33日目 再度謁見

 次の日、太陽が頂点に輝く時間を見測り、身なりを整えてアルドリッチ陛下の元へ謁見に向かう。

 マミラリアも近くの宿に滞在しているようで、広場で合流し向かう予定だ。


「ハーヴィ殿!」

 広場で待ち合わせをしていたが、俺が着く頃には既にマミラリアは待っていた。

 周囲の目を気にせず大きな声で俺を呼びかける。

 マミラリアは近隣住民から注目の的となっていた。

 王都では珍しいカクタイ族かつ、端麗な容姿、凛とした雰囲気、身の丈に不釣り合いな大きい槍など、人目を引く要素は沢山あった。

 

 この“砂の世界”では強さが人物評となりうる。

 その中でも今最も話題の人物であろう。

 マミラリアは、熱狂的なファンが熱い視線を向けている事に気付いているのだろうか?

 

 俺の姿を見つけ、無邪気な笑顔で手を振っている。

「普段の服もいいが、今日の服はより一層ハーヴィ殿の雄姿が輝くな! 凄く決まっている。カッコいい」

 マミラリアにレオトラから貰った服を褒めてもらう。


 率直な褒め言葉に少し照れてしまう。

 俺は手を振り返しマミラリアの元へ歩いていく。

「ありがとう。待たせたな。それにしても周りの人達を見たか? 皆お前を見つけてソワソワしている。ファンサービスでもしてやったらどうだ?」

 俺はチラチラとこちらを見ている住民に向かって、視線を向ける。

 俺につられたマミラリアは、住民と目が合い一瞥する。

 向こうは手を振っているが、マミラリアすぐに視線を切ってしまった。

 

「私は愛嬌を振りまくのは得意じゃない。……そもそもなぜ王都の民衆は、私の事を気に掛けるのか? 戦士でもない奴によく声を掛けられるが、何を考えているか分からん」

「強さに憧れる奴は多いんじゃないか? たとえ自分が戦士じゃなくてもな。昨日も熱烈なファンがいたじゃないか」

 ハクのような力で劣る種族こそ、マミラリアの強さに惹かれてしまうのかもしれない。

 

「分からんな。戦士じゃない者には、人の強さは測れないだろう?」

 生粋の戦士たるマミラリアには、理解が及ばない感覚らしい。

「マミラリアの強さは実績が物語っている。それに、マミラリア程の美貌ならそれだけで注目を集めてもおかしくない」

「……っ。そう褒めてくれるな。ハーヴィ殿。……照れてしまう」

 頬を染めて俯くマミラリア。


 あまり容姿を褒められ慣れていないのか。

 年頃の娘らしく初心な様子が可愛らしい。


 あまり長居すると人に囲まれてしまいそうだったので、足早に広場を立ち去った。

 王城は歩いて15分ほどの距離で、すぐに到着した。

 指揮官代理には昼に行くと伝言をお願いしていたので、丁度良い時間だろう。


 王城へ着くと既に話が通っているようで、簡単に通してもらえた。

 マミラリアは有名人なので、身元を確かめられることもない。

 城の中は、相変わらず沢山の人が働いている。

 以前訪れた時と違い、張り詰めた雰囲気が薄れどこからか談笑の声が漏れ聞こえる。

 戦勝の余韻がここにも届いているのかもしれない。

 


「よくぞ来た」

 アルドリッチ陛下の元へ到着すると、既に謁見の場が整えられていた。

 玉座へ座り、左右に兵士を侍らせてこちらを見下ろす。

 マミラリアは、部族の長らしく謁見の流儀に精通しているようだ。

 両膝を床に着け両手を前に突き出し、顔を伏せている。

 俺もそれを真似て陛下からの言葉を待つ。

 

「面を上げよ。カクタイ族の長よ、久し振りだ。お主はここへ来る度に勝利の報告を持ってくる。実に心強い」

 アルドリッチ陛下とマミラリアは面識があるようだ。

 俺は顔を上げて二人の会話を黙って聞く。

「ありがとうございます。今回我が部族の英雄から助力を乞われて戦線に加わりました。槍を振るう機会を賜り光栄です」

「余の勅命では動かんのに、その男の言葉では一族総出で戦うと言うのか……まあよい。兵の報告ではお主が砦に突貫し、指揮官の首を取ったと聞いておる。その功は大きい」

「アルドリッチ陛下、その報告には誤りが御座います。敵の殆どはハーヴィ殿が倒しました。私はその横で多少の雑魚を散らしただけ。最大の戦果はハーヴィ殿にあります。詳細はハーヴィ殿から」

 マミラリアが俺に視線を向けて、言葉を促す。

 

「敵の殆どとは言わないが、敵の指揮官を殺したのは俺だ。マミラリアにはサポートをしてもらった。何人殺したか数えていない。少なくとも100人以上は俺の手で殺しただろうな」

 俺の簡素な報告を聞いたアルドリッチ陛下は、喉を鳴らし何も言わず考え込んでいる。

 顎に手を当て顔の鱗を撫ぜる。中空を見上げてどう話すか悩んでいるようだった。


「するとお主は、砦の兵士を蹂躙し、カクタイ族の長を差し置いて手柄を主張すると言うのか?」

「砦の敵兵はマミラリアも同じ位倒していた。俺だけが戦果を挙げたわけではない」

「しかし、指揮官の首はお主が取ったのであろう?」

「ああ。それは間違いない」

「ふぅむ、まあ良い。。……おい、出てこい!」

 アルドリッチ陛下が謁見の間の奥に大声で呼び掛ける。

 すると傍仕えしている兵の背後の扉から、ジェシカが顔を出した。

 

「ジェシカ? 何故ここに?」

 

 そういえば宿に姿が見かけなかった。

 ジェシカは基本的に日中で歩くことが多いが、昨日の晩は朝までずっといなかった。

「ハーヴィ久し振り! 昨日の夜からずっと陛下と打ち合わせして、城に泊めてもらったんだよね。ハーヴィ達が来る前も話し合いが続いてさ。

 マミラリア様、この度は村の戦士達含めハーヴィへの加勢ありがとうございました。

 戦での大活躍は聞き及んでおります」

 ジェシカはアルドリッチ陛下の前だと言うのに、フランクな口調でこちらに話し掛けてくる。

 ひらひらと手を振り、玉座の横を通って俺達の横に立つ。

「ジェシカ殿もここにいたのか! 手紙は何度も貰っていたな。こちらこそ心躍る戦いに呼んでもらい感謝する」

 マミラリアも幾分驚いた様子でジェシカと言葉を交わす。

 

「なあジェシカ。陛下と泊り掛けで一体何を話していたんだ?」

「それは余の方から話そう」

 俺達の対面を見守っていたアルドリッチ陛下が、話を遮る形で口を挟む。

 

「其処の女は、戦の勝利が報告された直後に余の元へ訪れた。お主が戦地へ赴く前にした契約を詰めるためにな。

 契約の内容はここでは話せぬ。周りに聞かせたくない。

 ……余もお主が指揮官の首をもぎ取るまでは気違いの戯言だと思っておったが、方々からの報告によって事情が変わり、契約に真剣に向き合う必要があったのだ。

 その女から契約の詳細を聞き、余の国家で出来うる限りの協力をすると結論を出すまでに一晩掛かった。

 そして、お主とカクタイ族の長の口から戦果の裏取りが取れたので、契約の締結をせざるを得ない。

 この場で具体的な話は出来ん。しかし、余はお主らと敵対することは決して無い。余の子孫もこの王家が続く限りな。

 恐ろしい奴らだ。余をここまで思い通りに動かすとは。

 ……この度の戦、誠に大儀であった。だからもういいだろう。その女共々去るが良い。

 カクタイ族の長よ、お主への報酬を決める必要があるが、大臣と直接話をしてくれ。

 余はもう休むことにする」

 

 アルドリッチ陛下の顔には、疲労と困惑が入り混じった苦い物を感じた。

 ジェシカと一体何の話をしたのか知らないが、酷く煮え切らない態度だ。

 しかし、先程のモゴモゴと濁したような口調ではこれ以上具体的な事柄は、聞きにくかった。

 

 アルドリッチ陛下は、これで話は終わりだと俺達を帰らせた。

 ジェシカと2人で城を後にする。

 

 マミラリアはこの後、村に持ち帰る報酬品の擦り合わせがあるらしく、もうしばらく城に滞在することとなった。

 残念ながらここでお別れだ。

「また戦いがあったら呼んでくれ。どこにでも駆けつける」

 別れ際、そう言葉を残し去って行ったマミラリア。

 100人の部族の長だがフットワークが軽い。

 

 宿への帰り道、ジェシカに先程のアルドリッチ陛下の態度について聞いてみた。

「なあジェシカ。陛下の様子、なんか変だったぞ。いったい何の話したんだ?」

「そうだねぇ。実は“楽園”の話を少しだけしたんだ。アルドリッチ陛下も王様と言え、普通の人だね。自分の常識に当てはまらない物を中々受け入れてもらえなかったの。”楽園”の事を信じてもらうためにすっごく時間が掛かってさー。ま、結局私の要求は吞んでもらえたから結果よしだね!」


 ジェシカは今日の謁見以降、凄く上機嫌だ。

 宿への道もスキップをしそうなほど浮かれている。

 歩きながらクルクル回ったり、道を歩く子供に話し掛けたりと。

「ご機嫌だな。そんなに嬉しいのか?」

「嬉しいよ! この契約をもぎ取るために今まですっごく苦労して来たんだからね! でもようやく実を結んだ……後は今日の夜次第だ」

 

 ジェシカと共に宿で夜を過ごすのはちょっとだけ久しぶりだ。

 しばらく戦争に行っていたからな。


 宿に帰ったジェシカは例のごとく、日課のお勤めのため、小石を床に並べその中央へ両膝を着き祈りを捧げる。

 小石が淡く光り、中心のジェシカが目を閉じた状態で、ブツブツと文言を唱えている。

 “楽園”へ成果の報告を行っているが、今日の報告はいつにもまして長く感じた。

 良い報告が沢山あるんだろう。

 小石が点滅を繰り返し、ジェシカの祈りは続く。

 約1時間程祈りを行っていた。

 いつもの3倍くらい時間が掛かっている。


「……終わった。これで終わりだ」

 ようやく祈りの姿勢を解いたジェシカはグッタリと床に体を投げ出した。

 息も絶え絶えでゼェハァと呼吸を繰り返す。

「おい、大丈夫か?」

 脱力したジェシカの体を持ち上げ、寝台に寝かせる。

「はあ……終わったよ。長かった」

 虚脱状態のジェシカは、ぐっしょりと掻いた汗も拭かず、そのまま寝息を立て始めた。

 

 今までこんなことは無かった。今日は何かが違う。

 いくら声を掛けても目を覚まさないジェシカ。

 今までの生活と何かが変わってしまうような胸騒ぎがした。

 しかし俺に今出来る事はない。

 明日またジェシカの様子を見よう。

 

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