアの中で、下降していた魔道具の評価が一気に上昇した気がした。

 ロアの内心の気分の乱高下など知らずに、ペロは『ですが』と続けた。


『それはただそれだけの意味でしかありません。使われていたからといって、特別価値があるわけではないのです。現代の貨幣価値で敢えて価格をつけるなら、私の時代だと数百ローグ相当の品物でしょうね。それも骨董品として売りに出した場合です。機能のみなら価格はゼロです。廃棄品、ゴミ箱行きレベルです』

「ぶっ」


 それを聞き、ロアは思わず吹き出した。今ならともかく、少し前なら大金と言えた2万ローグを使って買った物を、ゴミだと言われたのだ。ショックを受けない筈がなかった。


「う、嘘だろ……? いくらなんでも、ゴミはないだろ……?」

『あります。前に言ったでしょう。道具とはそれが持つ機能ではなく、誰にとって有用であるか、それこそが重要であると。ロアだって新しい武器を手に入れた今、安物のナイフを武器として使いはしないでしょう。仮に全員が魔力だけで動かせる魔道具を手に入れたなら、それ以下の機能しか持たない物など誰にも必要とされません。そういうことです』


 そこまで話を聞いて、ロアは渋い顔を作って閉口した。ペロの言い分は理解できた。性能がどうであろうと、自分の役に立つのなら買うだけの意味も価値もある。そういうことだ。

 ただロアにとって納得がいかなかったのは、わざわざ金を出して買った魔道具が、ペロにとってはゴミ同然であるという事実だ。そしてロア自身も、それを否定できない事だった。どこでも水を出せる。確かに有用である。そのうち使い道もあるだろう。しかし、このタイミングで2万ローグを使って買うには、些か高い買い物であると言わざるを得なかった。


『……まあ、いつか役に立つなら、それで良しとしよう。……うん』


 一度は使う気で机の上に出した魔道具を、そっとリュックの中にしまい、忘れることにするロアだった。

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