赤 ガントリーナは笑い続ける 3

2.出発前


「だめだぁ...。分からないことが多すぎる...」

「仕方がないだろ、情報が足りないんだから....」

 等織理王叶ひとしきりおうかとルグルフェンは困り果てていた。あれだけ威勢の良い啖呵を切った。だが切ったはいいが、何をすればいいのかまったく分からない。

 勢い任せの出たとこ勝負。通称無計画。よく言えば突き動かすリーダーシップ。悪く言えば沈むことが見えている泥舟。

 行き先も決まらぬ中、ふと王叶は疑問に思う。

「ていうか機神ってさ、なんなの....?」

『そうですね、某は...、一体なんなんでしょうね?」

「なんで本人が分からねえんだよ」

「同じくそれ」

『....そ、そうは言われましても....、某自身意志を持ち始めたのはつい最近のことなのでして....』

「じゃあとりあえずそのつい最近のこととやらを教えてよ?」

 少しでも情報があるに越したことはない。だから聞いた。ただそれだけだ。

 だが当のシャスティークはデカい図体を縮こませそうしたいとばかりに黙り込む。一応自ら動き話すことがこのアームヘッドの一番の特徴でもあるのだが....。そんなこと忘れたとばかりにだんまりとしていた。

 それにしびれを切らしたかルグルフェンが口を開く。

「シャスティーク、既にお前もワイと同じ王叶の従者だ。なんであろうと話せ。それが、今の役目だ」

『いや、しかし....』

「大丈夫だ。お前の不安なんかどうだっていい。なにせ主は、王叶は気にしない。そんなことで見捨てたりは絶対にしない。だから話せ、知っていることを」

「ルグル....。キミ、そんな話し方もできるの?いつもそうならもうちょっと話しやすいんだけど。なんとかならない?」

「からかうなバカ主」

 場に似つかわしくないまったりとした空気。

 あてられたか呆れたか自然とシャスティークも話し出していた。

『....気がついた時には某の足下には無数の綺麗な石が転がっていました。そして某を含め機神は四体。あとは、そうですね極盛逢世ごくもりあわせともう一人別の方がいたことは覚えています。これが某の知っていることです』

「なるほど、あの子の言ってた情報は間違いじゃなさそうってことだけはわかった。機神は四体。覚えたよ。ところでもう一人ってさっきのあの子?」

『わかりません。ただ違うともはっきり言えないことは確かです』

「.....んだよ。結局それわかったことに入るのか?」

「なんでも捉え方だよ。一歩前進。それだけさ」

 そうだ。ひとまず移動だ。とにかく動く。

 モノクロな夕焼けを終え、もうすぐ夜の闇が始まる。色や人気は無いとはいえ乙女が一人外で寝るのはやはり危険であることには変わりない。むしろ白黒すぎて闇がいつもより深い。

 シャスティークは申し訳ないと言わんばかりに少し後ろをついてくる。

 一応殿のようだ。

 先陣を切るのはルグルフェン、ではなく王叶。もちろんルグルフェンは主人である王叶のために前を歩くと主張した。

 だが土地勘は危機感よりも優先順位が高いというよくわからない意見で首輪をかけられ、二人の真ん中に挟まれていた。

 それでもこころなしか三人の心はより強く固まっていた。


 どんな時でも疲れはやってくる。等式理王叶は人であるから仕方ない。早く休みたいという気持ちが、この際だしもうどこでもいいんじゃないかと心に焦りを駆り立てる。だが妥協はしない。それが、それこそが等式理王叶なのだ。

「建物は見たところ壊れていないな。それに、むしろ綺麗に冷凍保存されてるって感じか。よし決めた!寮に行ってみよう。雨風は十分に凌げるだろうしね」

「なんだ。別にそこらへんの家でいいんじゃないか?例えばほら、眼の前の校舎とか?」

「え?論外。だってそれ、泥棒みたいじゃん。それに校舎はさっきガラス結構割っちゃったし」

「緊急時だろ?別に誰も何も言わないし、ていうか誰も居ないじゃないか」

「例えそうだとしてもね。なんか、嫌?かな....。だってさ。ここは私の街だから」

「なあ、それ、答えになってないぞ」

『まあ良いではないですか。むしろ某は主人がこうで良かった。あなたの言った通りだ。そうではありませんか?ルグルフェン?』

「それはまあ.....、うむ、ワイも、同感だ」


 見慣れた建物。消えた色。たった一つの事実。それだけで知らない世界に変わる。もしかしたら少しずつ慣れていくものなのだろうか。だがまだまだ慣れそうにもない。というよりもそんなこと、考えたくもない。それもそうだ。事実を知ったのはついさっきのこと。


 受け入れたくない。こんなものが世界だと。


 できることならこの手で取り戻したい。あの日々を、あの時のままに。


 そのためには時間も人も力も何もかもが足りないだろう。いや、そもそも足りるのかすらもあやふやだ。

 だがそんな時、希望が彼女の目に入った!一つだけ、明かりが灯っていたのだ!

「あの部屋、光ってる。急ぐよルグル」

「何だと!?あ、ちょっと待て急に走るな!」

 指の先。そこには確かに光が。それ決して電球ではないだろう。あまりにも光源は弱く、そして揺れている。

 だが人がいるかも知れない。それが今一番彼女をヒートアップさせていた!!!


ドンドンドンドンッッッ!!!!


 これでもかというくらいのドアノック。何ビート刻むつもりなのだろうか。やられた方は怖くてたまったもんじゃないだろう。

「ああ!待て待て待てッ!開けるッ!!!開けるから落ち着けっ!....て、なんだ、等織理じゃあないか」

 出てきたのは男。だがまあなんともパッとしない十人に聞けば八人くらいが人畜無害そうなだめ野郎と答えられそうなくらいとにかく普通の男がツナギを着ていた。

 なんなら髪は乱れ癖毛、ひげは適度に残った剃り残し、ひょっとして昼間はずっと寝ていたんじゃないですかそうですよね?と今の光景との前後が想像出来るくらいに普通のダメそうな男であった。

 そんな男が等式理王叶の名を知っている。警戒体制に入って当然だ。

『こちらはどなたですか?主』

「ああ、そうだな。ことと場合によってはワイはコイツを切る」

 咄嗟に盾の内側に王叶を入れるシャスティーク、どこからともなく大剣を取り出すルグルフェン。

 しかしこの男謎のロボと生き物が目の前にいるにも関わらず、まして敵意を向けられているのも気づかずか全くもって動じない。

 節穴か?大物か?はたまた大バ鹿ものか。一体全体何者なのだ。


「こりゃ驚いた。管理人さんじゃないですか」


 二人の予想に反してこの普通そうで普通出ない男、どうやら普通に等式理王叶の知り合いだったそうな。

「いやだから誰なんよ?」

 なんとも言えない気の抜けた雰囲気によりルグルフェンの咄嗟の声は夜の闇へと消えていくのだった。

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